The Informant!


インフォーマント!  (2009年10月)

1990年代初頭。農事業大手のADMに勤めるマーク・ウィテカー (マット・デイモン) はとある事件の調査をしていたFBIエージェント、シェパード (スコット・バクラ) の訪問を受ける。しかしそこでウィテカーは企業に忠誠を尽くすのではなく、逆にADMは食品添加物の売り値を操作して莫大な利益を得ていると漏らす。これが証明できたら企業の根幹を脅かす大きな事件となる。シェパードはウィテカーに、談合の模様をマイクで隠し録りするよう要請する。最初はびくびくもの、後の方では率先してそういう秘密任務に精を出すウィテカーだったが‥‥


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「インフォーマント! (The Informant!)」は、嘘で塗り固められたキャリアを築いた一人の男を描くドキュドラマだ。カート・アイケンウォルドの同名原作を映像化したもので、実際にあった事件を再構成したドラマなのだ。

 

1990年代、FBIエージェントのシェパードは世界的大企業ADMに勤めるウィテカーを訪ねたことから、ADMが大規模な価格操作によって不当な利益を得ていることを知らされる。事実を確認するため、シェパードはウィテカーを内通者に仕立て上げ、重要なミーティングを隠し撮りしたり、証拠物件の提供を要請する。

 

ウィテカーがもたらす資料や情報は驚愕すべきものだったが、同時に、会社内でのウィテカーの立場も危ういものにし始める。ウィテカーとて自分の身を守らざるを得ず、FBIには内緒で他の企業犯罪に手を染めていたりした。FBIが自分の身を守りきれなくなると知るや、ウィテカーは今度は一般の弁護士を雇って保身を図る。しかし、そこでもやはりウィテカーはすべての手をさらしていたわけではなかった‥‥

 

私の小学校時代、慢性的に嘘をつくクラスメイトがいた。別になんか悪いことをしての言い逃れというわけでもなく、なぜここで嘘をつく必要があるのかわからな いところで、とにかく嘘をつく。ただ単に嘘をつかずにはいられないのだ。しかも嘘をつくことが上手というわけでもなく、後で必ずばれる嘘をつくため、こんなんなら嘘なんかつかずに最初から本当のことを言った方がよほどましだとしか思えなかった。

 

ある時、放課後、雨が降った後で一緒に広場で遊んでいて、そいつがかなり大きな水溜まりに落ちてほとんど全身びしょ濡れになった。大笑いして一緒にそいつんちまで帰って、そいつが着替えるために別の部屋に行っている時に母親が出てきて、ちょっとちょっとと呼ぶ。なんだろうと思うと、実はそいつは母親に、不良に絡まれて殴られて水溜まりに落とされたのだと言ったという。

 

もう、なんでわざわざそこで嘘を言う必要があるのかまったくわからない。不良に絡まれたのならよくて、自分で転んだのなら叱られるのだろうか。もちろん母親 だってこいつの嘘には手を焼いているから、すぐに私を呼んで裏をとろうとしたのだろう。これがもし嘘を真に受けて学校に連絡しようものなら、よけい大事に なって大変なのは目に見えているのに。イソップ童話じゃないが、とにかく世の中には嘘をつかないではいられない人間がいるのだと知った。

 

「インフォーマント!」 の主人公マーク・ウィテカーも、実はその気のある慢性的な嘘つき、あるいはほら吹きに近い類いの人間だ。たぶんこの種の人間は、ある種の心の病気なんでは ないかと思う。特に日常生活には差し支えなく、むしろ立派な人間のように見えさえするが、気がつくと嘘をついている。小さいのもあるし大きいのもある。あまりにも日常的に嘘をつくので、その嘘を自分で信じている嫌いすらある。あるいは人に嘘をつき通すことが、なんらかの代償行為となってささやかな満足感を 得るのかもしれない。それが慢性化しているのだ。

 

映画ではウィテカーは最初、ごく一般的な会社勤めの中堅役員という感じで登場してくる。彼はきっと、そこで会社が脱税だかなんだかでFBIに目をつけられて、彼に接触してくるということがなければ、そのまま色々な小さな嘘をつき通したまま一生を終えただろう。嘘のまま物事が閉じれば、それはもう真実だ。

 

しかしFBIエー ジェントのシェパードがウィテカーに連絡をとってきたことから、彼の虚言癖のようなものがむくむくと頭をもたげてくる。一介のサラリーマンに過ぎなかったウィテカーが、国家の秘密任務を帯びて悪を断罪する秘密エージェントになるのだ。彼のような人間にとって、その誘惑は抗いがたいものだったに違いない。な んせ国家の正義のためという大義名分を得て、遠慮なく嘘をつけるのだ。嘘がばれたら国がなんとかしてくれる。うまく行けば心置きなく嘘をつきまくった上 に、さらに国のヒーローになれるかもしれない。

 

