Bigbug


ビッグバグ  (2022年4月)

先頃、マンハッタンで最後のペイフォン (公衆電話) が撤去されたというニューズをやっていた。実はかれこれ5年ほど前に、NBCの「ザ・ブラックリスト: リデンプション (The Blacklist: Redemption)」でマンハッタンのペイフォンが描かれ、ペイフォンってまだあったのかと、その時ですら驚いたのを覚えている。 

 

それから5年経ち、今度こそ本当にマンハッタンからペイフォンが消える時が来た。まだあったのかという気持ちと、なくなってしまうのかという名残り惜しいような気持ちが半々だ。 

 

現実問題として、今の若者はペイフォンの使い方を知らない。最近の素人撮影動画系番組では、今時の子供にペイフォンを渡してどうするか見てみるというのが結構あるが、ほとんどの子がどうしていいかわからない。 

 

こないだ見たやつでは、ある女の子がそれが電話であることすら理解できないようで、受話器を持ったまま固まっていた。また別の男の子は、受話器を戻してと言われて何をどうしていいかわからず、ママーと叫んで助けを求めていた。今後「ダーティ・ハリー (Dirty Harry)」で描かれたペイフォンを利用する展開は、見ている者が何やっているか理解できなくなるんだろう。 

 

さて「ビッグバグ」は、高度に機械化、電子化、オートメーション化された世界を描く、ジャン-ピエール・ジュネの新作だ。もちろんそこにはペイフォンもファックスもコードレスフォンもない。その反動で、主人公アリスはレトロ趣味で、既に過去の遺物である本を書籍の形で読んでいたり、ペンを使って書き物をしたりしている。 

 

これは結構わかる。私は特に新し物好きでも、時代に遅れないようにするタイプでもないが、それでも近年、仕事はコンピュータ上でこなすのが主で、自分で筆記具を使って何か書くということがかなり減っている。おかげで最近、漢字を書けなくなっており、何か書こうとしてはたとペンが止まるということが何度もある。 

 

読書も同じで、最近、本はamazonかhontoで電子書籍購入が主体で、物としての本を買う頻度はかなり減った。慣れると、スマートフォンの中に読みかけの本を何冊も収納できる電子書籍は、非常に便利で手放せなくなった。今では外出時は、ポケットにスマートフォン一台あればすべて事足り、カバンを持ち歩くこともなくなった。近い将来、物としての本が好事家のもの、あるいは高価なものになるのだけは確かだろう。フランソワ・トリュフォーの「華氏451 (Fahrenheit 451)」は、その意味が伝わらなくなるかもしれない。 

 

さて、アリスが住む家は、家事全般はアンドロイドのモニークがこなし、家のコントロール自体はAIのネスターとアインシュタインがいるため、基本的にアリスはすることは何もなく、だから今では誰も手にとらないペンや書籍を趣味として嗜むということができる。 

 

しかしもちろん衣食住足りて働かなくなった人間は堕落するもので、それはアリスだけでなく、隣りの家の出歯亀女性や、アリスのボーイフレンド、前夫とその家族もすべて同類だ。こうした堕落した人類に対し、今、まさにアンドロイドたちが反旗を翻そうとしていた。 

 

ヴィジュアル派のジュネらしく、今回も凝った映像で楽しませてくれる。ただし、これがコメディとして有効に機能しているかどうかは微妙なところで、実際問題として、笑えるような展開はほとんどない。単純に話としては、特に練られているとも言い難く、だからこそジュネの演出によって魅せてもらいたいところだが、ある程度よくできた未来世界のヴィジュアルという以上の印象を受け難い。 

 

同じ未来世界を描くのなら、「デリカテッセン (Delicatessen)」の奇抜さの方が強く印象に残っているし、コメディというなら、「アメリ (Amelie)」の方がよくできていた。「ビッグバグ」は、「デリカテッセン」のブラックさや「アメリ」のキッチュさが逆に薄まってしまったようで、なんで自分自身にリミッターつけてしまったのか、それともこれはよく失敗作と成功作を交互に撮っているジュネが、次にこちらをあっと言わせてくれる作品を撮るための布石だったのかと思ってしまう。是非そうであってもらいたい。 

 












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2050年、すべてが高度に自動化された世界のフランスの郊外に住むアリス (エルザ・ジルベルスタイン) の一軒家は、AIのネスターとアインシュタイン、それに家政婦アンドロイドのモニーク (クロード・ペロン) によって完璧に制御されていた。家にはボーイフレンドと彼の息子がいて、そこに隣りの出歯亀女性とそのセックス・ロボット、さらには別れた夫とその新しい愛人と養子にとった娘もやってくる。時を同じくして、実はモニークたちは人間に反旗を翻そうとしているだけでなく、新型アンドロイドのヨニクス (フランソワ・レヴァンタル) が、人類を支配下に置こうとしていた‥‥ 


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