放送局: ブラヴォー

プレミア放送日: 6/14/2003 (Sat) 20:00-22:00

製作: プロダクションズ・コンテIII、サーパント・フィルムス、ブラヴォー・ネットワーク

製作総指揮: マリー・カテ、ヴィンセント・ギャネ、ロッキー・オールダム

製作: マーティン・ボルダック、ヨランデ・リチオリ

監督: ニック・マリス

出演: シルク・ドゥ・ソレイユ


内容: 新世紀サーカス集団として知られるシルク・ドゥ・ソレイユの新パフォーマンス、「ヴァレカイ (Varekai)」の中継録画。


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先日、女房と車でマンハッタンのイースト・リヴァー沿いを走るFDRドライヴを走っていたら、イースト・リヴァーの真ん中に浮かぶランドールズ・アイランドに、わりと大きなテント小屋が建てられているのが目に入った。数か月ぶりにFDRを走ったとはいえ、これまでは見たこともない派手なテントがいきなりにょっきりと建っているのを見た時には、これはいったいなんだろうかと驚いた。テントといえばきっと何らかの公演や出し物だろうということで、必然的にサーカス、もしかしたらシルク・ドゥ・ソレイユの新作が来るとか? と二人で話したのだが、まさか、いくらなんでも、ということになった。


だって、そのテント小屋が建っているランドールズ・アイランドは基本的に人が住むところではなく、市が管理しているベイスボール・グラウンドや、メル・ギブソン/ジュリア・ロバーツ主演の「陰謀のセオリー」で有名になった精神病院があるところで、サブウェイも通っていない。そこへ行くためには基本的に車を持っていなくてはならず、あるいはマンハッタンの何か所からか出ているフェリーを使うしかない。どう考えてもこの種の公演向きの場所ではないのだ。もしシルクが新作を出すのなら、前回同様、マンハッタン南端のバッテリー・パークでの公演になるものとばかり思っていた。


ところが、その考えはすぐさま否定された。ニューヨーク・タイムズにシルクの新作「ヴァレカイ」がランドールズ・アイランドの新設テントで公演されるという広告が載ったのは、それから大して時間も経っていなかった。やはりあれはシルクの新作用の仮設テントだったのだ。それならそうと、シルクの新作なら見に行くのに吝かではないが、今回はチケット代が非常に値上がりしていて驚いた。4年ほど前に「キダム」を見た時は、確かまだ40-50ドル程度だったと覚えているが、今回は95ドルである。ほとんど舞台の裏側になる、一番安い席で75ドルだ。これはちょっと高いんではないの。


ブロードウェイのミュージカルと基本的に同じ値段で、だからこそこの値段でも行けると主催者は踏んだに違いない。また、ラスヴェガス公演中のシルクの別パフォーマンスの「O」は、既にこの値段で客が途切れないようだから、それもあるかもしれない。が、しかし、こちらはどうしても4年前の値段と比較するし、その4年間で2倍の上昇は、やはり解せないものがある。基本的にミュージカルだって、TKTSの半額チケットや、たまに回ってくるタダ券を使ってじゃないとほとんど見に行かないというのに、いくらシルクでも95ドルの価値があるか。ここは思案のしどころだ。


しかもこの公演、遅かれ早かれブラヴォーがTV中継するのは、これまでの経験から言って間違いない。結局、いささか悩んだ挙げ句、今回は公演を見に行くのはパスすることにした。多分今年の暮れにはTVで放送されるだろう‥‥と思っていたのだが、それが実は、その「ヴァレカイ」公演中にTV放送されようとは、正直言って予想もしていなかった。


いったい、まだ公演中のものをTVで放送することに意味はあるのだろうか。普通、こういうのは、やはり公演が終わってから放送するものではないか。今、公演中の内容を先にTVで見ちまったら、わざわざ金を出してまで会場に足を運ぶ者が激減するんではないか。それとも、なにか、TVで見て、やっぱり生で見たいと思う者がいることを当て込んでいるのか。あるいは、既に公演予定のチケットはほとんど売り切ったので、そういうことは関係ないのか。逆に旬の冷めないうちに早めにTVでも放送して、ついでにヴィデオを売ろうという腹か。よくわからないが、とにかく、視聴者の立場から言えば、面白そうなものを早く見れるにこしたことはない。ここはありがたく放送を見せてもらうことにする。


この種の公演は、会場で生の臨場感を楽しむか、TV/ヴィデオで、好きな時に好きなようにカウチで寝転がって見る気楽さを選ぶかの、二種類の楽しみ方がある。私は近年、どんどんずぼらになって外を出歩くのがかったるくなってきているので、特に後者が多い。TVだとアップがあるし、生で見そびれたようなシーンも見れるし、余分なシーンはカットされているし、なんといっても反復視聴が利く。途中で止めたり早回ししたり、時間も有効に使える。


とはいえ、前回、「ドラリオン」のTV中継を見た時には、非常に腹が立った。何を思ったかこの中継の監督は、パフォーマンスの肝心要のクライマックスで、何をカン違いしたのか、スロウ・モーションにしてしまうのだ。もちろんスロウ・モーションは、使いようによっては映っているものを非常にドラマティックにするし、ジョン・ウーの映画のように独特の美学を見せてくれないこともない。


