You Don't Mess with the Zohan


エージェント・ゾーハン  (ユー・ドント・メス・ウィズ・ザ・ゾーハン)  (2008年6月)

モサドの腕利きエージェント、ゾーハン (アダム・サンドラー) が本当に就きたかった職業は、秘密工作員なんかではなく、ヘア・デザイナーだった。ゾーハンは生涯の敵ファントム (ジョン・タトゥーロ) との対決中、爆死したものと思わせて国外に脱出、ニューヨークに入る。ゾーハンはもっぱらヘア・テクニックというよりも女性なら歳を選ばない下半身のテクニックで顧客を開拓していくが、実はファントムもニューヨークに進出して、チキン・レストラン・チェーンで成功していた‥‥


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映画館でコメディを見なくなって久しいが、それでも年に一、二回は発作的にコメディを見たくなる時がある。近年、そういう時に私がチョイスする作品に出ている場合が多いのが、ジム・キャリーとアダム・サンドラーだ。キャリーは近年出ている作品が特に私の趣味と一致しないので最近はあまり見ていないが、サンドラーは昔からコメディでもドラマでも結構よく見ている。劇場では見ていなくてもペイTVのHBOやショウタイムに降りてきたらだいたい見ていたりするので、かなり押さえていると思う。結構くだらないと思いながらもついぶふっと吹き出してしまうようなギャグがかなりの頻度で挟まるし、ドラマだって「パンチドランク・ラブ」「再会の街で (Reign over Me)」など、それなりにめぼしい作品に出ている。


「ゾーハン」も、予告編で見せる足技で相手を手玉にとるシーンのあまりものふざけ方に、まずアメリカ製のコメディなぞ見に行かないと言っているうちの女房までもが、私も見ようかなと言い出した。あれだけふざけまくっていると、逆に特にコメディ好きではない者まで刺激するらしい。それはよくわかる。実際私もそうであるわけだし。


今回サンドラーが扮するのは元モサドの腕利きエージェント、しかし本当になりたかったものはヘア・デザイナーだったという男ゾーハンだ。ある時、宿命のライヴァルであるファントムの一騎打ちの真っ最中に仕掛けを施して自分の死亡を演出したゾーハンは、旅客機のペット用の檻の中に入って無事密入国に成功し、ニューヨーク入りする。むろんここで、自分の爆死を演出するような人間が前もって偽造パスポートを準備できなかったのかとか、空港で誰にも見とがめられずに抜け出せるのかという疑問は挟んじゃいけない。話はこれからなのだ。


そのゾーハン、なんとか採用してもらったヘア・サロンでめきめきと頭角を現す。むろんヘア・デザイナーとしての技術が評判になったからではない。実は女性なら相手がいくつだろうと見境のないゾーハンが、バック・ルームで老齢の女性たちに施すサーヴィスが評判になったからだ。


いや、この下ネタ乱れ打ちには参った。元々本気でギャグに回った場合のサンドラーの下ネタ好きは理解していたつもりだが、さすがにこれはえげつない。最近は観客も慣れてきてお下劣に対する受容度も増した、緩くなったという感じはするが、しかし、これは下ネタ過ぎる気がする。少なくとも若い者が多いニューヨークの劇場内では人々は受けており、私は爆笑というよりもほとんど苦笑していたが、これが客層がもうちょっと高かったら、笑えない者も結構いるのではないか。それとも中高齢者層はそもそもサンドラー作品なぞ劇場には見に来ないから、その点はいいのか。


また最近、「もしも昨日が選べたら (Click)」、「ロンゲスト・ヤード」、「50回目のファースト・キス (50 First Dates)」、「N.Y.式ハッピー・セラピー (Anger Management)」等、ロマンティック・コメディ、あるいはコメディ・ドラマ的なものの印象が強いから、初心に帰って好き放題やっているような「ゾーハン」に驚いたというのもある。「再会の街で」の後でこんなのを見せられると、ちょっと唖然とするが、でも、確かに初期の頃のサンドラーってこういう印象はあった。演出のデニス・デューガンと組む時の作品がだいたいお下劣系だ。ま、どうせやるならこのくらいやってもらいたいというのも確かにあるので、呆気にはとられたがもちろん反対はしない。うちの女房は、こんなのに金出しちゃったわけ、と、自分から見ると言い出したくせに飽きれていた。気持ちは半分はわからんではない。


しかしこのおふざけギャグは、アメリカ以外では到底受け入れられないだろうという気はする。今回は軽くイスラエルとアラブの中東問題もおちょくっているのだが、実際にユダヤ系のサンドラーがモサドを演じているので彼自身に対する文句や風当たりが強いなんてことは聞かないし、アメリカでギャグに対して文句を言うと、シャレのわからないやつなんてよけいにネガティヴな印象をもたれかねないので誰も文句は言わないが、しかし中東でこの映画が公開される可能性はかなり低いだろうなと思ってしまう。サンドラーはアメリカ国外での人気はいま一つなんて話を聞くと、それも頷けると思ってしまうのだ。とはいえ、そうやってどちらかを悪者にするのではなく、両方とも徹底しておちょくっているため、そういうポリティカルな視点から見ると、ポリティカリー・インコレクト過ぎてむしろ爽快とすら言える。それともそれは第三者だからこそ言えることか。


サンドラー演じるゾーハンの宿命のライヴァル、ファントムを演じるのがジョン・タトゥーロで、あんたも去年はつけ耳して「ザ・ブロンクス・イズ・バーニング」 に出たり、かと思えば「マーゴ・アット・ザ・ウェディング」ではシリアスに演じてみたりと節操ないとも思うが、サンドラーほどではないか。そのサンドラーのラヴ・インテレスト役のダリアに扮しているのがエマニュエル・シュリーキーで、HBOの「アントラージュ」に準レギュラー出演していたそうだが、これはほとんど見てなかったのでよくわからない。実はここではアラブ系として出てくるシュリーキーであるが、彼女はユダヤの血も入っているそうだ。要するに彼女は既に中東平和を体現しているようなものだ。もしかしてお下劣のヴェイルの下で、世界平和という作品の隠れたテーマはちゃんと見る者に知らず知らずのうちに浸透しているのかもしれないと思うのであった。







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