Miami Vice   マイアミ・バイス   (2006年8月)

マイアミの刑事ソニー (コリン・ファレル) とタブス (ジェイミー・フォックス) は、囮捜査官として、南米からドラッグを密輸している組織にトラフィッキングの手段を提供するパートナーとして接触を図る。うまく共同で仕事を始めたのはよかったが、ソニーは相手方の紅一点のイザベラ (ゴン・リー) に一目惚れしてしまう。捜査を進めながらもイザベラとの仲も深くなるソニーだったが‥‥


_____________________________________________________________________


マイケル・マンがNBCで製作して出世作となった「マイアミ・バイス」を自身で再映像化する。世にリメイクは星の数ほどあれど、見たいと思う気にさせるのはそのうちのほんの僅かしかない。たとえマンの「バイス」といえども、単なるリメイクなら別にそそられないと思うが、それを本人がリメイクするとなると、あの「バイス」の現代版がどういう風になるかは、やはり気になる。


アメリカでは80年代の中盤から、リアリティを重視する刑事ドラマが製作されるようになった。この流れを形作ると共に代表するのが、スティーヴン・ボチコ製作の「ヒル・ストリート・ブルーズ」と、この「マイアミ・バイス」だろう。あまり知られていない俳優を起用して、徹底していかにもありそうな事件や犯罪を構築した「ブルーズ」に較べ、「バイス」はまだ当時そこまで売れていたわけではないにしろ、ドン・ジョンソンという知名度のある俳優を起用、ゲスト俳優にも知られている名前が多かった。


とはいえ、「バイス」が「ブルーズ」に較べて嘘っぽいかというと、そんなことはない。確かに「バイス」は「ブルーズ」に較べて派手でアクションも多かったかもしれないが、その中身は、当時TVではほとんどタブー視されたレイプやインセスト、ドラッグやチャイルド・ポルノといった、かなり際どい犯罪を扱っていた。そういう内容を、太陽がきらめく明るいマイアミの陽光の下で展開させることが番組のポイントだったのであり、つまり、やろうとしたことは西海岸的フィルム・ノワールの世界に近い。


実際、かなり主演のジョンソンと相方のフィリップ・マイケル・トーマスの見かけや掛け合いの印象が強いために、コメディ的雰囲気を持っていたりする「バイス」であるが、今見直すと、かなりダークな印象が番組を支配していることに気づく。NBCは今回の新作公開に併せ、番組の84年放送のパイロットを再放送していたのでついでに見てみたのだが、番組のそもそもの発端は、ニューヨークでマイケル・トーマスの兄が殺され、その敵討ちのためにマイアミに来てジョンソンの知己を得るという話で、ニューヨークの夜のシーンから始まる番組の印象は、一般のファンが「バイス」について持っていた印象とはかなり異なるに違いない。私も、えっ、「バイス」って、こんなにダークな番組だったっけ? と思ってしまった。要するにこういう導入部があるからこそ、その後の太陽が燦々と輝くマイアミとの格差が際立つわけだ。


そういう「バイス」をマン自身が、今度はコリン・ファレルとジェイミー・フォックスを起用して、映画としてさらにヴァージョン・アップして製作する。やはりこれは気になるだろう。因みにうちの女房はオリジナルの「バイス」を見たことなど一度もなかったのだが、私がNBCで放送していた「バイス」のパイロット・エピソードを見ている時に、たまたまドン・ジョンソンが映ったTV画面を見て、コリン・ファレルがやっているのはこの人の役でしょう、と、一発で当てた。本当にジョンソンが画面に出た瞬間に言い当てたところを見ると、顔はまるで違っても、あの安っぽいやさぐれ具合が二人にかなり共通してるということだろう。よくわかるな、私なら最初から知らなかったらまったく気づかないと思ったのだが、こういう点に関する女性の嗅覚というのはバカにならない。


さて、その今回の「バイス」、ジョンソンが演じていたソニーをコリン・ファレルが、マイケル・トーマスが演じていたタブスをジェイミー・フォックスが演じている。ファレルに絡むドラッグ・ディーリング組織の女性幹部に扮するのがコン・リーだ。さらにフォックスの恋人のトゥルーディにナオミ・ハリス、ドラッグ壊滅チームの一員のジーナに扮するエリザベス・ロドリゲス等、実は今回の「バイス」では、かなり印象に残るのは女性の方が多い。


