悪からニューヨークを守るスパイダーマンの人気はうなぎ上りで、スパイダーマンことピーター (トビー・マグワイア) は、実は結構鼻が高かったりする。しかしそんなピーターとは裏腹に、ガール・フレンドのM.J. (カースティン・ダンスト) はブロードウェイを降ろされ元気がない。しかし有頂天のピーターはそんなことには気づかず、M.J.の心はピーターから離れようとしていた。一方、地球に落ちてきた謎の物質がピーターに取り憑き、ピーターの心の中に不穏なものを醸成、それはブラック・スパイダーマンとなって顕現する。さらに刑務所を脱走したサンドマンがニューヨークを荒し回っていた‥‥


__________________________________________________________________


実は「スパイダーマン3」は先週から始まっているのだが、「スパイダーマン」および「X-メン」はアメリカでの人気はかなり高く、共に公開初週に見に行って切符売り切れで出直しというのを何度も経験している。そのため、やっと学習したかと言われそうだが、今回は公開初週はパスして、最初から2週目に見ようと決めていた。特にニューヨークに住んでいる者なら理解してくれると思うが、たぶんシリーズ最終回かと思われる「3」は前2回にも増して注目されており、なんか、盛り上がり方が尋常じゃない。


それこそ猫も杓子もスパイディという感じで、それはいいんだが、こっちとしては見に行ってまた切符売り切れだったり、ガキどもがうるさかったり赤ん坊が泣いている中を見るのはちょっと勘弁かなと思っていた。そしたら案の定「スパイダーマン3」はアメリカの歴代興行成績記録を更新、初日に見に行かなくてよかったと思わせた。それにしても「スパイダーマン3」はなぜここまで人気があるのか。ニューヨークは地元だから人気があるのは当然として、興行成績を見るからには全米、いや世界中で人気があるのは明らかだ。いったいなにがそこまで人を「スパイダーマン」に夢中にさせる。


何度も言われていることだが、「スパイダーマン」は「バットマン」「スーパーマン」等の他のスーパーヒーローものに対して、庶民くささが売りだ。「バットマン」は人間だが超大金持ちだし、「スーパーマン」は元々人間ではない。いざとなったら飲まず食わずでも死ぬことはないだろうと思われる。一方「スパイダーマン」はスパイダーに咬まれたことで人体組織に変化が起きて尋常じゃない身のこなしができるようになっていようとも、やはり人間であることは変わらず、腹が減ったら力が入らないし稼がないと金がない。


今回はそういう根本的に庶民的な部分に、人々からもてはやされてつい舞い上がってしまい、恋人のM.J.の気持ちが離れていっているのにも気がつかない愚か者で、さらには友人のハリーにも誤解されたままという、ほとんどスーパーヒーローらしからぬ生身の我々一般人と変わらぬ悩みや環境に振り回されてしまうスパイディが描かれる。そんなんで本当に人々の平和を守っていられるのだろうか。


しかも今回登場する悪役は、砂のように身体がこぼれたり固まったりしてどこにでも出没可能なサンドマンと、宇宙からきた謎の生命体ヴェノムで、これに身体をのっとられると力がみなぎって悪事だろうがなんだろうがなんでも好き放題やってしまうという始末に負えない代物だ。しかし歴史のある「スパイダーマン」には他にも色々悪役が登場すると思われるが、今回、行き違いからピーターを父の敵と思い込んで勝負を挑むニュー・ゴブリンことハリーを別にすると、サンドマンもヴェノムも本体がはっきりしない。サンドマンはピーターの父を殺したフリントがとある研究施設に逃げ込んだ結果、身体の組成を変性させてしまったもので、身体がくずおれてもまた簡単に復活するし、ヴェノムなんて最初から他人に寄生して生きている地球外生命体だから、宿り主を変えていつまでも生き延びる。


いわばサンドマンもヴェノムも本体を特定することが難しい。やっつけたかと思ったらまたそこからずぶずぶと身体が立ち上がってくるし、他の宿り主を探して本体は生き延びる。やっつけてもやっつけても立ち上がってくる相手を相手に戦うことほど虚しいものはないだろう。だからこそというか、サンドマンはそうなる前のフリントにピーターの叔父を殺した張本人という筋書きを与えてキャラクターを与えているし、ヴェノムは最初スパイディ本人、あとには鬱屈した駆け出しカメラマンのエディに寄生することで、見えにくい敵役に身体という対象を与え、正義の味方 vs 敵という構図をイメージしやすくしている。それにしても、敵をイメージしにくい、本体がつかみにくいというのは、黒白つけにくい今時の世界事情を彷彿とさせる。敵にも敵の事情があるのだ。


