FBIで働くジェニファー (ダイアン・レイン) の仕事は、机の上のコンピュータと始終にらめっこして、危険なサイトがないかどうかを監視し、必要とあらばそれを報告してサイトを閉鎖させることだった。ある時発見した危険なサイトは、ライヴ映像でネコを殺害、そして次のライヴ映像ではついに人間が殺される。次々とミラー・サイトが現れるため、一つのサイトを閉鎖させてもすぐ別のアドレスで新しくサイトが開くイタチごっこが続く。そしてそのサイトの毒牙は、実はジェニファーたちのすぐそばまで近づいてきていた‥‥


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本当なら今回見る作品は、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」と決めていた。そしたら先週末は西海岸から知人がNYを訪れるなどなにかと私用が相次ぎ、私は私でそれ以外で連ちゃんでゴルフ見たりスーパーボウル見たり忙しかったがうちの女房も忙しく、今週は忙しくて映画見れないけど、ダニエル・デイ-ルイスは見たいので他の映画を一人で見に行ってと所望する。


それでどうしようかと思ったのだが、話題の「つぐない (Atonement)」と「ジュノ (Juno)」は、実はどうしても二の足を踏んでしまう。女房が見に行きたいから一緒に行こうと誘われるならまだしも、一人で見に行ってと言われて「つぐない」と「ジュノ」を選ぶほど純な時期は、もう遠い昔のものになってしまったという感じだ。実際の話、四十男が一人で「つぐない」を見に行く光景なんて、自分自身ですら想像できない。これがもうちょっと枯れてきたらまた話は別なんだが。


で、その反動というわけではないが、昨年「パンズ・ラビリンス」が高く評価されたギレルモ・デル・トロが製作に回ったホラーの「ジ・オーファネイジ (The Orphanage (El Orfanato))」にしようと決める。そしたら、劇場に行って窓口で切符を買おうとしたら、それ、キャンセルされたという。えーっ、なんで。たった30分前にヤフーで時間をチェックしてうちを出てきたばっかりなんですけど。窓口の女の子曰く、やってないわけではなくて、その後の回からあると言う。といっても次の回は別の映画の上映が予定されており、つまり2本の映画を交互に上映している。要するに人気がないからこういうスケジュールになる。


いくらデル・トロの製作でも、ハリウッドのプッシュのない作品はやはり興行の点で弱かったか。やっぱりなあ、一般的にはなあ、人はデル・トロという名前を言っても知らない者の方が多かろう。一方、当時無名の (今だって特に知名度があるとは言い難いが) スペイン語圏演出家のアレハンドロ・アメナーバルがニコール・キッドマン主演で撮ったホラーの「アザーズ (The Others)」が大ヒット・ロング・ランを記録したという例もある。特に今回はキッドマンのようなスターがいないし、なによりも言葉がスペイン語というのがネックになって推されず、消費者も反応しなかったのだろう。


いずれにしても、それで一度アパートに戻って策を練り直さざるを得なくなったのだが、さすがに夜出直す気にもなれず、よほど「ランボー」を見に行こうかと迷った。実はシルヴェスタ・スタローンは現場での技術習得型の演出家であり、それなりにツボにはまると、かなりこなれた、印象的な演出をする。一番最初の「ロッキー」だって、彼自身が脚本を書いていることを忘れてはいけない。それで「ブラックサイト」と「ランボー」でどうしようと結構本気で迷ったのだが、結局「ブラックサイト」にする。


やはりカン違いしているかもしれないおじさんよりは、色気のあるおばさんの方に惹かれるのだった。いや、レインをおばさんなんて言ってしまったら失礼だしファンに叱られそうだ。色っぽいお姉さんだな。それにしても今回は、見る作品を決めるまでに二転三転した。こういう展開じゃなければ劇場で「ブラックサイト」を見ることはなかったと思うが、それはそれで久しぶりにスクリーン上でレインを見るのは楽しみだ。「ハリウッドランド」を除けば最近のレインは恋愛もの主体で、私が見たいと思う作品には全然出ていなかったし。


