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イエスタデイ  (2019年7月)

いきなりインド・パキスタン系俳優が脚光を浴びている。ダニー・ボイルがヒメーシュ・パテルを起用して「イエスタデイ」を撮ったかと思えば、間髪を入れずアクメイル・ナンジアニ主演のコメディ「スチューバー (Stuber)」が公開され、さらに「イエスタデイ」が上映される前に、「ブラインディド・バイ・ザ・ライト (Blinded by the Light)」の予告編がかかっていた。 

 

「ブラインディド・バイ・ザ・ライト」は、英国に住むパキスタン系青年が、ブルース・スプリングスティーンにかぶれてアメリカを訪れるという話で、「イエスタデイ」同様、音楽ものだ。しかも「イエスタデイ」も「ブラインディド・バイ・ザ・ライト」も、その中心が現在ではなく、かつてのヒット曲、人気シンガー/グループを軸としている。これには何か理由があるのだろうか。 

 

一方で、かつて「ベッカムに恋して (Bend It Like Beckham)」を撮り、自身もインド系のグリンダ・チャーダがインド・パキスタン系俳優を起用して「ブラインディド・バイ・ザ・ライト」を撮るのはわからないではない。ボイルの場合は、同様にかつてインドを舞台に「スラムドッグ・ミリオネア (Slumdog Millionaire)」を撮っており、インドに思い入れがあるのだろうと推測する。 

 

しかし、それにしても、やはりなんでそのインド・パキスタン系が、移住してきた英国で、西洋音楽に影響を受けるという話が同時期公開されるのか。さらに「ブラインディド・バイ・ザ・ライト」は、わざわざ英国でアメリカのロックンローラーにかぶれる。友人たちにスプリングスティーンの写真を見せても、これはビリー・ジョエルかと言われるほど、彼の地の現在において、スプリングスティーンは知名度はない。逆に言うとジョエルの知名度もない。現在のジョエルと昔のジョエルの写真を見較べさせて、同一人物とわかるミレニアルはいないだろう。 

 

彼らに較べれば、彼らよりも古い世代ではあるが一時全世界を風靡したビートルズは、たぶん世界中のほとんどの人間が知っているだろう。「イエスタデイ」や「レット・イット・ビー」は、さすがに耳にしたことがないという者の方が少ないと思う。FOX/ABCの勝ち抜きシンギング・コンペティション「アメリカン・アイドル (American Idol)」では、ビートルズ・テーマのエピソードがあったりするため、今時の若者でもビートルズなら知っているに違いない。ポール・マッカートニーは今でも新アルバムを発表したりしている。 

 

関係ないがちょうど今、全盛期ビートルズと双璧の人気を誇り、今でも一線で活動しているという、ほとんど化け物化したザ・ローリング・ストーンズが、アメリカを公演中だ。元々シワシワだったミック・ジャガーやキース・リチャーズは、今見てもそんなに変わった感じがしない。特に時々体調問題を起こすとはいえ、ステージであれだけ動けるジャガーって本当に何者? と思う。同様に先頃元ビートルズのマッカートニーもNYでソロ公演を行っていたが、彼はかなり歳とったという印象を受ける。 

 

個人的にはビートルズよりもストーンズの方が好みだった私は、かつて実現不可能と言われたストーンズ日本公演が実現した際、当時付き合っていた今の女房を連れて東京ドームに公演を見に行ったことがあるが、ほとんどストーンズを聴いたことがなかった女房は、信じられないことにあの超うるさいストーンズ公演で、寝ていた。同時代に生きていても、たとえスーパースターでも興味がなければ知らなかったりする。これが一時代前のシンガーなら、周りに知らない者の方が多いに違いない。それを考えると、少なくともこの歌なら知っているだろうと今の世代の若者に問える曲があるビートルズは、やはりスーパースターだった。もうちょっとすると、あんた、マイケル・ジャクソンの「スリラー (Thriller)」って知ってる? と念押しする世代が現れることだろう。 

 

「イエスタデイ」では、その、誰もが知っていて当然のビートルズが過去に存在せず、そのヒット曲を誰も知らないというパラレル・ワールドで目覚めた売れないシンガー・ソング・ライターを描く。ビートルズのヒット曲を誰も知らないと知ったジャックは、当然のようにビートルズ・ソングを連発して歌い、たちまち人気者になる。しかしビートルズを知っていたのは実はジャックだけではなかった‥‥という展開。 

 

面白いのはジャックが目覚めた世界では、存在していないのはビートルズだけではなく、他にも現在の人間なら知っているがそこにはないものがあったりすることだ。代表的なのがコカ・コーラで、ペプシはあるのにコカ・コーラがない。タバコもない。たぶんボイルがビートルズ好きで、さらにペプシよりもコーク好きで、タバコを吸ってばかりいた人間が、それらがないと、ほら、困るだろうと、今では時代の趨勢に押されて衰退しつつあるそれらの音楽や嗜好品の復権を目論んだのが、「イエスタデイ」なんだろうと勝手に憶測する。 

 

「イエスタデイ」は、名曲だと思うが、しかし、もし今発表されたとして、当時のようなヒットになるだろうか。長く人が口ずさむ歌にはなるかもしれないが、ビルボードのヒット・チャートの上位に入る可能性は、そんなにはないんじゃないかと思う。一応ビートルズが活動していた終わりの頃を知っていて、今、エド・シーランをよく聴いている私の意見では、正直言ってビートルズよりシーランの方が面白い。それが同時代性というものだろう。それがシーランが、自ら負けたと認める展開は、特に首肯できるものではない。 

 

一方、こういう話は「イエスタデイ」ではできても、ストーンズの「黒く塗れ (Paint It Black)」や「サティスファクション (Satisfaction) 」では無理だろう。「サティスファクション」が現代でヒットする可能性は、「イエスタデイ」がヒットする可能性よりさらに小さそうだ。つまり、やっぱりビートルズって普遍性がある。メロディ・ラインの綺麗さとでも言えようか。ビートルズとストーンズの二択は、答える人の資質をよく現すよなと思うのだった。 











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英国の小さな田舎町。ジャック (ヒメーシュ・パテル) は売れないシンガー・ソング・ライターで、倉庫で働きながら細々と町のバー等で歌っている。しかし教師でガール・フレンドのエリィ (リリィ・ジェイムズ) および数少ない友人以外、誰も自分の歌に耳を傾けてくれない。やっとのことで出演したフェスでもやはり聴衆はほとんどいず、もうそろそろこの辺が潮時かと考え始めていた矢先、全世界的なブラックアウトで世の中が真っ暗になり、ちょうどその時チャリンコに乗っていたジャックは、運悪くバスに跳ねられて病院に担ぎ込まれる。退院したジャックが仲間の前で退院祝いにビートルズの「イエスタデイ」を歌ったところ、痛く気に入られる。実は彼らは誰もビートルズを知らなかった。どうやらジャックはバスに跳ねられた時にパラレル・ワールドに紛れ込んでしまったようで、ジャックが元いた世界の幾つかは、この世界に存在していなかった。ビートルズの曲を歌って注目を集めたジャックは、多少後ろめたさを覚えながらも、覚えている限りのビートルズ曲を歌ってたちまち人気者になる‥‥ 


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