Zero Dark Thirty


ゼロ・ダーク・サーティ  (2013年2月)

先週、ジェシカ・チャステイン主演の「ママ (Mama)」を見たが、そのチャステイン主演の「ゼロ・ダーク・サーティ」は、既に昨年末から公開が始まっている。この1年半の活躍を鑑みるに、チャステインがハリウッドを代表する現在最も旬の女優の一人であることには、疑いを差し挟む余地はない。


「ママ」でチャステインが演じたのは、母性に目覚めるハード・ロッカーという役どころだったが、「ゼロ・ダーク・サーティ」で彼女が演じているのは、オサマ・ビン・ラディンを追いかけるCIAエージェントだ。既にビン・ラディン殺害までに至る経緯は詳しく報道されており、その暗殺に関係したネイヴィ・シールズ隊員の手記まで出版されている。一方、その第一人称の手記が、客観的事実とは到底言えないだろうというのも、また容易に想像できる。


ビン・ラディン殺害に関与した者の手記はドラマティックなものだろうが、それならば、ビン・ラディン追跡に尽力し、その居場所を特定した者の視点から今回の暗殺までの経緯を再構成したらどうなるか。その発想を映像化したのが、「ゼロ・ダーク・サーティ」だ。


素人考えでは、現代ではある国の諜報機関、特にアメリカのCIAのような専門家集団がその気になって追跡する時、その目を逃れて行方をくらますことは、100%とは言わないまでも、かなり難しいのではないかと思う。軍事衛星によって北朝鮮の核設備がどのくらい進んでいるかかなり詳しくわかる時代に、長い期間にわたって、世界最高峰の諜報機関の目を眩ませ続けられるものなのだろうか。


それをやったのがビン・ラディンであり、アメリカは長きにわたって煮え湯を飲まされ続けてきた。どうやらもうちょっとで手が届くというところまでは何度も到達したようだが、いつもあと一歩というところで詰めを誤った。


その度毎に一から仕切り直しで、最終的にビン・ラディンに繋がる側近の情報は、実は最初から目の前にあった。それを知らずにこれまで延々と遠回りしていたという話を聞くと、なんだ、CIAお前もかと、自分のことを棚に上げてほっとしたり、頭の痛い話だと、ちょっとビジネスの効率について考えたりする。


そしてさらに驚かされるのが、精鋭部隊であるはずのネイヴィ・シールズが実はかなり本番でしくじってもたもたしていたことで、夜襲は相手の隙をついて一網打 尽が鉄則のはずなのに、ヘリの着陸に失敗して一機を大破させ、重要な軍事機密の塊りである機体を自分たちの手で破壊せざるを得なくなる。世界有数の精鋭部隊のはずが、いったい何やってんだか。


だいたい、ヘリで奇襲をかける時も、ビン・ラディンのアジトの敷地内にいきなり降りるので、かなりびっくりした。あんなうるさいのがすぐ近くに降りてきたら、気づかれて逃げられやしないか。あまり音が響かないところに降りて、あとは隠密行動だとばかり思っていた。


そして敷地内に侵入しても、ビン・ラディン自身は最後まで顔を見せることはない。もちろん最終段階では姿を見せてネイヴィ・シールズに撃たれるが、その時 だって顔を見せるわけではない。その、最後まで見せない顔をマヤは見せられ、彼女がビン・ラディンだと確認したことで、これはビン・ラディンだということになる。


確かビン・ラディン殺害時の発表では、本人かどうかの確認には目視と共にDNA鑑定が用いられ、遺体の損傷も激しいので、わりあいすぐに遺体は海に投棄されたということのはずだった。映画ではわざわざDNAの部分には触れず、マヤが目視して確認することだけでビン・ラディンとして確定されたという印象を見る者に与える。


