Wind River


ウインド・リヴァー  (2017年8月)

「メッセージ (Arrival)」にも出ていたジェレミー・レナー主演、そしてドゥニ・ヴィルヌーヴ・プレゼンツという宣伝文句のために、最初「ウィンド・リヴァー」はヴィルヌーヴの新作だと思っていた。「メッセージ」が公開されてからまだ1年経っていないが、まあない話でもないだろう。 


しかしよく見ると「ウィンド・リヴァー」演出はテイラー・シェリダンだ。ヴィルヌーヴの「ボーダーライン (Sicario)」の脚本を書いており、どうやらそれが縁で監督を任せられたものらしい。さらに調べてみると、シェリダンは「最後の追跡 (Hell or High Water)」の脚本も書いている。昨年、一昨年と年間のベストに名を連ねる骨太アクションの脚本を書いた人間の演出だ。これは面白くないわけがない。 

 

真夏に厳寒の話で、「リヴァー」繋がりということもあり、思い出すのはやはり夏に公開された寒い話「フローズン・リバー (Frozen River)」だ。蒸し暑い夏に冬の極寒の地方の話を公開するというのは、公開戦略の一つなんだろう。いずれにしても、ということはこれは劇場も極寒だなと、ロング・パンツにさらにジャケットを手に持って家を出る。劇場に着いてみると、若そうな奴はそうでもないが、私と同年代かそれ以上に見える者は、ほとんどがジャケットを持っているか、スカーフを首に巻いている女性もいる。皆わかっているようだ。 


アメリカでは現在、ドラッグの蔓延が問題になっている。都会のスラム化したような場所は以前からそうだったが、ここへ来て、一見平和そうに見える郊外の町にもドラッグ中毒者が増えて問題になっている。要するに、職はないが食っていくのに困るほど貧乏なわけでもないという中流階級の時間を持て余す若者が、ドラッグに手を出す。 


この問題の萌芽というか縮図は、既に何年何十年も前からネイティヴ・アメリカンの居住区であった。ネイティヴ・アメリカンは一度西部開拓時代に白人に土地を奪われ、後に居住区を当てがわれた。過去の負い目から基本的に居住区内に住んでいる限り、政府から衣食住はほぼ保証されている。 


生きていくだけなら困らないが、しかし職があるわけではない。働く場所はないのに時間だけは有り余ると、人、特に若者はドラッグに手を出す。そのため、ドラッグ・アディクトのネイティヴ・アメリカンの若者が多いことが、以前から問題になっていた。ネイティヴ・アメリカンとしてただ一人のプロ・ゴルファーであるノタ・ビゲイが、自分もアルコールやドラッグに苦しんだと告白していたこともあった。ネイティヴ・アメリカン居住区はある種の治外法権的な側面があるので、ドラッグが手に入りやすい上に撲滅が難しい。 


最近のニューズとしては、居住区内の、人々が聖地と崇める場所の近くを石油のパイプラインを敷設するしないで小競り合いが続いていることが、話題になっていた。せっかくオバマが敷設を一時停止させたのに、トランプのバカがまた再開させた。あれはいったいどうなったのだろう。 


そういう諸所の事情もあり、実はネイティヴは戸籍も完全には把握できていないらしい。映画の最後には、ネイティヴ・アメリカンの女性で行方不明になった者の数の統計はないというテロップが入る。要するに行方不明の者が出ても、身内は口を閉ざしている。黒人やラテン系に対する差別だけではなく、ネイティヴの環境も特に恵まれたものではない。 


そういった場所で事件が起きた時、解決が難しいものになるであろうことは、想像に難くない。犯罪が起きたかどうかすらわからなかったりするのだ。そこに死体、しかも明らかに他殺の死体がなければ、多くの場合、事件は日の目を見ないまま消え去っていくものと思われる。 


さらに「ウィンド・リヴァー」の場合、事件が起きたのは厳寒も厳寒の山の中で、女性は屋外で死亡しているのだが、凍死ではない。あまりにも空気が冷たいため呼吸できず、肺が破裂して喀血して死ぬ。いったいどれだけ寒いのか想像もできない寒さだ。この辺りの冬を舞台とした作品でネイティブ・アメリカンが主要人物というと、真っ先に思い出すのはアレハンドロ・イニャリトゥの「レヴェナント: 蘇えりし者 (The Revenant)」だが、あんなに寒そうに見えた「レヴェナント」でも、寒さのあまり血を吐いて死んだってのはなかった。  


人が行方不明になったという届け出はないのに、それでもまだ腐敗していない、あるいは獣に食い荒らされていない死体が発見されたのは、まだ僥倖だったと言える。派遣されてきたFBIのどう見ても新人の女性エージェントは、事件性を鑑みて真面目に調査を推進しようとするが、まだ経験が浅いのは否めず、かつて自分も同じように自分の娘を亡くした主人公のコーリーが地道に自分の任務を推進しなければ、事件の解明は進展しなかった。二人の地道な調査により、徐々に事件の全体像が見えてくる‥‥ 


コーリーを演じているのがレナー、ジェインに扮しているのがエリザベス・オルセンということで、演出がこういう風に重厚なシリアス・タッチでなければ、アベンジャーズのホウクアイとスカーレット・ウィッチがいて何を悠長に地道に足で歩き回って調査しているんだと叱咤したいところだ。レナーはまだいい、弓の代わりにライフルを充てがわれており、武器としてはむしろホウクアイより有効であるとすら言える。しかし念力を使えるスカーレット・ウィッチが、地道に防弾ヴェスト着てさらにその上に着込んで調査する。念力使えてもやっぱり寒いは寒いのか。 

 

今回は映画館は超寒かったわけではないが、見終わって外に出ると、真夏の暑い陽射しが待っており、寒暖差はかなりある。眩しくて目を開けていられない。サングラスはクルマの中に置いてきてある。やっぱりこれで寒過ぎて肺が破裂するなんて想像できんと思いながら、炎天下をクルマに向かっててくてく歩く。 











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厳寒のワイオミング州のネイティヴ・アメリカン居住区のウィンド・リヴァーである日、マーシャルのコーリー (ジェレミー・レナー) は雪の上で若い女性の死体を発見する。それはコーリーも知っているネイティヴ・アメリカンのナタリー (ケルシー・チャウ) だった。FBIから調査官が派遣されてくるが、いかにも押っ取り刀で駆けつけた風情の女性エージェント、ジェイン (エリザベス・オルセン) は、ウィンド・リヴァーの気候を舐めているのか薄着で、現地でジャケットを借りる始末だった。解剖の結果、ナタリーはレイプされていたが、直接の死因は厳寒の戸外にいたために肺が破裂したためで、解剖医はそのため殺人と断定することを拒否する。いずれにしてもレイピストがいることは確かであり、コーリーとジェインは調査を続ける。そしてコーリーは山の中で、もう一人の腐りかけていた死体を発見する‥‥ 


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