Wanted


ウォンテッド  (2008年7月)

うだつの上がらないサラリーマンのウェスリー (ジェイムズ・マカヴォイ) は、今日もほとんど嫌みな女性上司のためにパニック・アタックにさらされながら毎日を過ごしていた。そのウェスリーがドラッグ・ストアで銃撃戦に巻き込まれ、窮地を謎の美女フォックス (アンジェリーナ・ジョリー) に救われる。フォックスはウェスリーを歴史の裏側で暗躍していた秘密結社に案内する。その元締めスローン (モーガン・フリーマン) は、ウェスリーの父は史上最も優れた暗殺者の一人であり、ウェスリーもその血を引いているというのだった‥‥


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実は今週は「ウォンテッド」を見る予定ではなかったのだ。アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされ、浅野忠信が主演した「モンゴル (Mongol)」を見に行くつもりだった。一方、私は近頃引っ越して、ニューヨーク住民からニュージャージー住民になった。ネイティヴのアメリカ人ではない、外国人が住む州が変わったことによる手続きが必要な些事の多さ、および引っ越しに伴う所々の作業は頭がくらくらするくらいで、しかもほとんど必ずと言っていいほどどこかで問題が起き、その処理だけでぐったりするくらいなのだが、まあ、そのことは置いておこう。


問題は行き慣れた映画館を離れ、また一から趣味の合った映画館を開拓しなければならないことにある。こんな些事に忙殺される時だからこそ、気休め、気分直しに映画を見ないことにはやっていけない。これがハリウッド大作の場合、だいたいどこでもやっているし、その場合は近くの最も設備のいい劇場を探せばいいだけのことだから大して労力もかからない。問題はインディ映画、外国語映画の場合だ。


以前はたまたま近くにそういう、インディ系/外国映画に強い劇場があり、重宝していた。私が見た外国映画のほとんどがここでかかっていたものだ。しかしニュージャージーに引っ越してくると、近くにそういう劇場がないことに気がついた。ま、どうにかなるだろうと高をくくっていたのだが、どうやらそうでもなく、最も近い「モンゴル」をやっているその手の劇場まで、車で30分はかかる。


しかも、当然初めて通る道、初めて行く劇場だ。事前に念入りにグーグル・マップで予習し、余裕をもって家を出たつもりだったのに、途中で2度も道を間違えた。それでもなんとか目的地に着けたのはほとんど僥倖で、しかも当然のことながら上映時間はとうに過ぎていた。次の「モンゴル」上映時間まで3時間あり、一応その辺をぶらぶら散歩したり飯を食ったりして時間を潰してもまだ1時間以上も時間が余る。結局諦めてその町を離れ、「サイドウェイズ」の項でも書いた、ニュージャージーには一軒しかないアルコールを扱うトレイダー・ジョーズで安いワインとビールをしこたま仕入れて帰った。当然転んでもただでは起きないのであった。ついでに言うと、初めて行くNJのトレイダー・ジョーズも当然道を間違え間違え、人に訊きながらたどり着いた。グーグル・マップでは微妙な所がわからんのだよ。


いずれにしてもそんなわけで翌日出直したのだが、既に「モンゴル」を見る気分ではなく、すかっとするハリウッド・アクションを見たいという気になってしまっていた。それで作品全体としての評はともかく、アクション・シーンではかなり話題となっていた「ウォンテッド」を見に行ったのであった。果たして来週まで「モンゴル」はやっているか。


「ウォンテッド」は一言で言うと、現代版貴種流離譚のような話だ。日がなストレスにさらされ、嫌みな上司や押しつけがましい同僚に文句の一つも言えない弱気なサラリーマンが、ある日銃撃戦に巻き込まれ、絶世の美女に助けられる。しかも連れて行かれたその先で、男は自分が世界最高の暗殺者の息子であると知らされる。自分にもその素質があるというのだ。どうせ未練のないサラリーマン生活、男は半信半疑ながらもその秘密結社で自分も暗殺者になるための腕を磨く特訓を受ける。実際、男の腕はみるみるうちに上がっていくが‥‥


主人公ウェスリーを演じるのがジェイムズ・マカヴォイ、謎の美女フォックスにアンジェリーナ・ジョリー、秘密結社のボス、スローンに扮するのはモーガン・フリーマンと、まるで現代版ファンタジー的な舞台設定のわりには、演じているのは皆地に足のついた演技派ばかりだ。特に今、若手では大西洋を挟んで東のマカヴォイか西のシャイア・ラブーフかというくらいこの二人の活躍は近年抜きん出ているという印象がある。これにジム・スタージェスを入れれば若手三羽烏そろい踏みというくらい彼らの印象は強い。