さらに、ここにピーターを父の敵と思い込んでいるハリーが絡み、M.J.との恋愛問題も絡まってくるとなれば、どこから手をつければいいかわからないくらいだ。「2」では忙し過ぎて栄養失調になったスパイダーマン、今回も悩みの種は尽きず、息つく暇も与えない。いや、本当にてんこ盛りの内容だ。一応今回で話に一通りの決着はつく、シリーズとしてはけじめをつける意味合いもあるだろう、ちゃんと「1」で起きたピーターの叔父の死の顛末も明らかにされる。演出のサム・レイミも張り切って演出したんだろうなと思わされる。最後、それなりにちゃんと大団円を迎えた時には、いや、よくこれだけてんこ盛りの内容を破綻なくまとめたもんだと素直に感心してしまった。


今回の「3」を見て実は私が連想したのは、前2作ではなく、レイミの出世作となった「ダークマン」である。特に長調か短調かと訊かれれば、明らかに物悲しい短調のSFアクション・ドラマであった「ダークマン」とサンドマンの相似は明らかであろう。異形の者となってしまったために常に物陰から愛する者を見守るという構図は、アンチ・ヒーローものの基本的な枠組みだ。つまり、やっぱり今回の「3」はレイミ・スパイダーマンの集大成なのだ。


フリント/サンドマンに扮するトマス・ハイデン・チャーチとヴェノム/エディに扮するトファー・グレイスは、共にチャーチの人のよさそうな人間くささ、グレイスの生意気坊ちゃんという感じがよく出てはまっている。ピーター、M.J.の間に挟まって三角関係、それにさらにハリーまで挟まって四角関係にまで発展しそうな人間関係のポイントとなるグウェンを演じるのはブライス・ダラス・ハワードで、ほとんどM. ナイト・シャマラン作品専任のハワードが出ると、なんか彼女も人間じゃないというか変身しそうな気がして困った。レイミも最初からその辺を狙っていたのかもしれない。


私は今回の「3」を心待ちにしていたのであるが、その理由はファンだからというわけではない。実は昨夏、ある暑かった日曜に、これは海にでも行くかと準備して女房とロング・アイランドのジョーンズ・ビーチに向けてアパートを出たがいいが、路上に停めておいた車 (NYでは合法だ) がない。一瞬私の記憶違いで停めた場所を忘れたかアルツハイマーかと焦ったが、何度記憶を改めても停めたはずの場所に車がない。信じられない。盗まれた。今さら部品が売れるとも思えない94年型のスバルを盗もうと考えるやつがいたのか。


我々は海に行くのを諦め、私は911に通報して最寄りの警察署で調書をとられ、我々夫婦は午後いっぱい意気消沈してアパートでだらだらしていた。夕刻、電話があり、とると警察からで車があったという。しかも私が車を停めてあった場所からほんの2ブロックばかり北の方に行っただけのところに。慌てて教えられたその場所に駆けつけると、車のウィンドシールドに、映画撮影のため移動したと貼り紙がされてあるではないか。なに、それ。特にマンハッタンでは日常茶飯的に目にする撮影風景ではあるが、我々夫婦が住むクイーンズでは特にそういうことがあるわけではない。しかし、そこで思い当たることがあった。むろん主人公ピーターがクイーンズに住んでいる「スパイダーマン」である。実際「1」ではうちのすぐ近くでロケ撮影を行っており、私たちの住むアパートの1ブロック先のお馴染みの通りをピーターが走っていった。


それで瞬間的にこれは「スパイダーマン」のせいだと思ったのであった。時期的にも「3」の撮影をしていた頃である。ただし解せんところはあり、だからといって別に車を移動する理由が見当たらない。そのまま映せばいいではないか。どうしても車が入っていてはまずい構図だったのか、それとも94年型のスバルなんて撮ってらんないとでも思ったか。あるいはニューヨーカーってのは権利意識が強く、自分の家や車が映画に映っていると金を要求する奴らがいるそうだから、それを怖れてすべての車を移動したとか。「スパイダーマン」ほど金がかかっている作品だと、それくらいやってもおかしくないような気もする。


あるいはもしかして、これはまったく「スパイダーマン」ではなく、現代の車が映っていてはまずい時代物の映画だったかもしれない。いずれにしても「3」を見ればはっきりするだろうと思っていたわけだが、今回は私たちの車が停めてあった通りどころか、近所のシーンは1シーンたりともなかった。やはりあれは「スパイダーマン」のせいではなかったのか。ではいったいどういう作品だったのか。それとも撮りはしたが編集段階でカットされたとか。逆に謎は深まるばかりなのであった。私はその時の撮影班に納得できる釈明を求めたいぞ。あんたらのせいで夏の暑い一日にリフレッシュする絶好の機会をふいにしたのだ。そのくらい要求する権利はあるはずだ。







< previous                                      HOME

Spider-Man 3   スパイダーマン 3  (2007年5月)

 
inserted by FC2 system