Up in the Air


マイレージ、マイライフ  (2010年1月)

ライアン・ビンガム (ジョージ・クルーニー) は、企業が最も嫌がること -- 従業員をクビにする時に、相手に面と向かってその宣告をすること -- を仕事としていた。特にこういう不況時には彼のような男は引く手数多で、ライアンは一年のほとんどを旅先で過ごしていた。ある時、ライアンはバーで出会った女性アレックス (ヴェラ・ファーミガ) と深い仲になる。彼女も仕事柄旅に出ることが多く、二人は意気投合する。一方ライアンの仕事場にも、仕事のムダをなくすために、実地に人間を現地に派遣するのではなく、ネット電話で済ます方向が模索される。そのビジネス案を提出してきたのが、ナタリー (アナ・ケンドリック) だった。ライアンの上司クレイグ (ジェイソン・ベイトマン) はその申し出に乗り気になる‥‥


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昨年暮れから「ザ・メン・フー・ステア・アット・ゴーツ (The Men Who Stare at Goats)」、「ファンタスティック・ミスター・フォックス (Fantastic Mr. Fox)」、そして「マイレージ、マイライフ」と立て続けに出演作 (「ミスター・フォックス」は声の吹き替えだけだが) が公開されているジョージ・クルーニーの主演映画、「ゴーツ」は酷評されてこけ、「フォックス」は評は悪くなかったが、大人向けアニメーションという人を選ぶ媒体ということもあって、興行的には特に成功しなかった。


クルーニーという世界的スターが出ていても、だからといって人が劇場に押し寄せるとは限らない。ただしクルーニーの場合、そういう失敗作に平気で出ているのも人柄という感じで、だからといって誰も彼の悪口を言ったり失敗を彼のせいにしない。これがトム・クルーズ主演作品でこけたら全部クルーズのせいになるんだが。さらにクルーニーは昨週、ハイチ地震の被災者救済のためにハリウッドに呼びかけてベネフィット特番を主催、ここんところ目にする機会が多い。


「マイレージ、マイライフ」は、予告編ではクルーニーがやたらと空港や飛行機の中にいるシーンばかりで、しかもタイトルが「アップ・イン・ジ・エアー」といかにもそれ風で、ああ、そうか、これってきっとスティーヴン・スピルバーグ/トム・ハンクスの「ターミナル (Terminal)」だな、それをきっと今風の味付けで料理した、いわばリメイクに近い作品だろうと最初は思い込んでいた。「ターミナル」ではハンクスは空港の中で暮らしていたが、きっと「アップ・イン・ジ・エアー」はクルーニーは飛行機で世界中を移動はしても、それから降りられない理由があるんだろう、それを描く作品に違いない、と思っていたわけだ。


しかし映画が始まると、その思い込みがまるで的外れだったことが知れる。クルーニー演じるライアンの職業は、端的に言ってしまえば、クビ宣告家だ。この時勢、業務縮小せざるを得ない企業は多い。つまり、人員を削減する必要がある。しかし、一部の権力指向のサディスティックな人間を除き、長らく勤めてきた従業員の肩たたきなぞしたくないのが人情というものだ。一歩間違えば逆恨みされ、それこそストーキングされたり刺されたりしかねない。なんせ今では相手は腐るほど時間が余っている。


そういう時にお呼びがかかるのが、ライアンのような者だ。要するに、面と向かって相手にクビだと言う勇気の持てない企業の肩代わりをしてやるのだ。相手の気持ちを慮りながら、企業の利益を優先させ、できるだけ両者が納得する形で辞めてもらう。言うは易く行うは難い仕事であろうことは想像に難くない。私ならいくらサラリーをもらってもできないし、やりたくない仕事の、筆頭とは言わないまでも、上位に来るのは確実な仕事だ。こういう仕事をやる人間の給料がいいのは当然だろう。また、時勢柄、仕事はひっきりなしにある。アメリカのいたるところからお呼びがかかる。自然ライアンは家にいる時間より旅に出ている時間、飛行機の乗客となっている時間の方が多い。アップ・イン・ジ・エアーだ。


本当にこういう職業があるのか。広いアメリカのことだ、あってもおかしくない。そしてクビ宣告家として、クルーニーはまさにどんぴしゃりのキャスティングと言える。クルーニーは、兄貴分的頼れる俳優として、ハリウッドを代表する存在だ。彼から諭されるようにクビを伝えられたら、100%納得はできなくとも、多くの者は仕方がないと受け入れてしまうような気がする。


しかし、そのクビ宣告企業にだって、業務見直し、ムダの排除という今時の経費削減の波は押し寄せる。そしてそのために雇われたのが、ナタリーだ。ナタリーはネット電話を用い、経費のかかる交通費を節約するプランを提出する。上司のクレイグは大喜びだが、しかしライアンにとってはそれこそ自分の首がかかっている提案と言えた。さらに、クビの宣告すらネット電話で済ます、相手の人間性まで否定してしまうようなやり方に、ライアンはどうしても賛同できなかった。ライアンとナタリーは、お互いのやり方の長所短所を吸収するため、しばし一緒に仕事をする。


