District 9


第9地区  (ディストリクト・ナイン)  (2009年8月)

1980年代に突如として南アフリカ上空に現れた巨大宇宙空母は制御機構の不調により母星に帰れず、地球に留まった。エビを思わせる体躯の宇宙人は地上に降り立ち、そのまま何万もの宇宙人がスラム化して人類の地上の生活を脅かすようになった。南アフリカ政府は宇宙人をより郊外の施設に移動させることを決議し、ヴァン・デ・マーウィ (シャールト・コプリー) がその任に当たる。しかしヴァン・デ・マーウィは宇宙人が母星に帰るために秘密裏に製作していた特殊な液体を浴びてしまった結果、どんどん身体が変態して宇宙人のようになっていってしまう‥‥


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しかしこの発想はすごい。いつの間にやらエイリアンが地球上に降り立っており、秘密裏に活動をしていたという映画はこれまでにもあったし、単純にファースト・コンタクトを描いた映画も、宇宙人による地球侵略を描いた映画もそれこそ星の数ほどある。


しかし母星に帰れなくなった宇宙人が、地球に留まってスラム化してしまい、食料を探してゴミ溜めを漁るようになってしまい、人類への悪影響を怖れた政府によって強制退去させられて別の場所に移住を強要されるなんて姿を描いた作品はさすがにこれまでにはなかった。一見してエビを思わせる体躯をしているため、エビ野郎 (Prawn) なんて蔑称で呼ばれるエイリアンがゴミを漁り、人間から蔑みの目で見られているのだ。


貧困化した者どもが悪事に走るのはそれはもう当然の理屈で、一部のエイリアンは凶暴化して人間に悪さするようになる。さらにエイリアンの個体数が180万に膨れ上がって、収容施設がパンク寸前になってしまう。人類政府もこれまでは彼らを隔離するだけで遠巻きに見守っているだけだったが、エイリアンの存在が人間の生活を脅かすようになると黙って見ているわけにはいかない。エイリアンを監視する団体MNUの先導で、エイリアンを郊外の新施設に移動させることになる。


この任に当たるのが新しく役職に任命されたヴァン・デ・マーウィだったが、しかし実態は、彼の妻の父が政府要職にいることによるコネ人事で、人は悪くないが、彼にリーダーシップがとれるとは誰も思っていなかった。実際、押しも強くなく、半分エイリアンのご機嫌を窺いながら退去を推進するデ・マーウィの能率はよくなく、しかもとあるほとんど廃屋の内部検査をしていたデ・マーウィは、あるカプセル状のものを調べていて、中に入っていた液体を浴びてしまう。


それは母星に帰ろうとしていたエイリアンが秘密裏に長い時間をかけて溜めていた特殊な液体で、それがないとエイリアンは星に帰れないのだった。しかもその液体を浴びた副作用として、デ・マーウィ自身の身体がエイリアン化し始める。科学者たちはむしろ喜んでデ・マーウィを研究材料として人体実験に使いたがるが、しかしデ・マーウィは隙を見て逃げ出す。今となっては頼れるものは、デ・マーウィの身体をそんな風にしたエイリアンしかいなかった‥‥


こう簡単にあらすじを書いただけでも、奇想天外さは充分伝わると思う。本当に、もう、正直言ってこの話のどこにリアリティがあるかというとそれは頭をひねらざるを得ないが、では面白いか面白くないかという話になると、べらぼうに面白い。こんな話、今まで見たことも聞いたこともなかったからだ。ファンタジーを超えて奇抜で、こちらの想像力の限界を超えているので、登場人物に魔法なんか使われるよりよほどリアリティがあるとすら言える。


だいたい、そもそもの発端である、エイリアンが降り立った場所がなぜ南アフリカのヨハネスブルグなんだ。あんな巨大な宇宙船を開発できるような文明を持っている彼らが、なぜ地球でスラム化しないといけないんだ。もちろんなんらかの理由で宇宙船が故障してしまったため、母星に帰ることがかなわなくなったという説明はされる。しかし彼らは当然持っている武器も使えなくなってしまう。


それで地上に降りてくるが、なぜだか彼らの好物はキャット・フードで、それが闇で取り引きされる。人類より何百倍も高度な文明を持っているエイリアンが、キャット・フードで懐柔されてしまう。しかしエビがキャット・フードが好物というのは共食いに近くないか。それともキャット・フードには甲殻類は使われていないんだっけ。ということはエビがキャット・フードが好きでも何の不都合もないのか。よくわからない。


それ以外にも理屈の上では納得できないというかよくわからないことだらけで、だいたいなんでデ・マーウィは液体を浴びただけでエイリアン化してしまうんだ。その液体の仕組み、原理はどうなっているんだ。それが充分量あれば、彼らはまた宇宙船を動かして母星に帰ることができるという。是非その化学式を知りたいもんだ。


