Idlewild アイドルワイルド (2006年8月)
Idlewild アイドルワイルド (2006年8月)
禁酒法時代南部。ルースター (ビッグ・ボーイ) とパーシヴァル (アンドレ・ベンジャミン) は幼馴染みで、幼い頃からずっと一緒に音楽に親しんできた。成人してもルースターの親類が経営するスピークイージーで歌ったりピアノを弾いたりしている二人だったが、ある日、トランピー (テレンス・ハワード) の裏切りによって叔父たちは殺され、スピークイージーはルースターのものになる。一方、新しくやってきたシンガー、エンジェル (ポーラ・パットン) は、パーシヴァルの伴奏と共に、瞬く間にスター街道を駆け上っていく‥‥
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9/11がやってくるよりもいささか早く、毎年8月末はMTVのヴィデオ・ミュージック・アウォーズ (VMA) の季節である。今年のVMAはニューヨークのレイディオ・シティ・ミュージック・ホール (RCMH) という地元開催ということもあり、宣伝にも力が入っており、なんとなくこちらまで浮き足立ってしまう。
私はほとんどセレブリティとかに興味はないし、もうそういうのにきゃーきゃー言う歳でもないのだが、今年のMTVはレッド・カーペット・セレモニーを思い切り長くして、アーティストがリムジンから降り立つのが49丁目のロックフェラー・センターで、つまり、ということは紀伊国屋の真ん前で、そこでウォークさせたり簡単に歌ったりしてファン・サーヴィスしてからRCMHまで歩かせるらしい。そういう風に本当に馴染み深い場所がTV画面に映ると、やはりなんとなくうきうきしてしまうのだ。
とまあ、私はだいたいいつもこの時期になると、深夜、映画よりMTVやVH1でミュージック・ヴィデオを見る頻度が高くなる。そして私が今、最もはまっているヴィデオが、アウトキャストの「Idlewild Blue (Don'tchu Worry Bout Me)」だ。最初見た瞬間からはまった。私のテイスト直球ど真ん中である。そしたらそのアウトキャストの二人、アンドレ3000とビッグ・ボーイが主演を務める映画、「アイドルワイルド」が公開された。
実はこの映画、それまでまったく聞いたこともなかったのだが、新曲と同じタイトルを持ち、しかも禁酒法時代の南部を舞台としたミュージカルと聞いて、とにかく今週はこれにする。しかし本当に、これまで劇場の予告編でも一度も目にしたことがなく、普通にネットワークTVを見ている分にはCMも見たことがなかったのに、最近MTVとかにチャンネルを合わすことが多くなった途端、やたらと目につくようになった。若い層だけに的を絞ってマーケティングしてんだな。
「アイドルワイルド」はアンドレ3000とビッグ・ボーイが本当に主演を務めている。最近のアーティストはだいたいミュージック・ヴィデオを撮り慣れているので誰でも多少の演技まがいのことはできたりするし、ミュージカルという題材ならお手の物だろう。実際、監督のブライアン・バーバーはミュージック・ヴィデオ出身だ。今流行っているクリスティーナ・アギレラのスピークイージー風 (ハリウッド風?) の「Ain't No Other Man」の演出もバーバーであり、両者の印象はかなり似ている。最近のミュージック・ヴィデオはしっかりとストーリーをつけるものも多いし、要するに「アイドルワイルド」も2時間のミュージック・ヴィデオと思っていれば間違いないだろう。
実際、作品を見終わってからの印象は、かなり入り組んだストーリー・ラインを持った長いミュージック・ヴィデオだったな、というのが第一である。最も予想外だったのが、「アイドルワイルド・ブルー」が、「アイドルワイルド」にはまったく使用されていないことだ。「アイドルワイルド」でルースターの経営するスピークイージーが出てきた瞬間から、あれ、こいつはミュージック・ヴィデオに出てきた小屋とはかなり違うなとは思ったのだが、結局ルースターやパーシヴァルは、まったくヴィデオにおけるアウトキャストとは異なる別キャラクターだった。ま、考えたらそれも当然なのだろうが、しかし、ヴィデオ見て映画見にきているわけだから、どっかで「アイドルワイルド・ブルー」やってくれないかなと思っていたのだが、結局最後までそれはなかった。なんか、お目当てのアーティストのコンサートに行って、その時の流行りの歌を歌ってくれずにコンサートが終わってしまったような気分になってしまった。ちょっと騙されたような気もしないでもない。
ま、しかし、作品内の音楽の部分がそれなりに楽しめることは事実で、一方、そのことがよくできたミュージック・ヴィデオを見ている気分にさせることも、また事実だ。要するに近年、ミュージカル映画が廃れた大部分の理由は、ミュージック・ヴィデオがその部分を代替わりしているからなんだろうなと思わせる。まだ「レイ」や「ウォーク・ザ・ライン」の場合だと、ストーリーが作品をドライヴする印象があり、そのため音楽はストーリーに従属して盛り上げるという感触があるのだが、「アイドルワイルド」では、エンジェルの最初の歌の部分を除き、ほとんどのナンバーはそこだけで独立してミュージック・ヴィデオとしても通用する。
しかしこれまたよく考えたら、元々ミュージカルというものは、そこだけがストーリーから独立したミュージカル部分を構成していた。初期のバズビー・バークリー辺りのミュージカルに、まさかストーリーを求める観客はいまい。むしろ2時間のよくできた飽きさせないミュージック・ヴィデオが見れるなら、それで当初の製作目的は達成されたと言っていいのかもしれない。問題は先祖返りを起こしたように見える「アイドルワイルド」がこれからのミュージカル映画を予見しているかどうかだが、その可能性は小さくないと思う。たぶんに才能あるアーティストが、こういう長尺のミュージック・ヴィデオというジャンルに興味を示さないわけはないと思うからだ。
ルースターを演じるビッグ・ボーイとパーシヴァルを演じるアンドレ3000 (またはアンドレ・ベンジャミン) では、明らかに役としての重みはアンドレ3000の方にあり、主人公はルースターではなくパーシヴァルと言ってしまって差し支えない。最も印象に残ったのは、アンドレ3000の、特に横顔がジャズ・ピアニストのセロニアス・モンクそっくりなことで、共に時代に迎合せず我が道を行くという印象までそっくりだ。アンドレもピアノ弾くしね。それと、最近、この手の黒人音楽が絡む作品のほとんどに出演していると言っても過言ではないテレンス・ハワードが、またここにもいる。実は、彼が出ていることが「アイドルワイルド」を見に行くことに決めた要因の一つでもある。この人が出ているかどうかが質の一応の目安となることにいつの間にかなっている。今、間違いなく最も旬の役者の一人だろう。