放送局: FOX

プレミア放送日: 9/17/2006 (Sun) 0:00-0:30

製作: FOXTVステュディオス

製作総指揮: スパイク・フェアステン、マイク・ギボンズ

ホスト: スパイク・フェアステン


内容: 土曜の深夜トーク・ショウ。


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現在、アメリカのネットワークにおける深夜トーク・ショウは、CBSとNBCが勢力を二分している。NBCの「トゥナイト」「レイト・ナイト」陣営に対し、CBSの「レイト・ショウ」「レイト・レイト・ショウ」が拮抗しているという形で、歴史の古さもあり、NBC番組の方が優勢を誇る。NBCにはさらにその後に「ラスト・コール」もあるなど、ネットワークでは最も深夜トークには力を入れている。


この分野には新参のABCには「ジミー・キメル・ライヴ」があるが、まだブランドとして確立しているという印象は受けない。これにケーブル・チャンネルのコメディ・セントラルの「デイリー・ショウ」と「ザ・コルベール・レポート」を含めたのが、一応現在のアメリカの主要な深夜トーク・ショウだと断言してしまっていいだろう。


一方、平日深夜放送ではなく、週末の週一番組も視野に入れた場合、トーク・ショウでこそないが、同様のお笑い系番組として、NBCの「サタデイ・ナイト・ライヴ」と裏番組のFOXの「マッドTV」という、二本のスケッチ・ショウ・コメディがある。今回、FOXがその「マッドTV」が終わった直後の深夜零時に週一の深夜トークとして投入してきたのが、「トーク・ショウ・ウィズ・スパイク・フェアステン」だ。


実はFOXはこの分野の新参というわけではない。なんとなれば90年代初期に、「ジ・アルセニオ・ホール・ショウ」というそれなりに人気のあった深夜トークを編成していたし、記録的な失敗に終わった93年の「ザ・チェヴィ・チェイス・ショウ」を放送したのもFOXだ。ただし「チェイス」の大失敗はこたえたようで、それ以来FOXは深夜トークからは遠ざかっていた。今回の「トークショウ」は、週一編成といえども、かれこれ13年ぶりにFOXが投入する深夜トークだ。


当然フェアステンもFOXにおける深夜トークの成功率はそれほど高くはないことを自覚しており、番組冒頭、呪われたFOX深夜トークの歴史として、1956年の「ザ・ドニー・リフル・ショウ (The Donny Riffle Show)」、86年の「ザ・レイト・ショウ・スターリング・ジョーン・リヴァース」、93年の「ザ・チェヴィ・チェイス・ショウ」、そして97年の「ザ・キーナン・アイヴォリー・ウェイアンズ・ショウ」と、失敗に終わった深夜トークからクリップを引いてきて例を挙げる。


もちろんこれらは、事実もあるが、基本的にギャグである。最初の「ドニー・リフィル」なんて、そもそもFOXというネットワークが放送を開始したのが1986年であることを知っていれば、1956年に放送されたFOX番組なぞこの世に存在しないことはすぐわかるが、まだ若い視聴者だと案外騙されるかもしれない。他にも「チェイス」、「リヴァース」は事実であるが、「ウェイアンズ」はシンジケーション番組で、これもFOXとはなんの関係もない。要するに失敗したトーク・ショウということでここに挙げているだけだ。「ホール」がここに挙げられていないのは、一応何シーズンも続いた人気番組と言える番組であるため、ここにはそぐわなかったからだろう。


さて、それよりも何よりも問題は、このスパイク・フェアステンというのがいったい何者であるかということだ。私は初耳だったし、ほとんどのアメリカ人にとってもそうだろう。実はフェアステンは、「レイト・ショウ」、「となりのサインフェルド」などのライターを務めていたという経歴があるそうだ。かの有名な「サインフェルド」の「スープ・ナチ」エピソードを書いたのが、何を隠そうこのフェアステンなのだ。


「サインフェルド」はTVガイド誌が選んだアメリカのTV史上ナンバー1に挙げられている番組であり、その「サインフェルド」の中でも、「スープ・ナチ」はベストのエピソードとして挙げる者が多いのではないかと思われる。その「スープ・ナチ」を書いたのがフェアステンだったか。うーむ、なるほど、そういうやつが深夜トークのホストに抜擢されるのはわからないではない。かれこれ10年以上も前に、その時「シンプソンズ」のライターだったコナン・オブライエンが「レイト・ナイト」のホストとして指名された時も、オブライエン、それ、誰? と言っていた者の方が断然多かったのだ。


