I’m No Longer Here


アイム・ノー・ロンガー・ヒア  (2020年12月)

アメリカの新型コロナウイルス感染率は夏先のピークを軽く更新して、今では日々記録を塗り替えて人々が死んでいる。まあこれはアメリカに限らず、日本でもヨーロッパでも程度の差こそあれ事態は同じようではある。 

 

アメリカでコロナを水際で食い止められず、感染が拡大したのはドナルド・トランプ大統領の先見の明のなさのせいであるのは否定しようがないが、誰が大統領であってもある程度の感染は避けられなかっただろうとは思う。ただし、ここまで後手に回って死者を拡大した責任の多くは、やはりトランプが負うべきものだろう。 

 

それなのに、今回の大統領選で負けたのは誰の目にも明らかなのに、各地で選挙結果の撤回を目論んで裁判所に訴え、却下されまくっている。最高裁には、先頃それこそトランプがごり押しで指名したエイミー・バレット判事を含め、トランプが送り込んだ共和党系の判事が3名いるが、彼らを含め、判事9名が全員一致で訴えを棄却した。ざまあみろという感じだが、トランプはまだ何か奇策を練っているのだろうか。 

 

さて、「アイム・ノー・ロンガー・ヒア」は、そのトランプが力を入れている、中南米からの違法移民追放にも関連する話だ。もう、自分がティーンエイジャーではなくなって久しく、現実ではティーンエイジャーとは距離を置くにこしたことはないとしか思ってないが、しかしなぜだかこないだも「シェヘラザード (Shéhérazade)」で、ティーンエイジャーの捻った純愛ものなんか見てるし、今回もティーンエイジャーが主人公だ。一種の青春ものではあるが、しかし、主人公ユリシーズの置かれる状況はなかなかユニークというか、厳しい。 

 

メキシコの山間に開けた都市モンテレイで暮らすユリシーズは、一端のギャングのリーダーを気取っていた。しかし本当に問題が起こると、ユリシーズのみならず家族まで復讐の対象となり、一家皆殺しの恐れがあるため、ユリシーズをどこか遠く、アメリカのニューヨークに送ってほとぼりを冷ます選択をとらざるを得なくなる。 

 

ニューヨーク、クイーンズの一角で厄介者のルームメイトとして暮らし始めるユリシーズだったが、その生活はすぐに破綻する。元々まったく見知らぬ他人の生活の中に放り込まれたユリシーズはルームメイトと馴染めず、彼らの聴く音楽は気に入らず、ライフスタイルは合わない。すぐに衝突して部屋を飛び出したはいいものの、行く宛てなどない。英語も喋れず二進も三進も行かなくなったユリシーズは、一度仕事をしたことのある中国系アメリカ人のローが経営する雑貨屋の屋上の小屋に夜中忍び込み、そこで寝泊まりする。 

 

そのことをローの親戚の娘リンが見ていたが、ユリシーズに興味を持ったリンは、ユリシーズを追い出すのではなく、屋上の小屋での寝泊まりを見て見ぬ振りをして、ユリシーズとコミュニケイションを図ろうとする。 

 

個人的には、ユリシーズがニューヨークに来て生活するクイーンズ界隈が、もろにツボだった。人種の坩堝ニューヨークだが、クイーンズはそのニューヨークの中でも最も人種が入り乱れていることで知られている。その中心部に近いジャクソン・ハイツと呼ばれる町は、その中でもさらに多様な民族がいる。つまり、アメリカで最も、いや、たぶん世界で最も多種多様な人種が住んでいる町が、ジャクソン・ハイツだ。ユリシーズが根城にしているのが、どうやらこのジャクソン・ハイツか、隣りの町のエルムハーストだ。 

 

なぜそれがわかったかというと、かれこれ4半世紀前に、私が初めてニューヨークに来た時に住んだ町が、ジャクソン・ハイツだったからに他ならない。英語もろくにしゃべれないユリシーズがいきなり送り込まれて住んだ町の風景が、昔、同様に英語もろくにしゃべれず渡米したばかりの私が経験した風景や心象と重なる。 

 

クイーンズではサブウェイとは名ばかりで高架を走る7ラインは、今でこそ車両が新しくなったかもしれないが、基本的に町の風景から受ける感触は一緒だ。ついでに言うと、最初に間借りしたアパートの管理人は台湾系の女性のおばさんで、名ではなく、名字をリンさんといった。私はその家をリン邸と呼んでいた。 

 

私の場合はまだいい。単身で渡米してきたとはいえ、近くには日本人の伯母が住んでいたし、いざとなれば頼れる人がいた。ユリシーズのように、本当に片言も英語をしゃべれなかったわけでもない。そして、違法入国不法滞在だったわけでもない。ユリシーズは、いざとなったら強制本国送還だ。この立場の差から来る日頃のストレスの違いは大きいだろう。 

 

ユリシーズは、リンのお目こぼしもあって一応は根城ができ、生活のために自分が最も得意としているもの、カンビアと呼ばれる中南米のダンスを踊って金を得ようとする。しかし就労許可を持っているわけではないユリシーズは、サブウェイではメンタルっぽい奴に絡まれ、高架下では警官に追い払われ、すぐに行き詰まる。誰とも話すこともできないユリシーズは、自分で伸ばしてデザインして染めた、自分のアイデンティティとも言える髪を切る‥‥ 

 

こういう状況に陥ってしまった最大の理由は、地元で小物のくせにギャングの親分肌を吹かせていたユリシーズ自身の責任以外の何ものでもないのだが、それでも、あんまりな境遇という思いは禁じ得ない。アメリカに違法入国したとはいえ、できることなら来たくはなかった。特に悪いことをしたわけでもないのに、今では世界で一人ぽっちだ。あの自慢の髪も、他国に来ると他人にとってはヘンな髪としか思われない。それならまだしも、ほとんどは単にガン無視だ。それに耐えていけるほどユリシーズは強くはなかった。ユリシーズはこれからどうやって生きていくのか。 











< previous                                      HOME

メキシコ、モンテレイ。ティーンエイジャーのユリシーズ (ファン・ダニエル・ガルシア・トレビノ) は、仲間内で一端のギャングのリーダーを気取っていた。ある時ユリシーズは地元の本物のギャングの抗争で、何人ものギャングが殺される襲撃事件を目撃する。ユリシーズが手引きしたものと思われて家族や仲間まで報復の対象となったために、ユリシーズは故郷を捨てることを余儀なくされる。伝手を頼ってニューヨークのクイーンズにやってきたユリシーズだったが、居候先で問題を起こし、部屋を出ざるを得なくなる。英語も話せず簡単な肉体労働以外できないユリシーズは、屋上のペンキ塗りを必要としていたチャイニーズ・アメリカンの経営する雑貨店の屋上に無断侵入し、そこで寝泊まりするようになるが、それを経営者の親戚の娘リン (アンジェリーナ・チェン) が目撃していた。ユリシーズに興味を持ったリンは無断宿泊を黙認して、二人は段々近しくなっていくが‥‥ 


___________________________________________________________

 
inserted by FC2 system