「ブラックサイト」のレイン演じるFBIエージェントのジェニファーは、FBIとはいってもホワイト・カラーのデスク・ワーク主体だ。その仕事はというと、世に数知れずほどあるウェブ・サイトの中から、放置しておくにはあまりにも危険なサイトや、明らかに法を逸脱しているサイトを監視するというものだ。どうやら彼女は基本的にナイト・シフトで仕事しているらしく、娘の学校の送り迎えや学校行事に時間が合わなかったりして四苦八苦している。


その彼女らの仕事仲間の間で最近話題となっているサイトは最初ライヴでネコを殺し、それがエスカレートして、ついにライヴ・ストリーミングで大勢の者がアクセスしているその眼前で地元放送局の男性アンカーが殺される。しかもそのサイト運営者は奸計を案じてジェニファーらのあとをつけ、ジェニファーの家を突き止める。そいつが狙っているものはいったい何なのか。その理由は何か。焦るFBIを嘲笑うかのように、また謎のサイトで毒牙にかかる者が出る‥‥


FBIという悪者を追う立場にいながら、いつの間にか自分も追われている女性捜査官、人をいたぶり殺すことを快感としているとしか思えない犯人、追う者追われる者のいたちごっこ、なんて大ざっぱなストーリー・ラインだけを言うと、印象として主人公が似ているのは、「羊たちの沈黙」のジョディ・フォスター、「コレクター」のアシュリー・ジャッドあたりに落ち着くかと思う。フォスターの場合は硬質な印象があったが、最近は彼女もかなり柔らかくなって、役としては子持ちの時も多く、ここでのジェニファーと共通点も多い。


一方、レインの色気は今度はどちらかというとジャッドの方と共通点が多い。ジャッドは殴られた方が映えるのでまず出る作品に必ずアクション・シーンがあることがポイントだが、レインは特に青タン姿が様になるというタイプでもない。昔は気位の高い女王様然とした印象があったが、近年ではどちらかというと市井の一般的家庭の主婦が一瞬垣間見せる色気、みたいなところが気になる魅力となっている。実際、そうではないにせよここでほとんどノー・メイクに近く見えるところなんてまず確信犯だろう。子育てと仕事を両立させ、恋愛に発展するわけではないが職場でかかわるFBIのボックス (ビリー・バーク) あたりとの関係の描き方も微妙でなかなかいい距離感を保っており、悪くない。


話の本筋自体も、最後まで興味を持続させる。意外と細かいところまでうまく描き込まれているし、伏線もちゃんと張られている。同僚のグリフィン (コリン・ハンクス) の描き方や、犯人となるオーウェンを演じるジョゼフ・クロスももなかなかいい。舞台となっているポートランドなんてああいういつも曇り空の湿ったところとも思えないが、うまく感じを出している。演出は「オーロラの彼方へ (Frequency)」、「真実の行方 (Primal Fear)」のグレゴリー・ホブリットで、いかにも手慣れたヴェテランという印象を受ける。


だからこの作品も、クライマックスがどうしても唐突という印象さえ与えなければそれなりの評価もされたと思う。それでも最も稼ぐはずの公開初週の興行成績が散々だったのは、やはり批評家を味方につけて好意的な評を書かせることができなかったのがその敗因ではないか。最後にもう一工夫さえあれば、とそこは残念。


レインは上述したように、フォスターのように徹底して男性と同一の土俵に立って敵と相対するというような硬質な魅力の持ち主ではないし、ジャッドのように立ち向かっていってもやられてしまうのを応援させるというタイプでもない。フォスターとジャッドがまずその存在感によって本人たちが現実に運動神経がいいかどうかとは異なる地点でアクション・シーンを演じていることに対し、レインは意外にも、いつの間にか我々一般人と同じ地平に立っていることでその魅力と存在理由を見出し始めている。レインには今後もこの方向で頑張ってくれることを切に望む。







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ブラックサイト  (2008年2月)

 
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