放送局: ESPN

プレミア放送日: 7/28 (Thu)-7/30/2005 (Sat) 20:00-21:00

製作: ウィンドフォール・プロダクションズ


内容: 2005年7月にラスヴェガスで開催された、大食い大会USオープンの模様を収録。


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アメリカでは毎年、7月になると大食い/早食いのシーズンだなと感じる。そう、7月4日の独立記念日に併せて、ニューヨーク、ブルックリンのコニー・アイランドで、あの、有名なネイサンズのホット・ドッグの早食い大会が開催され、そして毎年、判で捺したように我が日本のタケル・コバヤシが圧倒的な強さで優勝をさらっていくからだ。彼っていったい何連勝しているんだ。


一見、別に普通の平均的日本人体格のくせして、食べ始めると底なしの胃袋は、今や世界七不思議の一つに匹敵するかと思えるくらい常軌を逸している。コバヤシの知名度は、現在ではごく普通の一般的アメリカ人家庭にも浸透しており、コバヤシという名前こそ覚えてなくても、ほら、コニー・アイランドのホット・ドッグ早食い競争で連続優勝している日本人、と言うと、大概ああ、あれ、と得心する。


そのコバヤシ、3年前は「グラットン・ボウル」で大食い世界チャンピオンと正式に認定され、一昨年は「マン vs ビースト」においてはついにクマとのホット・ドッグ早食い競争に借り出され、破れこそしたが、人間代表として頑張った。今ではコバヤシは、少なくとも大食いサーキットにおいては知らぬ者のない、大食い界の小さな巨人と言えよう。


とはいえ、ものの移り変わりの速さの激しいのは、大食い界とて例外ではない。コバヤシは今でも毎年ホット・ドッグ競争で1位の座を守り抜いているが、有望新人も出てきているし、ヴェテラン勢も虎視眈々と隙あらば捲土重来の機会を窺っている。いくらコバヤシといえども、王座の上にあぐらをかいてばかりではいられない。それになによりも、いつでもどこでもなんでも一番じゃないと気に入らないアメリカ人が、打倒コバヤシに燃えるのは当然の成り行きだった。


この種の大食い競争は、アメリカでは、だいたいこの競技の総元締めであるIFOCE (International Federation of Competitive Eating: 国際大食い連盟) が主催している。もちろん、元々は地方で独自に開催されていた大食い競争を、IFOCEが統括して、大食いサーキットとして統合したものだ。その結果、ここ数年で、この種のサーキットを転々とするプロの大食い師というものが登場してきた。ホット・ドッグだけではなく、コーンやらアップル・パイやらロブスターやらの地方特産品の大食い競争に出場し、たらふく詰め込んで満腹するついでに、場合によってはかかっている賞金もいただいて帰るわけだ。しかし、ロブスターを早食いなんかで食したかないと私なんかは思ってしまうわけだが。


いずれにしても、IFOCEはまだ若い団体ゆえ、特に知名度があるわけではなく、一つ一つの大食いトーナメントにおける賞金もまだ微々たるものだが、今回、アルカセルツァーというブランドがスポンサーとしてつき、ESPNという全米ネットワークが3日間にわたって中継するこの大食いUSオープンあたりになると、賞金総額4万ドル、優勝賞金は1万ドルと、もちろん、これだけではまだ食っていくわけにはいかないだろうが、それでも数か月生活していくには充分な額の賞金が設定されている。他に職を持っていても、毎年、ヴァケイションがてらにラスヴェガスに来てこれに出て、優勝して帰っていけるなら、かなりのお小遣いにはなる。世界中の大食漢が (といっても実際に出ているのはアメリカ人と日本人のコバヤシだけだが) 意気込もうともいうものだ。


それにしても、胸焼け/胃腸薬のアルカセルツァーがこの種の大会のスポンサーにつくところが、これまたアメリカ的で楽しくはある。これで話題になったら、当然この大会は来年、再来年と続いていくものと思われる。さらにこのトーナメントを中継するのは、スポーツ専門の全米ネットワーク、ESPNだ。ついでに言うとコバヤシは、そのESPNの人気のあるスポーツ・ニューズ,「スポーツセンター (SportsCenter)」の番組コマーシャルにも登場している。「スポーツセンター」のアンカーが座って新聞を読んでいる同じテーブルにつくと、いきなりホット・ドッグを食べ始め,15秒でホット・ドッグを2個食べて軽く礼をして去って行くという,ただそれだけのコマーシャルなのだが,かなりおかしい。これを見ても,僅か数年のうちに、大食いはかなり市民権を得たことが窺える。


3年前のグラットン・ボウルも、一応建て前は大食い世界一を決めるものであり、ちゃんと既にその時に、アドヴァイザー的な役割でIFOCEも参加していたという記憶がある。とはいえその時の大食い競争というものは端的にキワモノ扱いであり、その時番組を中継したFOXは、とにかく番組が面白ければいいと考えていた。そのため、ルールは非常に恣意的なものであり、異なる食材を食って勝ち抜いた勝者同士の勝負によって優勝が決まるなど、公平とは言い難い嫌いがあった。今回の大食いUSオープンは、そういった不公平をなくし、32人の参加者が、回戦毎に同じものを食う一対一の勝ち抜きトーナメントによって優勝者を決める。