しかし、この種の公演は、超高度なテクニックを目にも留まらぬ早業で見せてくれるからいいんであって、そこをスロウにしちまっては逆に興醒めも甚だしい。スロウだと、彼らがどれだけ難しい技をやっているかということが逆にわからなくなってしまうのだ。それなのに、最も盛り上がるクライマックスで最難度の技を決める瞬間に、このバカな演出家は、わざわざやらなくてもいいスロウ・モーションに切り替えたのだ。私は最初「ドラリオン」を見た時には、誇張じゃなく目の前が真っ暗になった。なんだ、これ。こんな演出のイロハも知らない演出家なんて、永久に業界から追放してしまえ。


さらに、元々は16:9の比率で撮影したと思われるものを、だったら上下に黒枠を入れてレター・ボックス・ヴァージョンで放送すればいいものを、またまたバカなことに横の比率を縮めて強引に現行のTVの仕様である4:3の比率にしてしまい、人物が異様に縦長に見える体裁で放送してしまった。これはどちらかというとディレクターというよりはプロデューサーの判断、あるいは放送したブラヴォーの独断かもしれないが、これもやはり、空間の比率を違えて見せることで、空間把握能力の高いシルクの技の持ち味を殺すことにしかならなかった。だいたい、見ていて距離感がわからなければ、すげえ、あれだけの距離を空中に飛んだ、なんて感心できるわけがないではないか。


とまあ、今回、その「ドラリオン」と同じような失敗をまたしていたらどうしようという危惧は、小さくないものがあった。それが今回は私が希望した通りの上下黒枠のレター・ボックス・ヴァージョンで、技のクライマックスには決してスロウは使わず、使うけれども、技と技の合い間の空白の時間をうまく使ってリプレイする時に限るなど、こうやって当然という正しい使い方をしていたので、安堵の胸を撫で下ろしたのであった。


というわけで今回は安心して見ていられた「ヴァレカイ」、その中で最も面白かったのは、実は芸としては古い時代からあり、もの珍しいものではまったくない、いわゆる何個も同時にお手玉をするという類いの「ジャグリング」だったりする。本当に、ジャグリングなんて、芸としては世界最古に近く、通常ではまったく興味を惹かれることなどない、素人芸くらいにしか思っていなかったが、シルクの手にかかると、これが魔法のように面白い。ボウリングのピンのようなやつやボールを使う普通のジャグリングから、ピンポン玉を使うジャグリングでは口の中に入れた玉をまた吹き出して次々と空中で玉を踊らせる (しかし口を使ってもやはりジャグリングというのか)。帽子をブーメランのように投げて走りながら行うジャグリングでは、当然のように満場から喝采を受けた。いやあ面白いなあ。


技として私が次に感心したのが、「ロシアン・スイングス」と題された、空中ブランコの変形版で、これまた面白い。しかし面白いという点では、シルクの十八番である道化を用いたギャグが、今回は非常に笑えた。会場には老若男女、国籍の違う大勢の人がつめかけているため、シルクのギャグは、言葉に頼らない、視覚重視のギャグである。シルクで道化を務めるものは芸達者だなあと昔から思ってはいたが、今回もその感を強くした。今回は、道化がシャンソンを歌うという設定で、その道化に当たるスポット・ライトが段々ずれていくのを道化が必死に追っかけるというギャグなのだが、この微妙な巧さは、まさにシルクの独壇場という感じがする。


シルクのギャグは、毎回、会場の一般客が絡むのが特徴だが、これは多分、開演の前に、舞台の袖辺りから、うまく乗ってくれそうな者を前もってチェックを入れておくのだろう。じゃないと、人によっては怒り出しかねない場合もあるはずだし。特に以前、これは「サルティンバンコ」か、「ヌーベル・エクスペリエンス」あたりで見た芸だと思うが、道化がギャング映画を撮るという設定で、舞台に上げられた数人の一般客が間違った相手を撃ってしまうというギャグで、その間違って撃たれた相手が、別に打ち合わせをしていたわけでもないだろうに、道化の思惑通りに、ああ撃たれてしまったと倒れてしまうというやつ (ああ、文章にしてしまうとまったく意味がわからない! 見ると抱腹絶倒ものなのに!) では、その巧さに舌を巻いた。何が巧いって、多分この客なら道化の思ったように動いてくれるだろうという、人選が巧いのである。この人を見る目の確かさ。多分100回くらいやったら、そのうちの数回は失敗するんじゃないかと思うが、決まった時のおかしさは腹がよじれんばかりなのだ。世界中で受けるわけがわかる。


実は多作のシルクは次回作がすぐ後に控えており、ニューヨークでは8月から、なんと成人指定 (18歳未満入場禁止) の新作「ズーマニティ (Zumanity)」が上演される。元々ナルちゃんの多いこの種の集団は、ゲイが多く、多分シルクも半分以上はゲイだと思うが、だからこそ彼/女らは己の姿と芸を磨くことに熱心になる。それが独特のエロティシズムを発揮するようになるのは当然のことで、シルクの未成年入場禁止パフォーマンスというのは、実に惹かれるものがある。これこそ50ドルでやってくれないかなあ。そしたら絶対見に行くのに。







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Cirque du Soleil: Varekai

シルク・ドゥ・ソレイユ: ヴァレカイ   ★★★

 
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