The Kingdom   キングダム/見えざる敵  (2007年10月)

サウジアラビアのアメリカ資本の石油プラントで働くアメリカ人居住区がテロリストの標的になり、多くの死傷者を出す。FBIのフルーリー (ジェイミ・フォックス) は政治的駆け引きや説得によって、3人のスペシャリストを率いて5日間だけサウジ行きを承認させる。しかしFBIに反発する地元警察は、調査にはまったく協力的ではなく、焦るフルーリーたちを尻目に刻々と時間は過ぎていった‥‥


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ハリウッド映画で中近東を舞台にするポリティカル・スリラーといえば、すぐに2年前の「シリアナ」を思い出す。とはいえ「シリアナ」は中東だけでなく世界各地の登場人物を描いた群像劇だったが、今回は基本的に舞台は一部アメリカを除けばサウジアラビアだけで話が展開する。ポリティカル・スリラーというよりはポリティカル・アクション・スリラーという感じで、特に後半はアクションが横溢する。


話はサウジアラビアで起こったテロの調査にFBIのスペシャル・エージェント4人が赴くというのが骨子だ。アメリカ国内はFBI、海外の調査諜報活動はCIAと理解していたので、いくらFBI関係者が事件に巻き込まれていようとも、FBIエージェントが国外に飛ぶなんて話はかなり突飛だと思っていたんだが、なんでも1996年に実際に起こった事件を基にしているらしい。実話ならしょうがないか。それにまあ、諜報活動ではなく実際の調査活動や対テロリスト対策なら、確かにCIAよりFBIの方が適任という気はしないでもない。実際そう思われているからこそ、ジェイミ・フォックス演じるFBIのフルーリーが動き回ることが奏功して派遣が許可されたわけだ。


映画は冒頭、アメリカとアラブの外交史を短いフラッシュ・バックで見せる。わざわざこの作品が事実を基にした、架空ではない話ということを宣言しているように見える。あるいは単にそれらしさを盛り上げているだけか。そして事件は起き、FBIのフルーリーは法医学者ジャネット・メイズ (ジェニファー・ガーナー)、爆破物専門家グラント・サイクス (クリス・クーパー)、情報分析官のアダム・レヴィット (ジェイソン・ベイトマン) の計4人から成る少数精鋭でサウジに乗り込む。しかし提供された時間はたった5日間しかないのに、現地の警察機構は徹底して官僚的で、責任者のアル・ガジ (アシュラフ・バルホム) が常時つきっきりでフルーリーらに調査らしい調査をさせない。フルーリーたちは、皇太子が協力を約束したことでようやく自分たちの流儀での調査に乗り出す。


サウジ側は最初はともかく出しゃばりのアメリカ側の捜査官を邪魔する態度に出るのだが、途中からサウジ側の責任者であるガジとFBI調査官たちの間に通じ合うものが出てくる。そして調査が進む一方、今度はテロリストは標的をフルーリーら4人に絞ってくる。そのため作品は、前半はポリティカル・スリラー的な色彩が強く、中盤は調査を開始する4人を中心とする「CSI」みたいな印象になり、そして後半は一転して戦争アクション的展開を見せる。いわば一粒で3度おいしいみたいな、異なる3本の作品を一度に見ているみたいな印象を受ける。


それで満足して、ああ面白かったというか、消化不良と感じるかは見る者によると思うが、それでも演出のピーター・バーグの力量は否定できない。特にラストの連続するアクション・シーンの緊張感はなかなかのもので、フリーウェイ上でのガン・バトルやカー・アクションを見ると、よくこういうシーンがアラブで撮れたなと思う。まさかそこんとこだけ他んところで撮っているのではあるまい。このシーンで思い出すのはマイケル・マンの「ヒート」における銀行銃撃のシーンで、実際の話、作品製作の一人はそのマンであり、演出のピーター・バーグはマンの影響を大きく受けているのは間違いのないところだろう。


主演のフォックスは頑張ってはいるが、これにもう少し作品に説得力をもたらすことのできるカリスマがつけば申し分ないところ。その点クーパーの方がまだ老獪でうまいという印象を受けた。年の功か。ガーナーはTVの「エイリアス」の延長を感じさせる路線だが、「エイリアス」を見た後だと、思わずカマトトぶるんじゃない、と言いそうになる。同じくTVの「アレステッド・デヴェロップメント」でほとんどマゾ的にいたぶられる役を振られていたベイトマンは、ここでは少し我を張るので、お、成長したなと思っていたら、やはり最後でまたいたぶられた。


ジェレミー・ピヴンまで出てきて「アントラージュ」の延長みたいな役を演じているので、実は「キングダム」は近年のアメリカのTVに親しんでいるとかなり親近感を持てるのだが、しかし、そのことは作品にとっては別にプラスにもならないとも思う。一方、サウジ警察のガジに扮するアシュラフ・バルホムはなかなかの拾い物で好演。「パラダイス・ナウ」で認められたらしいが、こちらの方は見ていない。


サウジはアラブ諸国の中でも西側に最も近い、というか、西側に親近感を持っているという印象を受ける。カジノだとかリゾート施設を持っているのは、アラブではサウジだけではないのか。同様にそのお隣りのクウェートもかなり親西という印象を持っていたんだが、そのクウェートでは「キングダム」は実は上映禁止になったそうだ。へえ、では、それでそのサウジではこの映画はどういう扱いを受けたのかと思ったら、ニューヨーク・タイムズによると、サウジには公共の映画館というものはないため、そもそも上映するしないというオプションは最初からないということだ。映画館のない国というのがあったのか。


結局サウジの民衆がこの映画を映画館で見るということはないわけだ。もしかしてサウジがハリウッドにこういう映画の撮影を許可したのは、どうせ国内には見る手段がないからというのを見こしてか? しかし現在では、DVDは世界中のどこにでも普及しており、インターネットでありとあらゆる情報が手に入る。たとえ映画館がなくても、その気になればサウジにいても人は簡単に「キングダム」を見れるはずだ。今現在でも海賊版の「キングダム」を見て、憤慨したりエキサイトしたりしているサウジ国民もいるに違いない。それにしてもオサマ・ビン・ラディンはこれを見ていったいどう思うんだろう。結構我が意を得たりなんて思うんじゃないだろうかという気もする。







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