ニューヨーク、高級住宅街のウエストチェスターのモールで宝石店強盗を企んだ男が覆面をして店に乗り込んでくるが、経営者の女性に撃たれて返り討ちに遇う。店の前で変装して実行犯の男を待っていたのは、実は誰あろうその女性ナネット (ローズマリー・ハリス) の次男ハンク (イーサン・ホウク) だった。なぜハンクは自分の母親の経営する宝石店を襲おうと考えたのか、時間は3日前に遡る‥‥


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実はこの作品、一度も予告編を見たことがなかった。だいたい私が見る映画を決める基準は、本当にごく一部のひいきの監督や俳優が出ている作品を除いて、予告編を見て面白そうと思ったもの、少なくともTVの宣伝くらいは見てから何を見るか決める。しかしこの作品、つい先週まではこういう作品が存在することすら知らなかった。本当にどこかで宣伝してたのか。


そしたら、先週辺りからいきなり、今度はあちらでもこちらでも今度のルメットは面白いぞと、至る所で話題になる。多くの媒体で「この20年間のルメットのベスト」だとか「『評決』以来の傑作」なんて話を聞くと、「評決」がそこまでよかったかとも思うが、しかし面白いは面白いようだ。雑誌をめくるとA評価か★★★★がほとんどで、うーむ、最近これだけ誉められていたのは「マイケル・クレイトン」くらいだぞ、しかも「クレイトン」にかなり印象が近いスリラーっぽい。その上、舞台はニューヨークで、作品の核となる強盗事件の起きるのはこちらはモールであるが、「クレイトン」でジョージ・クルーニーが車を爆破されたのと同様のウエストチェスターと、舞台はかなり似ている。


もちろん舞台立てが似ていることが作品を保証するものではまるでないが、しかし興味を惹くには充分なのであった。なんか、同じ金持ちの住む町でも、ロング・アイランドのどこかとかサウサンプトンとかではなく、期せずして同じ町だ。その上、両方ともそんなに面白くて誉められているなら、と見に行くことを決める。決めはしたが、結局、そういう予備知識は得られても、どういう巡り合わせかやはり本編を見るまで劇場でもTVでも一度も予告編を見ないという稀な経験をしたのが、この「ビフォア・ザ・デヴィル」なのであった。これでもし面白くなかったら怒るぜ。


そしてもちろん、映画を見てアパートに帰ってきた私は、巷の諸々の映画ファン同様、これが近年のルメットのベストという意見に諸手を上げて賛意を表するのに吝かではない。ルメットの全キャリアのベストと言うと大袈裟だろうし、実際の話「十二人の怒れる男」や「未知への飛行」どころか、やはり同様に記憶がおぼろげな「狼たちの午後」や「ネットワーク」と比較することすら困難だったりするが、それでも「ビフォア・ザ・デヴィル」は、それらの作品と較べると確かにどちらかといえば小粒だが、そのできは決してひけをとらない。


冒頭、開店直前のモールの個人経営の宝石店に覆面を被った男が押し入るが、逆に女性経営者に撃たれる。撃ち返して経営者を大怪我させたものの、結局男は死亡、計画が失敗したことを悟った車で待っていた相棒 (イーサン・ホウク) は、途中で変装をかなぐり捨てて逃げる。この時の緊張感は、近年ではデイヴィッド・クローネンバーグの「ヒストリー・オブ・バイオレンス」「イースタン・プロミスィズ」におけるアクション・シーンとタメを張るできで、ぞくぞくさせられる。まだ映画は始まって5分しか経たないが、既に作品のできは約束されたも同然だ。


この時点では、ホウクが何者かはまだ観客にはわからない。それから時間を遡り、別れた娘の養育費を払うのにも切羽詰まっているホウク (ハンク) の現状が描かれると共に、彼には同じ企業で働く、どちらかというとハンクよりは羽振りのいい兄のアンディ (フィリップ・シーモア・ホフマン) がいることがわかる。しかし見かけはともかく、実はアンディも逼塞しており、早急に金を必要としていた。彼は一攫千金の手段があるとしてハンクに計画を持ちかける。それこそが二人の母ナネット (ローズマリー・ハリス) の宝石店を襲い、宝石を強奪しようとするものだった。勝手知ったる自分の母の店のことであり、母がどのようにして朝のルーティン・ワークによって店をオープンするかを知り抜いている二人にとって、この計画は失敗するはずがないものだった。