一方ライアンは、旅先で同様にビジネス旅行ばかりしている女性アレックスと出逢う。二人は意気投合し、私生活には干渉せず、お互いに会いたい時にだけ旅先で会うという大人の関係を続ける。男女関係には古風な意見を持つナタリーにとって、ライアンとアレックスの関係はまるで理解できないものだった。


クルーニーだけでなく、アレックスを演じるヴェラ・ファーミガ、ナタリーを演じるアナ・ケンドリックも文句なしのキャスティング。ファーミガって、こんなに色っぽかったっけと思ってしまった。ケンドリックも上昇志向の生意気な若手という感じがよく出ている。それ以外にも、今では演出のジェイソン・ライトマン作品常連となったジェイソン・ベイトマンやJ. K. シモンズ等の姿も見える。昨年、「ザ・ハングオーヴァー (The Hangover)」の大成功で一気にお茶の間ネイムとなったザック・ガリフィアナキスもクビを切られる役どころでちょっとだけ顔を出す。撮影が「ハングオーヴァー」の後だったら、ガリフィアナキスの出番はきっともっと増えていたに違いない。


この作品の成功は、なにはともあれリストラ請負人としてのクビ宣告家という職業を創造したこと、しかもそれに血肉を与えることに成功したことにある。主人公ライアンを演じたクルーニー、脇で支えた俳優陣、演出のライトマン、皆いい仕事をしている。ウォルター・カーンの原作は、エンタテインメント・ウィークリーによると実はもうちょっとビターなもので、映画の方が最後、多少前向きな印象を与える終わり方になっているらしい。


面白いのは、最初は昔気質のライアン、今風の位置づけのナタリーと見せかけておいて、実はそうでもないことだ。ライアンは長らく企業で身を粉にして働いてきた者に辞めてもらう時、ネット電話で済まそうなんてのはもってのほか、なんて言いながら、根無し草のような私生活のドライさはまるで対極。一方、ドライに人をクビにするシステム化を考えたナタリーは、そもそもこの地にやってきたのはボーイ・フレンドを追ってきたためであって、女性は結婚して子供を持つことが当然と思っている。そしてアレックスは、私生活と外でのアフェアを完全に切り離して、ライアンとは割り切ってアヴァンチュールを楽しんでいる。


むろんどれがよいわけでも悪いわけでもない。大の大人に倫理を説くことなぞ無意味だ。その上で調子がいい時は何事もすべてうまく行くし、悪い時は何をやってもうまく行かないというのは誰にだってある。要は、世界に対する距離の置き方にある。誰でも世界に対して、距離を置きたくなる時も緊密でいたい時もあるだろう。常に地上から離れているライアンが、最終的には着地を望んだように見えるのは皮肉なのかもしれないし当然なのかもしれない。ちょっと上空にいる時間が長過ぎたからバランスをとろうとしただけなのかもしれない。実際、ライアンはまた元の生活に戻るではないか。ライアンの着地がいつになるか、あるいはいつまでも着地せずにいるのか、それはたぶん本人にすらわからない。


邦題の「マイレージ、マイライフ」は、久しぶりになかなかセンスある邦題に巡り会えたという感じ。原題の「アップ・イン・ジ・エアー」も、ライアンが常に飛行機に乗って上空にいるという事実に、すべてはまだ決定していないというニュアンスをかけたタイトルで、それなりにいいタイトルだと思う。しかしマイレージと来てマイ・ライフと続く邦題は、まるで別単語であるmileageとmy lifeに関連性など考えてみたこともないアメリカ人では、まったく思いつかなかったろう。それでも、アメリカ人でも、たぶんこの邦題を聞いたらなるほどと思うのではないだろうか。



追記 (2010年2月)


上で人にクビを言い渡す職業について、アメリカのことだ、そういう職もあるかもしれないと書いたが、本当にあるのだそうだ。実は誰あろううちの女房の職場がそういう人を雇って人員整理をした。しかも聞いてみて驚いたのだが、そのやり方というのがすごい。ある日クビを切られることになっている人 (もちろん本人はそんなこと知る由もない) が出社すると、そこでクビ切り人が待っていて、その場で持ち物を整理して、午後には私物と共に会社を去ることを要求されるのだそうだ。


要するにある程度大きな企業になると、社外に持ち出されると困るファイルや情報を結構抱えている。クビにする人間がそれを持ち出すようなことがあってはならないから、クビの対象となる人間にはクビにすることを直前まで伏せておいて、いったんクビを宣告すると、今度はクビ切り人が、クビにされた人間が会社を去るまで一時も側を離れず、それこそトイレまでついていって会社のものを持ち出さないか徹底して目を光らせているのだそうだ。


これをやられた者はたまらないだろう。茫然自失になるそうだ。当然そうだろうと思う。一瞬にして自分の全人格を否定されたような気になるに違いない。クルーニー演じたライアンが本当に良心的な存在に思えてくる。








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