シネマックスはアメリカのペイTV最大手のHBOの姉妹チャンネルだ。位置づけとしては、HBOで放送するにはちょっと古過ぎる映画や外国映画を編成するHBOのサブ・チャンネルという感じだ。
基幹チャンネルのHBOとは異なり、これまでは特にオリジナル番組製作路線に手を出すという感じはなかった。一昨年の英国の対テロリスト・ユニットを描く「ストライク・バック (Strike Back)」、昨年のメリッサ・ジョージが殺されかけた諜報機関エージェントに扮する「ハンテッド (Hunted)」は、基本的に英国製ドラマのアメリカでの放映権を買ってオリジナル番組という冠を掲げて放送しているだけだ。
それで今回の「バンシー」も、最初はまたBBCアクションをアメリカで再放送するだけかと思って最初は注意を払ってなかったのだが、そこで製作にアラン・ボールの名を見つけ、おや、と思った。アラン・ボール、あのHBOの「シックス・フィート・アンダー (Six Feet Under)」の、「トゥルー・ブラッド (True Blood)」のボールが作る新しいドラマか。これはちょっと気になるかも。
しかもよく見ると舞台はアメリカ、ペンシルヴァニア州だ。最初バンシーと聞いた時は、どうせまたアイルランド辺りを舞台にした流行りのファンタジー・ドラマだろうと思い込んでいたのだが、実はバンシーというのはアーミッシュが住むペンシルヴァニアのランカスター地方の町の名ということだ。しかもボールが製作するアメリカン・ドラマ、それもかなりヴァイオレントな、胡散臭い話が展開すると聞いて、俄然興味が湧いてきた。
実はボールは、製作総指揮にクレジットされてはいるが、番組のクリエイターというわけではない。たぶん企画を面白いと思ったボールが名前を貸しただけで、実際にはほとんど製作にはタッチしていないと思われる。しかし宣伝には大きくボールの名を押し出していた。それで私みたいに引っかかって番組に食指を動かす者もいるわけだ。
番組を見る前に私が最初にやったのが、グーグル・マップでバンシーの町の位置を確認することだ。ランカスター地方には昨年ドライヴ旅行で訪れている。現実に舞台となっている場所を地図の上で確認すると、ああ、あの辺かとかなり臨場感を覚えたり親近感を感じるので、知っている土地が舞台だったりすると、よくこうやって遊ぶ。しかし今回に限っては、バンシーが見つからない。実はバンシーというのは架空の土地名だった。これはたぶん、内容が実際にかなりヴァイオレントなこととも関係すると思う。実際の地名を出されて、住人が自分の住んでいる町がこんなところだと思われることを危惧するのではと配慮したんだろう。
とはいっても、この地方に住む、端的にアーミッシュが、平和な人間ばかりというわけではもちろんない。アーミッシュにだって日々の諍いはあり、しかし暴力沙汰を嫌う彼らに代わって仲裁介入するギャングまがいの者たちをとらえたディスカバリーの「アーミッシュ・マフィア (Amish Mafia)」は、そこそこ話題になった。つまり、こういう場所だからこそヴァイオレンスが陰々として潜む余地が大いにある。そういう目のつけどころは悪くない。
そして実際、この番組、かなりヴァイオレントだ。我々には今では既にHBOの「ザ・ソプラノズ (The Sopranos)」があるので多少のヴァイオレンス描写には慣れているが、しかし、それでもこの番組、かなりヴァイオレントと言わざるを得ない。見終わって最も印象に残っているのは、アクション、というよりもヴァイオレンスだ。さらに大量の血が流れることが、番組の特色として挙げられる。ヴァイオレンスが特色だから血が流れるのは当然なのだが、それにしても夥しいほどの量だ。この血がまた視覚的に痛みを倍加させる。
プレミア・エピソードではバーに現れたシェリフと地元のギャングが撃ち合いになり、身をかばおうとしたシェリフの手の平に銃弾による穴が開く。例えば同じシーンをサム・レイミが演出するとかなりコメディ・タッチになるだろうが、「バンシー」では単純にただただ痛そうだ。実際男も血溜まりの中でうんうん苦しんでいる。
地元ギャングの元締めのカイは一見ホワイト・カラーだが、切れると怖い。実は彼の父こそ一見平和的なアーミッシュであり、カイも仲間内ではドイツ語 (オランダ語? よくわからない) でコミュニケーションをとっている。その、彼の父と知らずに嫌がらせをした下っ端を、カイは執拗に、徹底的に殴り倒す。地面に倒れて抵抗できない相手の顔を殴り続ける。折れた歯を、吐き出さずに口に入れたまま帰れと命令する。その後娼婦を呼んで性器をしゃぶらせながら、自分の拳に男の折れた歯がまだ食い込んだままなのに気づく。殴られた男も半端じゃなく痛かろうが、これじゃ殴った方だってかなり痛いだろうに。等々、痛そうなヴァイオレンス描写のオン・パレー ドだ。
現在ヴァイオレンス描写が特徴的なドラマというと真っ先に思い出すのは、やはりHBOでマーティン・スコセッシが製作している「ボードウォーク・エンパイア (Boardwalk Empire)」がある。スコセッシ製作の禁酒法時代を描くドラマだからこちらもヴァイオレントで当然なんだが、両者の印象はかなり異なる。「ボードウォーク・エンパイア」では同じように人を殺しても、そこにはスコセッシ的な美学が確かにある。一方「バンシー」は、ヴァイオレンスの美学というよりもホラー的な血を流す美学というのはあるだろうが、それにしても痛い。一瞬で終わる殺戮ではなく、じわじわと痛めつけるシーンがかなり多い。
番組はこのほど第1シーズンの放送を終えているのだが、回が進むに連れてヴァイオレンス度は増しこそすれ減ることはなく、シーズン・フィナーレは、なんだかハリウッド・ドンパチ・アクションに思い切り残酷度を加味してみました、みたいなド派手な幕切れを迎えて終わっていた。これって第2シーズン、いったいどうするつもりなんだろう。