Vantage Point
バンテージ・ポイント (2008年2月)
Vantage Point
バンテージ・ポイント (2008年2月)
スペインを訪れている米大統領 (ウィリアム・ハート) はとある式典に出席予定で、セキュリティのトマス (デニス・クエイド) やケント (マシュウ・フォックス) らはその警護の準備に余念がなかった。にもかかわらず狙撃が行われ、大統領は撃たれてしまう。さらに爆発が起こり、多くの怪我人が出、会場内は阿鼻叫喚に包まれる。その時その場にいた者たちはいったい何を見たのか。各自の視点から物語は再度語られる‥‥
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通常アメリカでは新規に映画が公開されると、それに合わせて出演俳優は宣伝プロモーションのためにありとあらゆるトーク/ヴァラエティ・ショウにゲストとして現れて映画を宣伝して帰っていく。「バンテージ・ポイント」は「羅生門」的な、一つの事件を複数の人間の視点から描くものなので何人もの主要な俳優がいるが、最初と最後に現れて話の核となるデニス・クエイドが一応主人公と言える。実際、私が見た深夜トークでは、この映画の宣伝に来てたのは毎回クエイドだった。
ところで「羅生門」は、アメリカでもだいたい誰でも知っている。ほとんどは黒澤の「羅生門」の方を知っているわけだが、読書家なら芥川の「羅生門」としても知っている。いずれにしても教育を受けている者ならまずほとんどが知っている。それはそれでいいのだが、だいたいの者はそれを「らしょうもん」ではなく、「ラショモーン」という風に発音する。だから最初から「羅生門」のことを話しているのだと知ってないと、一瞬なんのことだか戸惑う。
それは当然クエイドもそうであって、そのクエイドがゲストとして招かれた深夜トークのCBSの「レイト・ショウ」でも、ホストのデイヴィッド・レターマンもそのように発音する。そのため映画のことを話していて、レターマンが、で、この映画は「ラショモーン」みたいな作品なんだよね、と訊くと、クエイドが、そうそう、一種の「ラショモーン」なんだよ、みたいな話になり、それで話が大統領暗殺やテロ、爆発破壊される会場と続くと、なにやら怪獣ラショモーンが現れて街を破壊して去っていく、みたいなイメージが沸いて困った。
さて「バンテージ・ポイント」だが、まず一番最初に、大統領狙撃事件がクエイド演じるセキュリティのトマスの視点から語られる。彼は過去、同様に狙撃された大統領を身を呈して守ったという実績があったが、そのため怪我をし、一線に復帰することが危ぶまれていた。彼は広場を取り囲むビルの一室のカーテンの向こうに人影を察する‥‥
警察で働くエンリケ (エドゥアルド・ノリエガ) は、ガール・フレンドのベロニカ (アイエレット・ゾラー) の頼みをきいてバッグを運んできてやるが、その中身になにか危険なものを感じていた。そして危機感は現実のものとなり、大統領は撃たれる。壇上に突進するエンリケをテロリストと見なしたトマスはタックルして止めようとするが、そこで爆発が起きる‥‥
アメリカ人観光客のハワード (フォレスト・ウィテカー) は、一観光客として式典の一部始終をヴィデオで録画していた。それを見ていたトマスは爆破が起こった後、ヴィデオに犯人が映っている可能性があるとハワードのヴィデオを巻き戻す。一方ハワードは、式典に来ていた母娘の二人連れと親しくなるが、爆発のごたごたで娘のアナが母親を見失う。アナを助けようとするハワードだったが、犯人と思われるエンリケと彼を追うセキュリティを目撃、ハワードはヴィデオカメラを抱えたまま彼らの後を追う‥‥
その後も式典会場に向かうアシュトン大統領、テロリスト、テロの実行犯等の視点から見た事件が描かれる。一方一つの事件が見る者の視点によって異なって映るということこそが主題の「羅生門」とは異なり、「バンテージ・ポイント」ではそれだけでは終わらない。不特定大多数にアピールするべきハリウッド・アクション作品の「バンテージ・ポイント」では、誰の目から見ても納得できる一つの結末が用意されている必要があるからだ。
そのため、むしろ異なる視点から見た一つの事件の位相のずれというよりも、最初はそれぞれの視点によってずれているように見えた一つの事件がたった一つの結末に向かって収斂していくことこそが、「バンテージ・ポイント」の描きたかったことに他ならない。最後にそれまでの視点から見た事件が一つのストーリーとして繋がっていくのを見るのは、実は「羅生門」ではなく、全編にわたって張り巡らされた伏線の網の目の回収作業に入ったポール・ハギス作品を見ている時の感触に近い。「バンテージ・ポイント」は実は「羅生門」ではなく、「告発のとき (In the Valley of Elah)」あるいは「クラッシュ」によほど近いと言える。
また、ラストの臨場感たっぷりのカー・アクションはマット・デイモンの「ボーン」シリーズ並みの迫力で、近年のハリウッド・アクションのカー・チェイスが特にヨーロッパや、アメリカを舞台としていてもニューヨークのようなヨーロッパ的な密な都会で展開することが多いのは、道路が狭いことを逆手にとってむしろ迫力を増すことができるからに他ならない。やがてそういう狭い道路をバスやトラックのような大型車を走らせるようになるのは間違いないだろう。というか、既に「16ブロックス」でその兆候は現れていた。 そのうちLAではカー・アクションは撮れなくなるのではと思われる。あるいは逆に、進化した「スピード」や「コンボイ」的な、今度は広い道路でないと撮れない新しいカー・アクションが生まれてくるのだろう。
主演のクエイド以外では、その相棒ケントに現在ABCの「ロスト」に主演中のマシュウ・フォックス、アメリカ人旅行客のハワードにオスカー俳優のフォレスト・ウィテカー、アシュトン大統領にウィリアム・ハート、テロリスト一味のベロニカ に「ミュンヘン」のアイエレット・ゾラー等、多彩な布陣。テロ実行犯のハビエルに扮するエドガー・ラミレスは「ボーン・アルティメイタム」に出ているのだが、ここで最初出てきた時は、「CSI: マイアミ」のアダム・ロドリゲスだとばかり思っていた。冒頭でTVクルーのディレクターとして出てくるシガーニー・ウィーヴァーは、狂言回し的な重要なキャラクターかなと思わせといて、それっきりのカメオ的な役柄だった。
「バンテージ・ポイント」では視点が変わる時、すべての視点において一定の時間から事件を再構成するという便法をとっている。それで一つの話が終わると、次の視点に移る時、その時刻まで時間が遡る。その時にわざわざ時間が遡っていますよということを強調するために、ヴィデオテープを巻き戻しでもしているかのように、画面がびゅびゅびゅと効果音を出しながら時間を遡る。それを律儀にすべての登場人物の視点が変わる度にやるので、何回目からは、またやるよという感じでその度に場内から笑いが漏れた。
要するにそのしゃちほこばった律儀さ、四角四面な真面目さが逆に笑いを生むのだが、実はスクリーンや画面全体がびゅびゅびゅと巻き戻る、もしくは早回しになるという効果が最も連想させるのは、ミハエル・ハネケの「隠された記憶 (Cache)」および「ファニー・ゲーム」という、近年で最も怖い心理ホラー作品だ。そのため、私も「バンテージ・ポイント」で時間を遡る時、他の観客同様思わずくすりとする反面、ハネケ作品も思い出して同時に背筋がぞくぞくという感じも味わった。おかげでこの作品、結構楽しめてわりと満足だったりする。