私事で恐縮だが、私が「スープ・ナチ」エピソードを強力に覚えているのは、私自身、この「スープ・ナチ」の元ネタとなったスープ屋でオーナーの傲慢親父にどやされるという、番組と似たような経験をしているからだ。このエピソードは、マンハッタンの53丁目にあった冬季だけ営業の実在のスープ屋を題材にしており、ランチ・タイムになるといつも行列ができていた。それできっとうまいのだろうと思って、ある日私も列に並びスープを買ったのだが、その時のスープ屋の親父の傍若無人の人あしらいには、カルチャー・ショックを受けたと言ってもいい。


なんせ注文を受けたとたん、すぐさまそこをどけと言われて次の客の注文をとるのである。注文をとる時だってほとんどけんか腰で、客は全員、ほとんど怒鳴られながら注文するという感じなのだ。こんな客を客とも思わない扱いを受けたのはニューヨークでどころか、生まれて初めてだ。日本の伝統ある店とかでもよく、いわゆる名物頑固親父的な存在がいたりするが、これはそんなレヴェルではない。ほとんどハラスメントだ。これでよく口の立つニューヨーカーが文句も言わずに黙って言いなりになるなと思っていたのだが、買ったスープを食べてからその理由が判明した。うまいのだ、実際。英語ではスープは飲む (drink) のではなく食べる (eat) ものとして扱うが、実際、ぽってりと濃厚で具の詰まったスープは実に美味で、私はここのスープを食べて初めて、スープだけで充分商売になることを知った。


しかもここのスープは、スープにパンと果物がセットになっており、客は必ずセットとして買わなければならない。スープ単体だけでは売ってくれないのだ。しかし、それで10ドルしないなら、実際の話誰も文句を言わずに買う。充分元はとれていると皆思っているのだ。あるいは、文句を言われたら言い返さないと気が済まないニューヨーカーが、ここでだけは罵倒されまくるという自虐的な快感を得ることのできる唯一の場所と思っていたのかもしれない。最初から罵倒されると知っていたならば、それに対する心構えもできているというものだ。その後、うまいスープを食わせてくれるレストランで何度も食事をしたが、お値打ち感ではこのスープ・ナチに勝るものはなかった。多少の態度の悪さは我慢しても、また行こうという気になるのだ。


「スープ・ナチ」エピソードは、その態度悪親父がスープのレシピを紛失して、それをエレインことジュリア・ルイス-ドレイファスが偶然手に入れるという展開になっていた。この話を書いた脚本家は、当然マンハッタンに住んでいて、他のニューヨーカーと同様の経験をして、そしてやはり、ここのスープをうまいと思ったんだなあと思ったことをありありと覚えているが、その脚本家こそフェアステンだったのだ。


蛇足ついでに言うと、この「スープ・ナチ」エピソードは当然ニューヨークでは結構話題になり、NBCだったかCBSだったかが、このエピソードを見てどう思うかとスープ屋の親父に突撃インタヴュウしており、このクソ親父、「サインフェルド」も放送したNBCもクソッタレだと激昂していた。いや、しかし、あんたに扮した役者、なかなかあんたに似たいい味出してたよ (現在公開中の「ボラート (Borat)」にそっくり。) 残念ながらこのスープ屋、現在は営業していない。あのクソ親父、今頃どこでどうしてるんだか。


さて話は元に戻るが、番組はいくつかのセグメントからできており、最初の「ハウ・トゥ・ドゥ・マン-オン-ザ-ストリート・コメディ (How to do Man-on-the-Street Comedy)」では、この種の番組では定番の、街中に出て一般人にインタヴュウしたりヘンなことを訊いたりする。ハンド・スピーカを持ったフェアステンが、ハリウッド・セレブリティが信者であることで有名な新興宗教結社サイエントロジーの本部の前で、トム・クルーズ、出て来いと叫ぶ (クルーズは最も有名な信者の一人) のはなかなか笑えた。因みにサイエントロジーは「サウス・パーク」でもおちゃらかされるなど、旬の宗教団体である。