実際の話、普通に生活している人間が、身体に盗聴器を忍ばせて談合の場に挑むなんてことはまず一生経験することはないだろう。食品添加物の価格操作という一 般消費者を欺くことに手を染めながら、さらにウィテカーはその価格を操る企業をも欺いている。彼のような生まれながらの嘘つきには、こういう二重の嘘をつき通す誘惑には抗えない。たぶん、自分が仕えているはずの会社に忠誠を誓っている振りをしながらその実裏切っており、その会社が彼に決して安くはない金を支払っているという構図は、彼のほとんど無意識の欲望を痛く満足させるに違いない。

 

そんなこんなでここで少なくとも自分が思うには007もどきの企業スパイ、ウィテカーが誕生する。実際には007というにはほとんどお粗末なスパイぶりで、ミーティング中になぜだかばれることなく盗聴器の確認をしたり、堂々とカメラの調整をするウィテカーは、ギャグにしかなっていない。あまりにも不手際すぎてむしろ逆に誰にも気づかれないのだ。

 

最終的にウィテカーの集めた証拠を基にFBIはADMを告発する。ウィテカーがFBIに渡した証拠の品々は充分ADMの非を実証するのに役立つはずだった。しかしそれから事態は思わぬ方向に流れ始める。FBIの傀儡ウィテカーは、実はFBIに内緒にしていることがまだまだあった。正義の秘密エージェント気取りだったウィテカーだが、いつの間にやら彼こそが訴えられる立場にいた‥‥

 

このギャグともシリアスともつかない話を、演出のスティーヴン・ソダーバーグと主演のマット・デイモンが手堅くまとめている。二人のタッグということでどちらかというと比較されそうなのは「オーシャンズ」だろうが、さらに近いのは、企業悪とそれに立ち向かう主人公の活躍を描いた「エリン・ブロコヴィッチ (Erin Brockovich)」の方だろう。

 

しかし「インフォーマント」が本当に彷彿とさせる作品は、ソダーバーグ作品でもデイモン作品でもなく、ずばりコーエン兄弟の「ファーゴ (Fargo)」だ。内陸の冬寒そうな地方ということが両者ともあんな風な肌触りにさせるのか、どこか抜けた犯罪者、どこか抜けた捜査官、どこか抜けた市井の人々。シリアスともギャグをかましているとも見えないが、そこここにおかしみが漂うという印象がそっくりだ。

 

一方で「インフォーマント」は「エリン・ブロコヴィッチ」よりひねりが利いており、状況が二転三転する。主人公は道義的に黒にも白にも灰色にも見え、彼に肩入れする観客も反発する観客も両方いると思われる。ソダーバーグは多様な解釈をゆるす撮り方をしており、さらに微妙におかしくもあり、シリアスでもある。 職人芸だ。

 

デイモンは「オーシャンズ」ではまだまだブラッド・ピットやジョージ・クルーニーの足元にも及ばない青二才的な描かれ方をしているが、「ボーン」シリーズでは向かうところ敵なしのスーパー・エージェントだ。さらに「ザ・グッド・シェパード (The Good Shepherd)」では既にCIAエージェントを演じているから、頭脳型スパイを演じるのもこれが初めてではない。そういえば上記3作はいずれも2007年に公開されている。いわゆるデイモンの当たり年だった。しかし本当にいつの間にやらアメリカを代表する俳優になった。そのデイモン演じるウィテカーに振り回される、どちらかというとうだつの上がらないFBIエージェントに扮しているのがスコット・バクラで、あまり働きはよくなさそうそうだが、人情に厚そうな感じを非常にうまく出している。

 

いったい、企業悪ってなんだと見てると思う。談合や価格操作は犯罪という認識は誰でも持っているが、しかし、大きな視点から見ればそういうことをしていない企 業というのはほとんどあるまい。贈収賄というか単にお土産というか、現実と建前というか。ウィテカーは自分自身の倫理 (というほどのこともないだろうが) でその垣根を軽く飛び越えるが、しかし着地に失敗する。彼を裁く権利は我々にあるのか。畢竟、彼に振り回された者以外は、特に実質的損害を被った者がいるとも思えない。結局、ADMは傾かず、一番大きな代償を支払ったのはウィテカーなのだ。

 

ところでこの作品、実話であり、作品中に登場する企業名も実名が使われている。ウィテカーの勤めるADMが談合を共同するライヴァル会社が、日本の味の素だ。そういえば昔、そういう話があってニュースになっていたのを見たような気がする。その味の素、作品中では何度も企業名が発話されるのだが、全員が全員味の素ではなく、アジノーモトと発音する。

 

実は私の女房が昔働いていた旅行代理店のお得意さんに味の素がいて、うちにその味の素から頂いたという味の素のロゴが入ったタッパーウェアがある。手頃な大きさなので、よく弁当箱として使用している。もしかしたら味の素にちょっとお勉強した見返りだったのかもしれない。これだって煎じ詰めれば贈収賄にならないか。いったいその線引きは誰がどこで決めるのだろう。なんて思いながら「インフォーマント」を反芻してたりする。








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