大手銀行のセキュリティ担当として働いているジャック (ハリソン・フォード) の家に何者かが侵入し、妻のベス (ヴァージニア・マドセン) と娘と息子を人質にとる。一味の首領ビル (ボール・ベタニー) はジャックを思い通りに動かすことで、銀行から巨額を強奪することを企んでいた‥‥


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実はこの時期にハリソン・フォードの新作が公開されるなんてのは、意外以外の何ものでもない。ハリウッド最大のアクション・スターであるはずのフォードの新作の公開は、毎年、その種の作品が大挙して公開されるメモリアル・デイからレイバー・デイまでの夏場か、さもなければ感謝祭からクリスマスまでのホリデイ・シーズンと相場が決まっていた。年間で最も客足の落ちるこの時期にフォードの新作が公開される事態というのは、これまでになかったのだ。


それなのに「ファイヤーウォール」は2月公開、しかもニューヨークを含むアメリカ北東部一帯は公開初日、観測史上最大の大雪に見舞われた。元々こういう不測の事態が起こりやすいからこそこの時期は大作がかからないわけなのだが、本当にもろにそういう事態が起こってしまった。朝起きてみると一面銀世界で、おお降ってる降ってるとは思っていたが、それでも、はっきり言って高をくくっていた。最初私は、昨年の「オペラ座の怪人」を思い出すな、なかなか雰囲気あるじゃないかというくらいにしか思っていたのだが、しかし、ちょっと外に出てみると、本当に、こんなに積もっているとは思わなかった。


ニューヨークという都会で50cmも雪に積もられると、歩きにくいなんてもんじゃない。中途半端に除雪されているので、歩ける道幅は人一人分がやっとで、向こうからも人が来るとすれ違うのもやっとだし、前をジジババが歩いていても追い抜かせない。かといって道を横切って向こう側に行くにも、積み上げられた雪の山を乗り越えていかなければならず、難儀だ。どこまでが歩道でどこからが車道かも判然としない。ま、こういう事態だからほとんど車は走っていないので、その点では安全とも言える。


最初、私は、実は「ファイヤーウォール」を見るかどうか迷っていた。だって、予告編、特に面白そうには見えなかったし。しかしこの雪では車を出すなんてもってのほかだ。これでは4WDだからどうなんていう問題じゃない。試しに路上駐車をしている愛車のスバルのステーション・ワゴンのチェックに行ってみたら、完全に樹氷ならぬ車氷と化しており、ちょっと車の上の雪くらいはたき落としておこうと思っていた気持ちがまったく萎える。これじゃ雪をどかしてドアを開けるのさえ一仕事だ。というわけで、手つかずでほっておくことにする。運がよければ来週少し気温が上がれば、週末までにある程度は融けてくれるだろう。こういう非常事態になると、ずっと路上駐車していても反則切符は切られない。


いずれにしても、というわけで急遽、家の近場で見れる作品を慌てて探し、うーん、やっぱこれしかないかと「ファイヤーウォール」に決めたのだった。それに、やはりこれまでハリウッドを牽引してきたフォードがまたアクション作品に出る以上、それなりの敬意は払わなければなるまい。とはいえ、本当に時間通りに始まるのだろうか。どう見ても交通機関は麻痺しているんだが、従業員は遅刻せずに劇場に来ているんだろうか。と思いながら定刻に劇場に徒歩で足を運んでみると、チケット売り場で右往左往しているカップルがいる。やはり従業員はまだ来ていなかったか。


と思っていたところへ従業員が駆け込んでくる。どうやら表で雪かきをしていたらしい。ちょっと不安になって、ちゃんと時間通りに始まんの? と訊くと、胸を張ってオブ・コース、と答える。ニューヨーカーのオブ・コースだからな、まったく当てにはなんないなと思いながらもチケットを買って中に入る。映画が始まったのは当然のことながら15分遅れだった。客の入りは3割程度というところだったが、この条件下でこれは、いったい上出来と見ればいいのかどうだか。


さて、「ファイヤーウォール」はそのセールス・ポイントもマイナス・ポイントも、フォードがいまだにこの種のアクション作品に出ているという、その点に尽きる。さすがにフォード自身もこのあたりの難しさはわかっているので、最近は「ホワット・ライズ・ビニース」みたいなホラーで悪役を演じたり、「ハリウッド的殺人事件」でコメディに挑戦したりしているわけだが、それまでの正義の味方的な印象が完全に定着してしまっているフォードの場合、確かに意外性はあったが、ではそれが成功したかというと、どうも心もとないというのが正直なところだった。アクション・スターとしてのフォードはまだ見ていたいのだが、しかしフォードは歳とって、アクションがやりづらくなっていくアクション・スターという微妙な位置にいる。