その次の「Can Dunkleman Touch Your Sea Bass? (ダンクルマンはあなたの鱸 (スズキ) をさわれるか?)」は、ブライアン・ダンクルマンが屋外で食事をしている人の皿に載っている食材を触らせてもらえるかというふざけたコーナーなのだが、ここでの最大の面白みはダンクルマンが皿に載っている食材を触らせてもらえるかどうかということよりも、現在のアメリカのナンバー・ワン人気番組である「アメリカン・アイドル」の第1シーズンで、ライアン・シークレストと共にホストを務めたのにもかかわらずその後表舞台から消えたダンクルマンが、まだ業界でなんかやっているのを目にしたということに尽きる。とはいえ、彼の名前を覚えていた視聴者がいったいどれだけいたことやら。


その他のコーナーとしては、バカなパパラッツィの集団を描いた「イディオット・パパラッツィ (Idiot Paparazzi)」というのがあり、セレブリティに似ている一般人の写真を撮りまくる。その挙げ句本物のセレブリティに違いない元NBAスターのデニス・ロッドマンを目の前にしていながら彼が誰だかわからず、ただ道を訊いただけで逃がしてしまう。こういう人の迷惑を省みない路上ギャグは当然人の反感を買い、どこぞのショッピング・モールのマネージャーらしき女性から苦情を申し渡されるのだが、それもギャグとしてとらえてしまうところは、いかにも元レターマンの「レイト・ショウ」のライターという感じがした。時々レターマンの一般人巻き込みギャグって不愉快で笑えなかったりしたからな。


番組はトーク・ショウであり、当然ゲストも迎えるわけだが、その栄えある第1回のゲストは、かつてオブライエンの「レイト・ナイト」の初期の頃に、まだネットワーク番組のホストという大役に慣れていなかったオブライエンの脇ホストとしてそのそばに鎮座していた (本当にただ座っていただけという印象があったが) アンディ・リクターが呼ばれた。しかもリクターはダンクルマン同様、最近業界では泣かず飛ばずで、FOXで初めて主演したシットコム「アンディ・リクター・コントロールス・ザ・ユニヴァース」がぽしゃり、現在、前述のルイス-ドレイファスがCBSで主演しているコメディ「ザ・ニュー・アドヴェンチャーズ・オブ・オールド・クリスティン」に時々ゲスト出演するくらいが精一杯だ。


フェアステンの計らいにより、一度は陽の目を見てみたいと思っていたリクターをホスト席に座らせ、フェアステン自身はゲスト席に座り、リクターに向かってなんでも好きなことをしゃべっていいよとけしかけるも、初めての大役に絶句したリクターは言葉が出てこないというシチュエイションは、ちょっと筋書き通り過ぎて正直言って笑えなかった。実際、リクターは笑いには特に向いてるわけではないと思う。なぜコメディに固執するのかよくわからない。あるいは単にドラマからは出演の要請が来ないだけか。


30分番組ということもあり、「トークショウ」にはこの種の深夜トークにはつきものの音楽ゲストはいない。その一方、短い時間にギャグだけを詰め込んだ早足のコメディ・ショウという印象はかなり強い。私としては、「イディオット・パパラッツィ」のような多少不愉快なギャグ以外は楽しめたが、世界中から傲慢と思われているアメリカ人の平均的なものの考え方からすると、あれくらいはなんともないのかもしれない。


因みに番組第2回目のゲストは「24」のメアリ・リン・ライスカブで、その後「アメリカン・アイドル」の昨シーズンの途中で落ちたチキン・リトルことケヴィン・コヴェイなんて知らない者の方が多そうなゲストを迎えるところが、まだいかにも新参の番組っぽい。しかしそのコヴェイ、うまいのか下手なのかよくわからないラップを披露しており、「アイドル」で彼がどんなに普通の歌手だったかを覚えている者がいたら、それなりに楽しめただろう。


ゲスト陣はその後、フェアステンが「サインフェルド」で培った人脈を駆使して、ジェリー・サインフェルドやジェイソン・アレグザンダー等が出演している。私としてはこの番組が毎日30分放送ならまだ見そうな気がするが、土曜夜30分だけというのはどうなんだろうと思う。なんとなくすぐ忘れてしまいそうだ。これならやはり、人は裏番組のNBCの「サタデイ・ナイト・ライヴ (SNL)」を見そうな気がするんだが。しかし、そうはいってもその「SNL」と半分は被っている「トークショウ」直前の「マッドTV」は、いつの間にやら視聴者を獲得して既にヴェテラン番組の仲間入りしている。「トークショウ」だってそれなりに視聴者をつかまえることができるかもしれない。






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Talk Show With Spike Feresten


トーク・ショウ・ウィズ・スパイク・フェアステン   ★★1/2

 
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