人類はエイリアンが所有する武器を使うことができない。まったく違う原理で機能するからだ。それがデ・マーウィがエイリアン化した途端、彼がその武器を手にとると、その武器を利用できてしまう。なぜだかよくわからないが納得させられてしまう。だって彼は今ではエイリアンなんだから。


エイリアンと人類の意思の疎通も、なんとなく納得してしまう。最初、エイリアンの発語の時に字幕が出てきた時は思わず失笑してしまったが、でも、考えたらちゃんとした原理やシステムにのっとってでき上がったコミュニケーション手法なら、時間さえかければいつかは言語は解読されるはずで、そのエイリアンに対応することが仕事の者ならば、エイリアンと話せてもなんの不思議もない。


これまでは高度な文明を持っているエイリアンがいつの間にか地球の言語 (当然ほとんどの場合は英語だ) を話せるようになっているという展開が多かったが、ここでは人間とエイリアンが共に母国語を話し、それで意思の疎通ができているというのがなんともおかしい。エイリアンがしゃべると字幕が出るのだ。ジョディ・フォスターの「ネル (Nell)」を思い出した。


これら以外にもなぜ、なんで、という点はあり過ぎて思い出せないくらいなのだが、そういう話が機能して面白いのは、根本的な部分で想像力を刺激するからだろう。中途半端に子供向けのファンタジーやSFは、結局大勢は体裁を変えた教訓話に過ぎなかったりしてだいたい最終的にがっかりするのがオチだったりするが、そういうことを考えずにただ単純に想像を膨らませるだけ膨らませてみましたという「ディストリクト9」は、まったく予想外の展開でこちらを楽しませてくれる。


デ・マーウィを演じるシャールト・コプリーは事実上素人だそうで、これが主演第一作になる。一見して連想するのはデイヴィッド・シューリスの頼りなさそうな面構えで、そういった印象をよく生かしている。


だいたいこういう事件が起きる場所がヨハネスブルグというのは、この手の作品としては最も意外と言える。この種の作品では、災害に見舞われたりエイリアンが襲来したりする場所は、ニューヨークやLA、ヨーロッパの主要都市 (現在ならパリだ) でなければ、今度は逆にシベリアや北極南極、アメリカ内奥部あたりと相場が決まっている。


作り手もそれを意識しており、作品の冒頭でもなぜ彼らが姿を見せるのがニューヨークでもDCでもなくヨハネスブルグなのかと自分たちでも言っている。その本当の理由は、単に演出のニール・ブロムカンプがヨハネスブルグ出身だからだろうが、それでも世界地図で見ると、ニューヨークやDCは、特にわかりやすい場所ではない。むろんそれでもエイリアンがだいたいいつも過たず大都市に降りてくるのは、地球が夜の時に観察していれば、最も明るい場所が人が集まっている場所ということがわかるからだろう。


しかし、それでもやはり南アフリカや南米の最南端は、非常にそそられるものがあると思う。それらは大陸の突端部であり、目に入りやすい。何も知らないエイリアンが宇宙から地球を見て、ではここに着陸しようかと南アフリカを選ぶというのは非常にありそうなことのように思えるのだ。入り組んだ入江の奥にあるワシントンD.C.よりは、南アフリカの方が目に入りやすいのは確かと言えよう。


この作品、舞台が南アフリカとなったことで、期せずして、かどうか人種問題にも新しい問題を投げかけることにもなった。アパルトヘイトが終わったとはいえ、いまだに南アフリカの支配階級は白人だ。デ・マーウィも白人だしMNUも主要な地位にいる人間は全員白人だ。一方エイリアンのいるスラムでエイリアンを搾取するギャングは全員黒人だ。つまりエイリアンは差別されている黒人からさらに差別されている。しかし本当は彼らは人類より高い文明を持っているのだ。


エイリアンが反撃に出る時、近くにいる者、つまり黒人ギャングはエイリアンの持っていた武器により、しかもその時ほぼエイリアン化していた白人のデ・マーウィによって殲滅させられる。白人がこれまで黒人が搾取していたエイリアンに変身して、また黒人を徹底的にやっつけるのだ。


この構造を果たしてブロムカンプが意識してやっていたのか、それとも単にエンタテインメントとして気づいてはいたが無視したか。あるいはまったく考えていなかったか。まあ、確かに同じ作品をアメリカで作っても人種的には同じ構造になる可能性は高い。しかしそれを南アフリカで撮るのとはやはり意味が違うと言わざるを得ない。黒人はこの映画、貶められているような気にならないでいいか、あまりいい気分はしないだろうと思ってしまう。








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