Transit


未来を乗り換えた男  (2019年3月)

見始めて最初の数分で、もうこんぐらがった。この作品、ナチス・ドイツから逃れてフランスに亡命した男を描く、みたいな紹介のされ方をしていたので、てっきりこちらは第二次大戦が舞台の戦争アクションかポリティカル・スリラー、どっちでも面白そうだと思って劇場に出かけたのだ。 

 

そしたら、話が始まると、これ、どうも背景が現代だ。後ろを走っているあのクルマは、どう見ても今のモデルだろう。官憲のユニフォームも今風だ。ナチス・ドイツの迫害から逃れるレジスタンスを描く作品ではなかったのか。 

 

しかし、クルマ以外の街並みは、何やら一時代前っぽく、列車も特に現代っぽくは見えない。マルセイユに移動してからは、さらに街中を覆う煤け具合いが古くささを感じさせ、人々のよれ具合いや着ている服も、第二次大戦時と言っても納得しそうな古めかしさを匂わせる。要するに、過去でもあり現在でもあるということか。 

 

主人公のゲオルクが、人と会ったり、約束したりするのに、スマートフォンを使わず、自分の足で移動する。だから時代が読めないし、アポをとらずに人を訪れて不在だったり、大使館で長い間椅子に座って待たされたりしている。最近、これだけ時間を無駄にしている登場人物ってのはほとんどいない。おかげでゲオルクはマルセイユから動けない。そのため非常によく逼塞感、停滞感が出ているが、マルセイユに行ったことのない私としては、こんなに閉塞的なところなのか、港町なのに、と、まず間違っているに違いない印象が定着しそうだ。 

 

演じている役者がまた、見覚えがあるようなないような、不思議と親近感があるが知らないなという微妙な距離感がつきまとう。主人公のゲオルクに扮している役者は、見ている間は、なんか、若い頃のホアキン・フェニックスを思い出させるが、知らない役者だと思っていた。 

 

そしたら、家に帰ってきて調べてみたら、演じているフランツ・ロゴフスキは、ミハエル・ハネケの「ハッピーエンド (Happy End)」で、イザベル・ユペールの使えない長男に扮していた彼だった。主演だろうが助演だろうが、どちらも部外者という印象だけは一緒だ。 

 

一方、マリーに扮するパウラ・ベーアは、こちらは間違いなく知っている、どこかで見ていると確信はしているものの、ではどこだったかというと、これが思い出せない。演出のクリスティアン・ペッツォルトの前作、「あの日のように抱きしめて (Phoenix)」の縛りが効いているので、他の作品を思い出そうとしても、どうしても「あの日のように抱きしめて」主演のニーナ・ホスの顔になってしまう。なんとなく似ていないこともないと思えるところも、他の女優の顔を思い出そうとする妨げになる。 

 

それで結局こちらも見ている間は思い出せない。ロゴフスキは映画の最後のクレジットを見ても知らない名前と思っていたが、マリーに扮しているパウラ・ベーアは、名前を見てやっぱり知っていると確信するが、それでも、どこで知っているかまでは思い出せない。それで家に帰って調べてみて、やっとフランソワ・オゾンの「婚約者の友人 (Frantz)」の彼女だったと知った。なんか、微妙に記憶の狭間にいたという感じで、うーん、これは思い出せんと自分自身で納得する。 

 

とまあ、「未来を乗り換えた男」は、微妙に記憶を揺すぶるがそれが何か思い出せないという作品であり、それが宙ぶらりんの主人公を描く作品のテーマとも共振する。考えたら「あの日のように抱きしめて」だって、主人公はある女性の振りをする本人という、二重のアイデンティティ・ロスに追い込まれ、「未来を乗り換えた男」でも、主人公は別人になりすます。よくよくアイデンティティの問題が気になるようだ。そういえばベーアは、「婚約者の友人」でも、やはり不在の死者に影響されていた。なんだか、みんな見えない者、不在の者、存在しない者に振り回され続ける。 











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ナチス・ドイツの支配するパリに住むドイツ人のゲオルク (フランツ・ロゴフスキ) は、たまたまホテルで自殺した亡命作家ヴァイデルの原稿を手に入れ、迫害を逃れてマルセイユに避難する。ゲオルクはヴァイデルに成りすましてメキシコに亡命しようと画策するが、美しい女性に出会い、彼女の虜になってしまう。しかし彼女こそヴァイデルの妻マリー (パウラ・ベーア) だった。さらに友だちになった少年やその母の存在が、ゲオルクをマルセイユに引き留めていた‥‥ 


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