第二次大戦前夜、理想を持つ前途有望の青年エドワード (マット・デイモン) はイェール大の中枢組織のメンバーとなり、引いては国家諜報機関のOSSにスカウトされる。耳に障害を持つローラ (タミー・ブランチャード) と親しくなるエドワードだったが、知人の妹であるマーガレット (アンジェリーナ・ジョリー) と関係して妊娠させたことから二人は結婚する。結婚後、エドワードはベルリンに単身赴任し、世界は加速度的にきな臭くなっていた‥‥


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先頃のマーティン・スコセッシの「ディパーテッド」での好演もまだ記憶に新しいマット・デイモンの新しい主演作「グッド・シェパード」が公開される。しかも93年の「ブロンクス物語」以来、監督としては13年ぶりとなるロバート・デニーロが演出する2本目の作品となる。実は「ブロンクス物語」は特によかったという印象もなかったのだが、少なくとも予告編で見る「グッド・シェパード」は面白そうでそそられる。


それはそれとして、昨年から今年にかけて一見して印象の似通った作品が同時期に公開されるという現象が続いている。一番最初は往年のハリウッドを舞台とする「ハリウッドランド」「ブラック・ダリア」で、その後も「ジ・イリュージョニスト」が公開されたと思ったらほとんど同じ作品にしか見えない「ザ・プレステージ」が公開され、ヘレン・ミレンはTVで初代「エリザベス1世」に扮したと思ったら「ザ・クイーン」では現エリザベス女王に扮していた。時期的に重なっていたわけではないが、一昨年公開の「カポーティ」と昨年公開の「インファマス (Infamous)」は演じている役者以外すべて同じ内容という作品で、さすがにこういう作品を製作する意図を解しかねた。


「グッド・シェパード」の場合、これまた同時期に、やはり第二次大戦期の、それもベルリンという舞台が重なり、その上タイトルまで似通ったスティーヴン・ソダーバーグの「ザ・グッド・ジャーマン」が公開されている。こちらはモノクロ作品なので少なくとも両者のイメージを混同することはほとんどないが、それでもタイトルや内容が似ている作品が同時期にこうも一斉に現れると、どこかでなんらかの意図が働いているのだろうかと勘ぐりたくもなる。


さて、「グッド・シェパード」だが、実はこの映画の予告編を見た時には、よし、絶対見るぞと思っていたのだが、雑誌やTVで評がちらほらと現れるのをなにげに見ていたところによると、実はこの作品、2時間45分あるのだそうだ。うーむ、2時間45分、思わずヤバいと思ってしまう。批評家評も、悪くないのにこの長さはどうにかならないものかという意見を表明していたのが一人や二人でないところを見ると、多少不安になる。たとえ2時間45分あっても、それが面白いなら見に行くことにまったく吝かではないが、しかし、デニーロという、役者としてはともかく、演出家として評価の確立しているわけではない人間の作品ということになると、多少二の足を踏んでしまう。


という一抹の不安を抱きながら見に行ったのだが、いやあ、これは杞憂に過ぎなかった。見る前は長過ぎるだのテンポがスロウ過ぎるだのアンジェリーナ・ジョリーはミスキャストだのといったネガティヴな意見が多少なりとも耳に入ってきていたために不安になったわけだが、実際に見てみると、こいつは悪くない。一方、公開後に口コミでも評判にならないところを見ると、実際に長過ぎると思った一般のファンも多かったのだろうと推測されるが、そういって見ずにパスするのはあまりにももったいない作品である。


「グッド・シェパード」はOSS時代を経て現在のCIAが設立されるに至った過程を描くドラマである。いわゆるスパイ内幕ものであるが、確かにその歩みはゆっくりとしている。諜報戦のすべてが007シリーズのようなアクションになるわけではなく、情報を集めることこそが主体のこのような業務は、実際にはほとんどホワイト・カラーのデスク・ワークにならざるを得ない。したがって毎日の仕事の積み重ねこそが最も重要であり、しかもそうやって得た情報の大半がすぐに成果に結びつくものではなく、数か月、数年単位でしか結果の出ないものも多い。というか、得た情報の大半は意味のないくず情報だろう。そういう仕事を生業としているものを描くのだから、作品が長期にわたる、ゆっくりとした歩みのものになるのは避けられない。


「グッド・シェパード」を見て私が連想したものは、ジョン・ル・カレのスパイ・ノヴェルである。特に時代が近いこともあり、初期の頃のスマイリー3部作あたりの作品を彷彿とさせる。悠揚迫らぬ描写で特に目立った事件が起きるというわけでもないのにいつの間にか引き込まれ、気がつくと熱中している。「グッド・シェパード」から受ける印象もまったくそれだ。ル・カレは昨年も「ナイロビの蜂」が映像化されているわけだが、あれはル・カレ作品というよりもフェルナンド・メイレレス作品になっていた。そのことの是非はともかく、「グッド・シェパード」こそがル・カレ的特質を視覚化していると思う。


長期にわたって登場人物の内面を重視して書き込んだエリック・ロスの脚本も、そういうじわじわと話が進むという印象作りに貢献していると思われるが、しかし、ロスのつい最近の作品というと、同様に3時間の「ミュンヘン」だ。しかしスティーヴン・スピルバーグの「ミュンヘン」がゆっくりと話を盛り上げていったかというとそんなことはなく、観客の心をつかむことに関しては当代随一の手だれであるスピルバーグの手になる「ミュンヘン」は、最初から最後まで観客を飽きさせることなく一気に見せきった。同様にロス脚本、こちらはマイケル・マン演出の「インサイダー」が、やはり最初から最後まで観客を興奮させたまま乗り切ったことを考えると、今回のゆったりとしたリズムは、やはりデニーロの演出に帰すべきものという気がする。