その点、一方でフォードと並ぶアクション・スターと言っても間違いではないクリント・イーストウッドが、元々アクションで売っていたわけではないアクション・スターだったために、歳をとってもアクションをしないアクション・スターという位置にいつの間にかうまく落ち着いてしまっていた。しかし、実際に自分もアクションをするところにポイントがあったフォードの場合、そういったイーストウッド的座標移行の轍を踏めるとは到底思えない。


それで今回はまたフォードは、自分自身アクションも演じる従来的なアクション作品に帰ってきた。かつて米大統領も演じたことのあるフォードにしては、たとえ企業の重役とはいえ一般的な家庭の長という、どちらかというと小粒な役柄なのだが、彼が人質にとられた家族のために奔走すればするほど、でも、プライヴェイトではフォードは妻と子を捨ててカリスタ・フロックハートの元に走ってんだよなというよけいなことが頭をよぎる。これもそれもやはり、これまでフォード自身が培ってきた彼の正義漢的イメージがこういう記憶や連想を惹起させるからだが、いずれにしてもいったん固まってしまったイメージというものからは逃れにくい。


で、なんやかやでフォードは今回、クライマックスのアクション・シーンもほとんど自身で演じている。正直言うと、思ったよりやれている。それはそれで安心するが、とはいえ昔のように切れがあるかというと、いくら編集やスタントでごまかそうとも、いくらなんでもそこまでは無理だ。おかげで上映中、自分の身体にむち打ってアクションに頑張るフォードに対し、頑張れフォード、うーん、もうちょっと、お、今のはなかなか、うーむ惜しい、なんて、勝手に盛り上がったり緊張したりしながら見ていて、結構疲れた。この作品が2時間を超える作品でなくてよかったというのが正直なところだ。


一方、フォードだけに焦点を当てずに作品の細部に目を配ると、かなり難しいなと思える部分もある。今回フォードの妻ベスにヴァージニア・マドセンが扮しているのだが、彼らの歳の差は20歳以上離れている。むろんあり得ない話ではないし、現実に60も歳が離れている金持ちのじいさんの遺産目当てに結婚したアナ・ニコールという例もあるが、マドセンが実年齢よりも若く見えるため、このペアも一見すると30くらい歳の差があるようにも見える。そのため、私の目から見ると、どっちかっつうと夫婦というよりもシングル・マザーとそれをヘルプする親戚のおじさんという印象の方が濃厚だ。もちろん、たぶん最初からそういう風に見えることをわかっていて作っているから、末の息子はフォードのことを「パパ」じゃなくて「ジャック」と呼び捨てにしたりしているのだが、そういう小技を利かすより、単純に最初から夫婦らしく見えるキャスティングじゃダメだったのか。でも、そういう夫婦というものを創造したかったのかもしれないなあ。


ベタニーはわりといい役者だと思っているのだが、今回はもうちょっと切れた不気味な部分が欲しかった。一見優男、実は冷酷な犯罪者という役どころだけになおさらだ。会社でフォードと対立する同僚に扮するロバート・パトリックは、もっと使い勝手がありそうだったんだが、途中でいきなり見えなくなった。彼がもっとフォードと対立すればさらに面白くなったのに。フォードの部下として働くメアリ・リン・ライスカブは「24」の第2だか第3シーズンに出てきて、いつも怒っているような演技で強い印象を残した。ここでもやっぱりいつもなにやら不機嫌そうな顔で、彼女を本気で怒らせたらとても怖そうだと思ってしまう。演出のリチャード・ロンクレインは近年、「バンド・オブ・ブラザース」、「ギャザリング・ストーム」、「マイ・ハウス・イン・ウンブリア (My House in Umbria)」等のHBOのTV映画を連続して撮って、それらがエミー賞に輝くなどして注目された。「ウィンブルドン」でベタニーと一緒に仕事したばかりだ。


というわけで、実は既に私の興味の焦点は、来年公開予定のフォードとスティーヴン・スピルバーがまたタッグを組む「インディアナ・ジョーンズ」の新作に向かっているのであった。シルヴェスタ・スタローンが「ロッキー6」や「ランボー4」を撮るという話を聞くと、単純に怖気が走り、たぶん公開したら見に行くだろうとは思うのだが、それは怖いもの見たさにお化け屋敷に行く以上のものではないのだが、スピルバーグが今のフォードを使ってどういうインディアナ・ジョーンズを造形するのかは興味ある。実際の話、フォードは70歳になってもアクション・スターを名乗れる唯一無二の俳優だと思う。フォードにはやはり死ぬまでアクション・スターでいて欲しいと期待してしまうのであった。







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Firewall   ファイヤーウォール    (2006年2月)

 
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