つまり「ウォンテッド」は、 作り手、演じ手はかなりマジだ。そのため設定だけ聞くと「マトリックス」的なSFアクションを連想し、実際かなりCGアクションに助けられるとはいえ、「ウォンテッド」はそれだけに頼らない味のある作品に仕上がっている。まったく信じられないアクションが連発するのだが、スピード感や演技陣のバックアップにより、最後まで乗せられてしまうのだ。惜しむらくは、例えば襲われて呆然と駐車場に突っ立っているウェスリーを、まだ正体の知れないジョリー扮するフォックスが車をドリフトさせながら助手席にウェスリーを押し込んで拉致していくシーンや後半の山間の列車走行シーン等で、もうちょっとCG合成じゃなく本物くさく撮れたらということだが、しかし、かなりいい線行っている。演出はロシア産ホラー「ナイト・ウォッチ」、「デイ・ウォッチ」のティムール・ベクマンベトフ。


冒頭、史上最高の暗殺者であるウェスリーの父が相手の罠に落ちて撃たれるのだが、撃たれた瞬間、画面は時間を遡り、というか弾道を遡り、その弾がどこから発射されたのかを逆回しで狙撃者まで遡っていく。この描写は小説やマンガではまったく不可能で、あっと思わせると同時に、こういう演出ってきっと誰かがどこかで既にやっているに違いないと思うが、ではどんなのがあったかというとすぐには思い出せない。もしかしてこれが最初か。時間を遡る、あるいはなんらかの行動を遡るというのなら、最近では「バンテージ・ポイント」という好例があるが、「ウォンテッド」の場合、速過ぎて目には見えないはずの銃弾の弾道を遡って見せるというのがポイントであり、当然それが面白い。


さらにこの銃撃という点にはもう一工夫あり、実は「ウォンテッド」においては銃弾というのはまっすぐ飛ぶものではない。弾道は意志の力で、特訓で曲げるものなのだ。従ってターゲットの前に何かオブジェクトがあろうともそれは障害にならない。彼らの放つ銃弾は障害をよけてターゲットに到達するからだ。むろんそうするためには文字通り血の滲むような修練を積むのだが、しかし銃弾まで曲げるか。「マトリックス」では銃弾は曲げるものではなくかいくぐるものであり、最後には飛んでくる銃弾ははたき落とすものであったりしたが、主体はその銃弾に反応する者の側にあり、銃弾はまっすぐ飛ぶものという一致した了解があった。


「ウォンテッド」ではその、飛んでくる弾丸に反応するのではなく、飛ばす弾丸そのものを曲げるという、より能動的なガン・アクションになっている。こういうアクロバティックな狙撃銃撃を可能にするため、長距離狙撃の時以外は彼らは銃を構えて撃つのではなく、肩を支点に腕をぶん回しながら撃つ。タイミングがずれれば弾がどこに飛んでいくかまったくわからない、軍の狙撃マニュアルから見ればまったく言語道断のやり方で撃つ。しかしそれで構わない。どうせ発射された弾は弧を描いて目標に到達するからだ。風や温度、湿度を読んでスコープを調節するゴルゴ13や「ザ・シューター」はこんな狙撃者は絶対に認めまい。


私がこれを見て思い出したのは実はその手のアクション映画ではなく、昔読んだテニス・マンガの「エースをねらえ」だったりする。主人公が神がかっていくこのマンガにおいては、ボールは打ち返すものではなく、ボールが行きたいところに行かせてあげることこそが最終の目的だった。「ウォンテッド」においてウェスリーが到達を目指す最終目標が、その感じに近い。銃弾が飛びたいところと射手が行かしたいところをシンクロさせるという感じか。あるいはそれが起こるべき運命ならどうやって撃っても当たるものは当たるとでもいうべきか。念じて曲がらせて目標に当てるというよりも、当たるべくして当たった、だから弾道が曲がったという印象の方が濃厚なのだ。しかしこうなると、ほとんど無敵の射手だ。果たしてこの先はあるのだろうか。


一つ気になったのが、彼らとてむろん長距離射程ではスコープを覗いて静止の状態で引き金を引くのだが、それは基本的に標的に照準を合わせるというよりも、単に相手の位置を確認するためという意味の方が大きい。元々彼らにとってはスコープなぞあってなきがごとしものだから、そもそもの使用理由からして違う。ではあるが、その時対象は遠く離れたビルの裏側等、直接目視が利かないところにいる。じゃ、結局どうやって相手の位置を確認してんだ彼らは? 実は、もしかして彼らは弾道だけでなく光も曲げていたとか? 意志の力で? じゃないと相手の位置を確認できるはずないんだが。もしかすると近々のうちに訓練を積んだ彼らは、時間も曲げて過去や未来の対象に向かって狙撃するようになるかもしれない。もちろん私の興味はそれが実現可能かどうかというよりも、その時にいったいどういう描写でそれを表現するかということにある。絶対近いうちに誰かがこの発想で何か撮るということは賭けてもいい。







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