G.I. Joe: The Rise of Cobra


G.I. ジョー  (2009年8月)

近未来、軍事兵器開発企業MARSはありとあらゆるものを粉々にしてしまう兵器を開発、マッカレン (クリストファー・エックルストン) その弾頭をNATOに売る。デューク (チャニング・テイタム) とリップコード (マーロン・ウェイアンス) はその輸送の任に当たるが、待ち伏せていたバロネス (シエナ・ミラー) たちにまんまと弾頭を盗まれてしまう。実はバロネスはかつてデュークの婚約者だったが、デュークはミッション中にバロネスの科学者の弟レックス (ジョセフ・ゴードン-レヴィット) を守りきれずれに死なせてしまったため、以来二人は離ればなれになっていたという過去があった‥‥


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最近、この手の映画でテロや災害で被害を受ける場所はアメリカ、端的にニューヨークやDCではなく、パリが選ばれることが多くなってきた。自由の女神ばかりが津波や竜巻やエイリアンの来週の標的になることに人々が飽きてきたということが一つ、9/11以降、それがシャレにならなくなったということがもう一つの理由として挙げられると思う。


一方でパリにはエッフェル塔、ルーヴルという見紛いようのない歴史的建造物がある。むろんピラミッドやスフィンクスを破壊しても構わないし、実際「トランスフォーマー/リベンジ (Transformers: Revenge of the Fallen)」ではピラミッド上で格闘していたりもするが、都心部から離れているピラミッドの場合、なんにせよ避難する人が少ないから緊張感、切迫感に欠ける。その場でパニックに陥って騒ぎ立てる観客が必要なのだ。その点エッフェル塔は舞台立てとして申し分ない。この際、なんでアメリカ軍部がフランスの軍部に先んじてパリで活動しているかは気にしまい。きっとNATO条約かなんかでパリにおける非常事態での活動を認められているんだろう。


「G.I. ジョー」でスーパーヒーローとして活躍するデュークらは、特殊スーツを着て身体能力を何倍にも高め、尋常の人間では不可能な行為を可能にする。要するに「アイアンマン (Iron Man)」だ。「アイアンマン」にせよ今回にせよ、特に変身変態してスーパーヒーロー化することなく、生身の身体を持つ主人公でありながら、かつスーパーヒーローでもある。考えたら「バットマン (Batman)」もそうだ。しかしバットマンは自分の存在意義について悩んだりしているが、独善主義のアイアンマンにそういうことはない。G.I. ジョーの面々にもそういう内省的な面がないのは、世界平和のために戦っているという確信があるからだろう。


さらに一人ではなく仲間がいること、自分の行動に指令を与え、責任をとる上層部がいることで彼らはエッフェル塔を守るためには他のビルを壊すことは構わないという大義名分を得、思う存分活躍する。というかパリを混乱に陥れる。実際問題として結局エッフェル塔は崩れ落ちてしまうわけだし、G.I. ジョーの面々がしていることは、結果としてどちらかというと事態を紛糾させただけだ。これだけ問題が大きくなると、上層部は首のすげ替えくらいでは済まず、下手すると大統領の信任問題くらいには発展しかねないのだが、それでも司令官のホウク将軍 (デニス・クエイド) が最終的に今の地位に留まっているのは、単にアメリカとフランスの力関係だけに帰するわけにも行かないような気もする。


最近では大規模災害があると真っ先に破壊されるのが当たり前のようになってしまったエッフェル塔、確か「ノウイング (Knowing)」のクライマックスでも倒されたような気がするし「天使と悪魔 (Angels and Demons)」でも「トランスフォーマー/リベンジ」でも映るか言及されるかテロの標的になったような記憶があるが、最近あまりにもエッフェル塔をスクリーンで見る機会が多いので、こんぐらがってどれがどれだったやら既に記憶が曖昧だ。本編上映前の予告編でやっていた「2012」にもあった。