実際の話、今回話を展開させている要となっているのは、ファレルでもフォックスでもなく、リー演じるイザベラである。イザベラはドラッグ組織の首領ジートウ (ジャスティン・セロー) の片腕兼情婦なのだが、ファレル演じるソニーと恋に落ちる。囮捜査で組織に侵入しているソニーとイザベラの間で恋が成就するはずもなく、いつかはソニーの素性に気づいて破綻するしかない。そういう運命にイザベラがどこで気づいてどう行動するかの方が、ソニーたちが果たしてドラッグ組織を壊滅できるかどうかというメイン・プロットの方より訴求力が強い。そういう風に描かれているからというよりも、リーがそういう女を抜群にうまく演じているからだ。とにかく昔から薄倖の女性を演じさせると様になるが、ここでは完全に主演の二人を食っている。惜しむらくはちょっとO脚のリーは、表情は抜群に魅せるが、膝丈のスーツでの立ち姿が今ひとつ決まらない。彼女がチャン・ツィイーにどうしても及ばない点がロング・ショットなんだよなあ。


それにしても、ソニーとイザベラが恋愛関係になるまでの時間を節約してすぐ本題に入らないといけないため、ソニーはイザベラを一目見た瞬間からアタックを開始するのだが、しかし、いくらなんでも本当に囮捜査に従事している連中が彼のように下半身がだらしがなかったら、刑事機構はとっくに崩壊しているぞと思ってしまう。とはいえ苦笑しながらもそういう展開を受け入れてしまうのは、演じているのがファレルだからに違いない。他の役者がこういうことをやっていたら総すかんをくらいそうだが、ファレルだと、あいつだから仕方ないかと思ってしまう。どんな作品に出ていても女たらしじゃなかったためしがない。人徳と言ってしまってもいいのかどうか。


一方でフォックスはほとんど活躍する機会は与えられておらず、彼よりもそのガール・フレンドのトゥルーディに扮するナオミ・ハリスの方が印象的な役を与えられている。ハリスは黒人女優ではあるが英国出身で、初めて「28日後」で彼女を見た時は、同じ黒人女優でもヨーロッパ育ちだとアメリカの黒人女優とは違うなという印象を受けたものだが、やはりそう思った作り手は多かったと見えて、最近、彼女の姿をよく見かける。今年だけでも「トリストラム・シャンディ」「パイレーツ・オブ・カリビアン: デッドマンズ・チェスト」に続き、これが3作目だ。特に「デッドマンズ・チェスト」では主演の誰よりも、彼女が演じた魔法使いのばばあの方が印象に残った。


また、アクション・シーンでも、人質救出作戦における誰にとっても最も印象に残るシーンの一つを、そこで陣頭に立つフォックスでもその他の男性メンバーでもなく、狙撃銃を抱えるエリザベス・ロドリゲスが担っている。いや、格好いいです。考えるとリーはエイジアン、英国系黒人のハリス、スパニッシュ系のロドリゲスと、アメリカ生まれの白人は一人もいないわけだが、実は男優の方だってファレルはアイリッシュだし、フォックスはもちろんアメリカ人だが白人ではない。悪役を演じているのもほとんどアメリカ人ではなく、マイアミを舞台にしていながら、いかにもアメリカ的な白人俳優は綺麗に排除されている。果たして意図的なものだったりするか。


むろんファレルやフォックスのために最後のクライマックスで銃撃戦も用意されてはいる。こういう、敵味方入り乱れての銃撃戦、アクションになると、この世でマンよりうまく演出する人間はいない。こないだうちの近くのクリニックで定期健診を受けた時、待合室に置いてあったタイムをぱらぱらとめくっていたら、映画評論家のリチャード・シスケルがちょうど「バイス」を評していて、そこでマン作品におけるガン・アクションは、スクリーン上の地理をないがしろにしないところに特色があるというようなことを言っていた。要するに登場人物がこういう行動をとってどこそこに向かって銃を向けるというアクションにロジカルな意味づけがされているから、そこにアクションのためのアクションではない、リアリスティックな重みがあるということだろう。


「ヒート」でのあの銀行銃撃の乱射戦でもそういうロジックが生きていたとしたら、これはちょっともうほとんど正気の沙汰とも思えないのだが、しかし、確かにマンのアクションが他の演出家と一線を画しているのは、その辺にも理由があるかもしれない。マン作品では登場人物が前方の人間と銃撃戦を展開している場合、発砲する音は前方からしか聞こえなかったりする。ちょっと離れるとすぐ遠方からパンパン、とかタンタン、とか、むしろあっけないくらいのさりげない発砲音が聞こえるだけだったりするのだが、それが逆に本当に戦場で銃を撃っているような現実味がある。発砲音が左後方から聞こえてきたら、左後方から射撃されているのだ。この差は、前だろうが後ろだろうが、アクションになるととにかくステレオ・サラウンドで大音量で脅かせばいいと考えているディズニー系の映画と比較すると一目瞭然である。どちらがよりエキサイティングであるかは言うまでもない。






< previous                                      HOME

 
inserted by FC2 system