もちろんタケル・コバヤシはここでも第1シードであり、優勝候補の筆頭だ。そして第2シードに配されているのは、近年めきめきと頭角を現してきた女性大食いの第一人者、「ザ・ブラック・ウィドウ」ことソーニャ・トーマスだ。トーマスはアメリカ人ではあるが一見アジア系の女性で、身長もそれほど高くない上、コバヤシに輪をかけて細い。その彼女が現在、アメリカでも有数の大食漢として知られてきている。食った量と本人の体重との割合から言えば、彼女こそコバヤシに勝るとも劣らない脅威の胃袋の持ち主と言える。


さて大食いUSオープン、一回戦の食材はフライド・ポテトのチーズがけで、これを5分間でどれだけ食えるかを競う。私なんか見るだけでげっぷがしてくる。第2ラウンドはパスタを14分間でどれだけ食えるか、第3ラウンドはサラダを7分間で、準決勝はポテトの皮を12分間でどれだけ食えるかを競う。ものによっては手づかみ禁止、ナイフとフォークを使わないとダメ、みたいな細かいルールがあったりした。途中、こんな奴が大食いしていいのかと思える、はっきり言って老人老女も参加していたりしたが、結局予想通り、決勝まで勝ち抜いてきたのは、コバヤシとトーマスの二人であった。


見ていると、特にコバヤシの強さは圧倒的である。今回の勝負は一対一であり、優勝するためには3日間で5つの勝負に勝ち抜いていかなければならない。そのため各々の勝負においては、主眼とするのは相手を僅差で負かすことである。いくら一つの勝負に勝っても、食いすぎて消化できないほど食ったりしたのでは、次の勝負に差し障りが出てしまう。だから相手の様子を見ながら時にペースを上げ、時にペースを落とし、駆け引きを行いながら、なるべくなら食いすぎることなく、できるだけ僅差で相手に勝つことが肝要だ。


とはいえ、もちろん、これは言うは易く行うは難しで、こういう実戦での駆け引きを無理なく行えていたのは、私の見る限りコバヤシただ一人だけだった。もう、胃袋の容量のレヴェルが人とは違う。ほとんどの者は相手を見る余裕はなく、ただ食えるだけ食っていたという感じだった。トーマスですら、決勝まで来たとはいうものの、途中、かなり苦戦を強いられての決勝進出で、これまでの経過を見る限り、コバヤシの優勝は不動のように見えた。いつの間にやら金髪になり、鍛錬してるんだろう、筋肉がついた。なんとなく、腹筋をつけちゃうと胃袋の膨らみようがなくて大食いには不利なんじゃないかと素人考えをしてしまうのだが、そんなことはないのだろうか。


さて、決勝は、テイルゲイター・セットをどこまで平らげることができるかで勝負する。テイルゲイターというのは、スポーツ、特にアメリカン・フットボールのゲームの前に、駐車場でピックアップ・トラックのテイルゲイトを下ろしてピクニック気分でバーベキュー等を楽しむところから来ており、つまりそういうバーベキューにつきものの食材を指す。ここではハンバーガー・サンドイッチ (ステーキ・サンドかもしれない)、にんじんやセロリの野菜スティック、ミート・ボール、中身が何かはよくわからない揚げ物各種、ナッチョ・チップス、スープ等で、ナッチョ用のディップとかも平らげないといけないのだろうか。


そして勝負は始まり、やはり、コバヤシが決勝でも圧倒的な差をつけてトーマスを下した。どっちの方がより多く食ったかは一目瞭然なので、わざわざ食った量を測定することすらせず、コバヤシの優勝が確定した。今現在、世界中のどこを探してもこの男より食える人間なんていなさそうだ。こいつの胃袋は風船のように伸び縮みできるとしか思えない。クマには勝てなかったにしても、ゴリラくらいとならいい勝負になるのではないか。


とまれ、ニッチェ・スポーツ? として市民権を得始めた感のある大食い競争であるが、これがもっとファン層を得て拡大するかとなると、それは疑わしいと思う。その理由としては、


(1) 見ていて気分が悪くなる可能性が高い。もし二日酔いだったりすると、TVを見ながら吐いてしまいそうだ。

(2) 見かけが美しくない。スポーツというのはだいたい力強さと共に美しさも内包しているものだが、大食いはこれには当てはまらない。いい大人が頬っぺたをふくらませ、口のまわりべたべたにしてものを食っていたりしたら、大半の反応は「きったねーなー」ではないだろうか。

(3) 大量の食材がムダになってしまうという点が、近年のムダをなくそうというエコロジー思想に逆行している。食い物を粗末にするというのは、金を浪費することより印象がよくない。

(4) 素人が真似するには危険すぎる。


それでも、この種の競技としては大昔から存在している大食いは、ニッチェとしてではあるが、今後も廃れることなく存続していくものと思われる。それにしてもコバヤシを見ていると、人間って、食べすぎで死ぬことはないのかと思ってしまう。だいたい、大食いってのは七つの大罪の一つということになっているわけだし。「セブン」ではその罪を犯したものは自分の死をもって償わされていたぞ。そういう原罪を客寄せの見世物にしてしまう。うーん、やっぱり大食いって、スポーツとは言い難いなあ‥‥






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US Open of Competitive Eating

USオープン・オブ・コンペティティヴ・イーティング   ★★

 
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