しかしその嚆矢がどれだったかというと、それは断言できる。「サウス・パーク」のトレイ・パーカーとマット・ストーンがパペット活劇で活写した、「チーム・アメリカ・ワールド・ポリス (Team America World Police)」だ。この映画で無能なアメリカのヒーロー・チームが、世界遺産を壊してしまってもなんとでも言い訳が立つと証明してしまったために、その後世界を股にかけるアメリカのヒーローたちはここを先途とばかりに世界中の名所旧跡を破壊することになった。


むしろそれらのパニック・ムーヴィで、東京タワーが対象にならないことを残念に思ったりもする。金閣寺とか大仏とかは、ローカルで知られているほど世界に知られているわけではなく、シンジュクやシブヤは誰でも知っているが、これという軸となる建物や名所がないのが痛い。たぶんもうしばらくしたら何かのパニック・ムーヴィが富士山を噴火させるのは確実だと思うが、それまでは東京は今一つそれらの作品の主要ポイントからははずれ続けるのだろう。


そして「G.I. ジョー」は、今度は「サウス・パーク」でパペットたちがやりまくったこと、「天使と悪魔」で実写でやりたくてもできなかったことをついに実現する作品となっている。エッフェル塔を倒すだけでもかなりのものなのに、そこにわざわざTGVを走らせてそれまで破壊しないと気が済まない。ルーヴルと凱旋門が破壊されなかったのは、パリっ子に対する気兼ねというよりも、エッフェル塔を倒したから後はいつでもできるという余裕のような気がする。


G.I. ジョーの面々がパリを走り回っている予告編を見た時は、またアメリカ人がパリで好き放題しているな、しかもやたらとCG使いまくりで、面白そうだとは特に思っていなかったのだが、一本の作品として見るとこれが実は結構行ける。スピード感では「トランスフォーマー」の方が上回っていると思うが、「G.I. ジョー」の方が面白い、手に汗握ると感じるのは、当然そこにロボットだけではなく、たとえ強化スーツを着ていようとも生身の人間がいるからだろう。


「トランスフォーマー」は生身の人間を戦わす代わりに (もちろんロボッド同士の戦いではない部分では軍人や主人公が活躍するが) ロボットに人間的なキャラクターを施すことで観客をよいロボットに感情移入させようとしていた。一方それとは逆にスピード感を増したことで、ロボット同士の戦いになるとどっちがどっちか目が追いつかなくなって、結局それを不可能にしていた。「トランスフォーマー」が失敗した理由はそこにあるのだが、その点「G.I. ジョー」は少なくともキャラクターがわかりやすい。


ストーム・シャドウやスネイク・アイズなんて子供時代から描き込まれている。東京 (のようなもの) がいきなりどう見ても中国というかアメリカ人の目から見たアジアのごった煮になっていたのは失笑を禁じ得ないが、畢竟映画の中に描かれているパリですらそういう積極的な誤解から逃げられない。ここはそれもひっくるめて楽しむのが観客の正しい姿勢というものだろう。


主人公デュークに扮するのはチャニング・テイタムで、こないだ「パブリック・エネミーズ (Public Enemies)」に出ていた。スカーレットに扮するレイチェル・ニコルズは「スター・トレック (Star Trek)」に出ていたし、ヘヴィデューティのアドウェール・アキノエ=アグバエは昨シーズンまでABCの「ロスト (Lost)」に出ていたな、ブレイカー役のサイード・タグマウイは今シーズンの「ロスト」に出ているし、そのタグマウイとデニス・クエイドは昨年「バンテージ・ポイント (Vantage Point)」で共演していた等々、連想が広がる。


しかし最もあっと思ったのは、先週「(500) 日のサマー ((500) Days of Summer)」でしがない青年として主演を務めていた ジョセフ・ゴードン-レヴィットがここでは天才科学者/マッド・サイエンティストとして登場していたことで、メイクのせいもあるが最初は全然わからなかった。女の子に振られて落ち込んでいるばかりではなかったんだな。演出はスティーヴン・ソマーズで、「ハムナプトラ (The Mummy)」を凌ぐ新シリーズを果たして手にしたと言えるか。








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