しかしもちろんそうは問屋が卸さない。いくら変装しようと自分の母に素性を見破られることを怖れたハンクは、アンディには内緒でボビー (ブライアン・オバーン) を仲間に誘い、彼を実行犯に仕立て上げようと考える。母の性格を知り、完全になんのリスクもなく遂行できるはずの計画であったため、脅し用の銃もモデル・ガンで充分のはずだったが、ボビーは店に向かう車の中で、ハンクに本物の銃を見せびらかす。嫌な予感のするハンクだったが、しかしもう後には引けない。そして案の定、事態は最悪の展開を迎える。強盗の言いなりになるはずだった母が、よりにもよって引き出しの中に隠してあった銃でボビーに向かって発砲したのだ。ボビーも撃ち返し、母は重態、ボビーは命を落とす。完全犯罪のはずが、今やハンクは死傷者が出た凶悪犯罪事件の当事者だった。


アンディとハンクには母ナネットと、そして父のチャールズ (アルバート・フィニー) がいた。今でもナネットを深く愛しているチャールズは、危篤状態が続き、このまま回復の見込みがほとんどないナネットの延命装置を外させる気には到底なれない。しかしアンディはナネットが目を覚ます可能性はないことを説き、ついにチャールズはナネットを永眠させることに同意する。いまやチャールズの生きる目的は、ナネットをそういう目に遇わせた憎き犯人を探し出し、罪の償いをさせることしかなかった。警察署に入り浸って捜査の進捗状況を質し、そして警察は当てにならないと感じたチャールズは、独自に自分で調査を開始する。そしてその網の目に引っかかってきた者は‥‥というのが大筋だ。


主人公の二人の兄弟、アンディとハンクをフィリップ・シーモア・ホフマンとイーサン・ホウクが演じている。顔も体型もまったく異なるこの二人が血の繋がった兄弟という設定に違和感を感じる者は多いと思うのだが、共に金に困って同僚や妻/元妻にせっつかれるという似たような苦境に追い込まれているという状態がそう思わせるのか、特に見ている間はそれほど違和感を感じさせない。いずれにしてもやはり嫌みたっぷりな役をやらせるとホフマンは絶妙だし、娘からもバカにされるホウクもいつの間にやらなかなか情けない役というのが板についている。


その二人の妻 (一人は元妻だが) を演じるメリッサ・トーメイ (アンディの妻ジーナ) とエイミー・ライアン (ハンクの元妻マーサ) がまたいい味出している。どちらかというと飾り物的妻のジーナは、まともに愛されているという実感が欲しいため、よりにもよってハンクと浮気している。先頃見た「ウイ・オウン・ザ・ナイト」のエヴァ・メンデスに続き、ここではトーメイが脱いでの熱演、そのあぶらの乗った身体つきが非常に色っぽい。ゲスト出演した「トゥナイト」では、親には見ないようにと忠告したと言っていた。一方のライアンは、先週見た「ゴーン・ベイビー・ゴーン」でドラッグ中毒の母親役、こちらでは元亭主をバカにしている女と、なんかホフマンではないが嫌みな女をやらせたら最近ではピカ一だ。


撃たれる宝石店主ナネットを演じているのが、「スパイダーマン」のローズマリー・ハリスで、その夫で彼女を撃った犯人を突き止めるためには何事も辞さない、スッポンみたいな男チャールズを演じているのがアルバート・フィニーだ。「イン・ザ・ヴァリー・オブ・エラ」で、失踪した息子の行方を執念深く追う父親を演じたトミー・リー・ジョーンズと、最愛の妻を撃った犯人を追うフィニーの印象がかなり被る。


実際この二人は、真面目に演じれば演じるほど、どことなく飄々としたおかしみが出てくる。フィニーなんてそれに一瞬、こいつ認知症入ってないかという浮世離れしたものまで見せるので、そういうやつが一つのことに突っ走っていくと怖い。「ボーン・アルティメイタム」ではこんな感じじゃなかったから、ここではルメットの演出と共に意図的にやっているのだろう。他にも、アンディとハンクを強請りにくるデックスを演じるマイケル・シャノンが、ここでも「バグ」に続いて印象的なところを見せる。この人もいきなり切れそうな雰囲気が怖い。


「ビフォア・ザ・デヴィル」は舞台立てが一部「クレイトン」と似ていると上に書いたが、もう一つ、実はこちらの方こそ似ているのが、まず話のポイントとなる事件が起こり、そこからなぜその事件が起きたのかを時間を遡って描いていくという構造にある。だんだん過去と現在が交錯していってクライマックスは‥‥というわけだが、こういう構成って、「クレイトン」もそうだったが、決まる時は決まる。もちろん今回もそうだ。因みにタイトルの「ビフォア・ザ・デヴィル...」というのは、アイルランドの慣用句である「May you be in heaven half an hour before the Devil knows you're dead」というのから来ている (映画の冒頭で提示される。) おまえが死んだのを悪魔が知る30分前に天国に着いてますように。作品を見た後だと、このタイトルが不思議とマッチしているように思えるのがまた不思議。 







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Before the Devil Knows You're Dead   


その土曜日、7時58分 (ビフォア・ザ・デヴィル・ノウズ・ユアー・デッド)  (2007年11月)

 
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