Bug   バグ  (2007年6月)

オクラホマのモーテル。アグネス (アシュリー・ジャッド) は暴力を振るう夫 (ハリー・コニックJr. ) から逃れて一人でモーテル住まいをしていた。ある時R.C. (リン・コリンズ) が連れてきたピーター (マイケル・シャノン) になんとなく気を惹かれるものを感じたアグネスはそのままピーターと深い仲になり、一緒に住むようになる。しかしピーターは軍関係の医療施設から逃走中の身で、やがて彼の身体に異変が起き始める‥‥


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さてさてついに「パイレーツ・オブ・カリビアン: ワールド・エンド」が公開した。前回で懲りたので、今回はとにかくまず公開後に批評家評と周りの口コミを参考にした上で、2時間くらいに収められていたら見ることにしようと事前に女房と相談する。あの壮大な活劇シーンとSFXをスクリーンの上で見たいのは山々であるが、さりとて内容が伴わないCGシーンだけを見たいとも思わない。


案の定、評が出始めると、貶されている。やっぱり。ABC評価ではだいたいがCかD評価だし、★評価で最高は二つ星半、まあ、それくらいあれば充分だとも言えるが、一つ星評価も目につくとあれば、やはり面白くないんだろうなと思ってしまう。とにかく意味のない活劇シーンが多い、というのが最も目につく意見だが、実はそれこそが「パイレーツ」の売りだから、そこには目をつぶる。


しかし、上映時間が2時間40分というのは、見ようか見まいか迷っている我々の意欲をくじくのに充分だった。家族向け作品が2時間40分か。「スパイダーマン3」ですら2時間20分ではまとめていたというのに。いずれにしても2時間弱でまとめているのを願った我々の希望は無惨にも打ち砕かれ、同時に完全に見たいという気が失せた。一本一本を2時間でまとめるためにわざわざ3部作にしてるんじゃないのか。まあ、そのうちHBOかショウタイムかスターズで無料で見れる機会もあろう。


そこで気をとり直して、ウィリアム・フリードキン監督、アシュリー・ジャッド主演の「バグ」を見に行くことにする。実はこちらもほとんど誉められているわけではないのだが、それでも「パイレーツ」よりはましだし、一応フリードキンだし、なんといってもジャッドはファンだし、要するにこちらの方は評がよかろうが悪かろうが気にしない。またまたなにかに脅えてくれるに違いないジャッドが、今度はバグ (虫) に襲われてくれるのかという、それだけで私にとっては二重丸だ。


実はこの作品、事前に私が想像していたのは、ヒラリー・スワンク主演の「ザ・リーピング」だ。今年は虫の当たり年かと思っていた。そうしたら、映画が始まると、なにやら雲行きが違う。特撮駆使の虫対人間のパニック・ドラマとばかり思っていた「バグ」は、実はほとんど舞台がとあるモーテルの一室から動かない心理ドラマで、結構なんだ、これと唖然とさせる。まるで舞台劇でも見ているようだなと思っていたら、上映後のクレジットで舞台を映像化したものだと知って納得した。


冒頭、モーテルの一室で、たぶん夫からの無言電話に苛立つアグネス (ジャッド) が描かれるのだが、やけに話の展開がスロウで、それにメリハリを付けるためにか、ヘンにズームを多用する演出に、まず眉をひそめてしまう。なんでフリードキンともあろうものが、こんな流行りのカメラの使い方におもねるような演出をしてしまうのか。そのわりにはほとんど効果はないというのに。まあ実はフリードキンは、「エクソシスト」でも効果があったかどうかはともかく結構ズームを多用していたというのを、何年か前にディレクターズ・カット版が公開された時に見て気づいた。そして昔も今もそのズームに効果があるか疑問というのも変わらない。


その後もカメラはモーテルの一室からほとんど離れず、モーテル以外の場面が映るのはアグネスが働いているバーを映すシーンと、どこぞのコンヴィニの買い物をしているシーンくらいだ。さらに登場人物はアグネス、夫、バーの同僚のR.C.、アグネスといい仲になる住所不定のピーター、それにピーターを追っている謎の政府の男くらいで、基本的にセリフのある人物は以上の5人だけだ。ピザのデリヴァリの男なんてのもあるにはあるが、本当に声だけの出演だ。インディ映画としてならこういう設定もわからないではないが、しかしこれは名のある演出家と俳優を使ったハリウッド映画なんだろう?


政府のとある実験施設から脱走してきたピーターは、虫を体内に埋め込まれていた (と思い込んでる?) せいでどんどん恐怖心から言動が常軌を逸してくる。彼にだけは他の人間が気づかない小さな虫が見えるし、そのせいで夜も寝られない。思いあまったピーターは自分の体内で繁殖しているに違いない虫をアグネスに証明しようと、ペンチをつかむと自分で自分の歯を抜きにかかる。この種の痛さは近年はホラーの独壇場で、「ホステル」とか「ソウ」を見に行く観客心理は、こういう怖いもの=痛いもの見たさに違いないが、こういう、予想もしなかったところでこういうのをやられると、ぎょっとしてまともにスクリーンを見られない。思わずスクリーンから目をそらしてしまったのは、近年では「ドッグヴィル」で痛めつけられるニコール・キッドマンがあまりに正視に耐えられなくて目をそらした時以来だ。


作品の後半はこういう痛いピーターと、彼に振り回されるアグネスの、ほぼ二人だけの室内劇、しかもほとんど不条理劇に近い正当な理由づけの難しい展開となれば、これは確かに見る人を選ぶと思われる。実際、最近では珍しく、私が見ている時にこれはダメだと思ったのだろう、立ち上がって出て行った観客が二人ばかりいた。帰ってこなかったからトイレでもなく、これ以上は見てらんないと思ったに違いない。


しかし、私のように脅えるジャッドを期待して見に行った者には、ちゃんと褒美が用意されている。しかも意外にもこちらの方はほとんど期待していなかったベッド・シーン、ヌード・シーンまで用意されており、ほとんど儲けものとすら思ってしまった。普通、20代くらいで美貌とプロポーションで売った女優が30代もそれを維持するのは難しいものだが、一方で逆に色気が増すタイプの女優もいる。ジャッドがそうだし、昔はほとんど色気もないのに脱いでいたくせに、今の方が明らかに色っぽいティルダ・スウィントンとかもそうだ。しかもジャッドなんて、角度によってはまだ少年みたいなあどけない表情を垣間見せることもあり、単純にジャッドを見るための作品としては、実はかなり「バグ」は推せる。


ピーター役のマイケル・シャノンもかなり頑張っており、危なさと無垢さをうまい具合にプレンドしてなかなか。ハリー・コニックJr.は、なんで俳優としてとシンガーとしてでこんなにギャップがあるのかいまだに理解に苦しむが、たぶんが本人が演じる時は歌う時とは違う人間になりたいと思っているのではと想像する。フリードキン演出のホラーとして見ると、「バグ」と印象が似ているのは「エクソシスト」ではなく「ガーディアン」の方になろうかというのが、まだフリードキンが完全復活したとは言えないところだが、しかし私は結構満足した。今もってどういう話だったのかは実はよくわかってないが。   







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