たとえビン・ラディン専門だったとはいえ、10年間で実際に本物を見たことは一度もない人間の発言を鵜呑みにしてしまっていいものかという疑問はないこともない。それが長い間パブリック・エネミー・ナンバー・ワンだった人間のことならなおさらだ。それにDNA鑑定を行ったとはいえ、その、本人確認の大元となったDNA自体は、いったい、いつ、どこで手に入れた代物なのか。


少なくともこの10年内のものではあり得ず、それが汚染されていたり損傷していないという保証はあるのか。あれだけのことをやったんだ、これがビン・ラディンではないはずがないという思い込み優先だったり、あるいは逃げ疲れたビン・ラディンと追い疲れたCIAとの間に密約ができて、ビン・ラディンが死んだことにして逃がしてやるとした共謀の可能性がないと、いったい誰が保証するのか。この場合、オバマの発表を一から十まですべて信用するわけにはいかない。 (このDNAは、アメリカで死んだビン・ラディンの妹のDNAを使用したと後で知った。そうか親族のDNAで本人が特定できたか。)


マヤがターゲットの男を100%ビ ン・ラディンであると断言すればするほど、もしかしたら、と思ってしまうのは疑心暗鬼に過ぎるか。またアルカイダが、今回の事件について声明を出しそうなものを、黙っていることもよほど怪しいと思ってしまう。あれがビン・ラディンだったと認めているから黙っているのではなく、そうじゃないからこそ沈黙しているのではないか。


そういえば、ビン・ラディンはガンだとか命に関わる重い病気に罹っているという話は何度も聞いたことがある。そういう状態であれば、アメリカと取り引きする 可能性は充分考えられる。あるいは、もしかしたら既にビン・ラディンは死亡しており、だからこそアメリカと取り引きしたとか。なんか、こういう不透明な幕引きだと、どこからどこまでを信用していいのかわからない。全部本当のことかもしれないし、すべてがまったくの嘘で塗り固められた作り話かもしれないとも思う。


かと思うと、逆にもたついたミッションの描写はリアリティ充分で、いかにも本当にあったっことっぽい。手に汗握ってしまうのは確かなのだ。この緊張感は、これが事実であったと知ることから来るものなのか、あるいは単純に監督のキャスリン・ビグローの演出力の賜物か。


最後まで裏の主人公であるビン・ラディンは、姿を見せても不在という印象がつきまとう。実際ビン・ラディンは、近しい者を除いて人前に姿を現したことはこの10年間で一度もない。世界でたぶん最も顔を知られている人物を、実は両眼で見た者なぞいないのだ。徹底して不在の人物であるがゆえに強力な存在感と影響力を持つ男が、ビン・ラディンだ。


「地獄の黙示録 (Apocalypse Now)」ですら、カーツ大佐は最後にはウィラード大尉の前に姿を現し、そしてそのために死ななければならなかった。しかし「ゼロ・ダーク・サーティ」においては、ビン・ラディンは顔を見せずして死んでいく。探 し求めていた者が、顔を見せずに死んでいくという描写は許されるものなのか。映画の最後の放心するマヤは、取りも直さず観客の放心と重なるものであり、そこにあるものは、達成感や充実とは異なるものだ。果たして、あれは本当にビン・ラディンだったのか。









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新人CIAエージェントのマヤ (ジェシカ・チャステイン) は2001年の9/11以降、オサマ・ビン・ラディンの行方を突き止めることだけを唯一の仕事として、中東を中心に世界を転々としていた。中東で彼女に捕虜の拷問の仕方を教えたダン (ジェイソン・クラーク) や同性の同僚女性のジェシカ (ジェニファー・アーリ) 等 の知己も得て、仕事も覚え、段々中堅のエージェントになりつつあったが、しかしビン・ラディンの行方を突き止めることだけはできなかった。ある時、中東でジェシカが偽の情報に踊らされた挙げ句、自爆テロの巻き添えを食って死亡する。そしてついにマヤはビン・ラディンの側近の居所を探し出すことに成功する。 彼の行動を監視することで、ビン・ラディンの居場所もつかめるはずだった‥‥


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