今回のデニーロの演出は、わりと人物のクロース・アップのフィックスが多い。カメラが動かず、役者の微妙な表情の動き以外はほとんど動きのない絵作りは、役者にとっては実力の見せ所で、意欲をそそるだろうが、それがまた時に単調と思えるリズムとなって観客に長いと思わせることになったことは否めない。しかしこの演出は、作品の内容が要請する避け難いものであった。確かにこの脚本を例えばスピルバーグが演出したら、もっと動きを強調したエンタテインニングなものになって2時間内外でまとめただろうが、しかし、私はこれでよかったと思う。むしろ私はデニーロがここまでやれることに非常に感心した。彼も伊達に長い間世界の一流の監督たちと一緒に仕事をしていない。一般的に、現代の監督は作品が単調になることを怖れて、それがどんな場面だろうとカメラを動かしたがるものだが、信念に基づいてカメラを動かさずに回し続けたデニーロは偉い。


主演のデイモンとジョリーでは、たぶんティーンエイジャーまで演じたジョリーの若作りがミスキャストと言われる所以だろう。確かにあそこは私も苦しいと思ったが、一方で、歳とってからのジョリーはとてもいい。逆に今度はデイモンの方が、歳とってからもまだ童顔で、がんばってはいるが多少苦しい。歳とってから遠目になってきて、ちゃんと凸レンズの度が入った眼鏡をかけているという小技はよかったが。いずれにしても同様に「アビエイター」で、熱演してはいてもどうしても中年には見えなかったレオナルド・ディカプリオを思い出した。この二人が「ディパーテッド」で共演して話題をさらっているところからも、ディカプリオとデイモンは今の若手俳優の注目株筆頭であると言える。


特にデイモンは、数年前まではただのどこにでもいるアメリカの好青年以上のものにはまったく見えなかっただけに、今の活躍ぶりは嬉しい驚き。それでも、こないだ深夜トークの「レイト・ショウ」にゲスト出演していた時に、結婚生活とか生まれたばかりの娘の話とかが話題になっていたが、盟友のベン・アフレックが結婚するとかディカプリオが誰かとつき合っているとかいう話になると全マスコミを上げての騒動となるのに、デイモンが結婚して、しかも既に娘がいたなんて、私はまったく知らなかった。この違いはいったいどこから来るのか。


「ディパーテッド」と言えば、その「ディパーテッド」にも出ていたアレック・ボールドウィンがここにも出ている。ボールドウィンの最近の遍在ぶりは唖然とするくらいで、これらの作品以外にもTVではNBCの「30ロック」にレギュラー出演しており、昨年末には「サタデイ・ナイト・ライヴ」でボールドウィンが13回目のゲスト・ホストを担当していた。蛇足だがその回では日本の大食い第一人者として知られるタケル・コバヤシがそのうちのスキットの一つで主人公として登場していて、こちらにもかなり驚かされた。


脱線したが、主人公二人以外も皆好演しており、なかでも教授役のマイケル・ガンボンは、近年では最も印象に残る。ウィリアム・ハートは相変わらずうまいが、私としては「ヒストリー・オブ・バイオレンス」か、TVでスティーヴン・キング原作を映像化したTNTの「ナイトメアズ・アンド・ドリームスケイプス」の一編、「バトルグラウンド」で、主人公で出ずっぱりのくせに一時間セリフなしで乗り切った、思わず唖然とした挑戦の方に拍手を送りたい。


これまた久しぶりに見るジョン・タトゥーロもいつも通りの癖のあるいい味出している。ベルリン時代のデイモンの秘書役として登場する女性は、どこかで見たことがあるのは間違いないんだが思い出せない、ドイツ映画をそんなに見ているわけではないから、トム・ティクヴァ作品のどれかだろうかと思っていたら、「マーサの幸せレシピ」のマルチナ・ゲデックだった。「マーサ」の時も今回も、見ている時にゲルマン民族の女性って骨太だなあとまったく同じことを考えていたんだが、同じ人物だからそれも当然か。


しかしこれらの脇の中で最も私の印象に残ったのは、耳の悪いローラに扮したタミー・ブランチャードだ。2001年のTVの「ジュディ・ガーランド物語」、翌年の「ウイ・ワー・ザ・マルヴェイニース」と連続して見た時には、彼女が映画に舞台を移してオスカーを獲得するのも時間の問題だと思ったんだが、少し停滞してしまった。しかしここでの彼女を見れば、やはり彼女は光るものを持っていることが一目瞭然だ。いつの間にか多少ノラ・ジョーンズに似てきており、昔はジュディ・ガーランドにそっくりで今ノラ・ジョーンズ似という、いずれにしても歌唱力では群を抜いている二人に似て来るところがさすがと言えるか? 次回作が東京を舞台にしたコメディで、タイトルが「ザ・ラーメン・ガール」、共演が西田敏行とブリタニー・マーフィというところに多少引っかかるところがないではないが‥‥







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The Good Shepherd    ザ・グッド・シェパード  (2007年1月)

 
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