Traitor


トレイター  (2008年9月)

過去、米軍に所属していたこともある武器商人のサミール (ドン・チードル) はイエメンで商談の途中FBIのクレイトン (ガイ・ピアース) とアーチャー (ニール・マクドノー) を先頭とするチームに踏み込まれ、逮捕される。サミールは刑務所内で武器を売りつけようとした相手の息子オマール (サイード・タグマウイ) に見込まれ、彼の仲間の助けもあって一緒に脱走に成功する。サミールはファリード (アリィ・カーン) の指揮するテロリストに協力、ニースのアメリカ大使館爆破に成功する。FBIはサミールの居場所を突き止めるのに躍起となり、ファリードたちは米国内各地で同時多発テロを計画していた‥‥


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同じ黒人俳優でも、スターというのに不足はないウィル・スミスやデンゼル・ワシントンが演じるヒーローに対し、ドン・チードルが演じる役はたいていいつでも我々一般人と等身大だ。だからこそスーパーヒーロー的な役はこれまでやる機会はなかったし、これからもないだろう。本人もそんな役はまるで望んでいないに違いない。


一方、チードルのなんとはなしの馴染みやすさは、我々と同じ目線で物事を考えているという仲間意識を強く喚起する。ヒーローらしくないヒーローもの「ホテル・ルワンダ」が成功しているのは、まさしくそのチードルの持つキャラクターが役とうまくマッチしていたからだし、「クラッシュ」だってそうだ。「再会の街で (Reign Over Me)」でアダム・サンドラーがやたらとチードルに絡んだのもそのせいだ。彼にならどんな悩み事も相談できそうな気がする。


あるいは、時として見せる飄々とした味によって、「オーシャン」シリーズや「トーク・トゥ・ミー」みたいな役を振り当てられることもある。いずれにしても「トーク・トゥ・ミー」でやったことは、市井の人々が日頃感じていること考えていることを口にしたというに過ぎず、チードルが体現したのは、我々一般人と同じものの考え方にあった。


そのチードルが初めて、どちらかというといかにもヒーローっぽい作品に主演する。いや、ヒーローというのとは違うかもしれない。なぜならチードルが今回演じるのは、テロリストのブレインとして爆弾の仕掛けを請け負う破壊工作者だからだ。自分の信じているものから裏切られたと感じたことからの転向の結果であり、根っこはこれまでのチードル同様、真面目で真摯なキャラクターなのだが、生まれた場所と時代のせいでテロリストの片棒を担ぐことになった。多かれ少なかれどんな人間でも環境に流されずに生きることは難しい。もし異なる時代のどんな場所で生まれても屈強な意志を持って周りと関係なく生きることのできる人間というのは、むしろどこかがおかしいと言うべきだろう。


結局チードル演じるサミールが選んだ、というかたどり着かされたのは、白人社会に対する絶望と復讐だった。サミールはテロリスト相手に爆弾を売りさばくと共に、その作り方、仕掛け方を教える武器商人として暗躍していた。そういう仕事をしている者がFBIの網の目にかからないわけはなく、ある時、サミールが武器を売りつけようとしていたオマールを逮捕する場に居合わせたサミールも一緒に逮捕される。


最初サミールのことをまったく信用していなかったオマールだが、刑務所で孤立を恐れず信念を貫くサミールを見たオマールは、脱走する時にサミールを誘う。娑婆に出たオマールとサミールは共同で世界中でテロリスト活動を開始する。最初にその標的として選ばれたのはニースの英国大使館だった。テロは成功し、監視カメラに映っていたサミールを追うFBIのクレイトンとアーチャーは、着実にその包囲網を狭め、アメリカに戻ってきていたサミールを射程距離内にとらえる‥‥


「トレイター」は、むろん一般的に流布しているチードルのパブリック・イメージを抜きにしても楽しめるが、グッド・ガイ・チードルがテロリストに扮して罪なき一般市民をテロの犠牲にするという意外性こそが作品の醍醐味というかポイントであるため、やはりできればこれまでチードルが演じてきた役をざっとでも知っている方が作品をより楽しめるのは言うまでもない。これがあの庶民の味方のチードル? 本当は違うんでしょ、でも、FBIはどう見ても本気でチードル追っているし、やっぱりあのチードルがテロリストになっちゃったわけ? という意外性、スリル&サスペンスは、「ホテル・ルワンダ」を見ているとより楽しめる。


一方でそのことがまたある種の観客にとっては興醒めとなることも事実だ。物語と関係ない背景が、物語にのめり込むことを禁じてしまうからだ。実際、私が見聞したところでは、「トレイター」はそういうチードルのこれまでのキャリアがちらつくことによって逆に物語が拡散してしまい、純粋なスリルとサスペンスを醸成していることに失敗している、というような意見がいくつかあった。この意見に絶対的に反対と大声で言えないところがチードル・ファンの私としてはちょっと悔しいところだが、そういう意見が表立って現れてくることこそ、チードルが今では黒人を代表する俳優の一人と見なされていることの証明でもある。


そういう主演のチードルがどうのこうのという話題の陰に隠れているが、脇を固めるガイ・ピアースやニール・マクドノーというヴェテランにも見るべき点は多い。特にピアースなんて、出演作があるなら主演として登場しそうな人気と知名度があると思う。しかしここでは、残念ながら「逃亡者」でハリソン・フォードを追うトミー・リー・ジョーンズが体現した猟犬のような緊迫感を醸し出すまでには行っておらず、重要な脇以上のものではない。これはマクドノーも同じで、彼らを描き込むことによって話に奥行きを与え、一方でサミールという人間を浮き彫りにすることが狙いだったはずだが、これも中途半端に終わったという印象は否めない。


特にピアース演じるクレイトンは、準主役的な位置づけでサミールを追い続けるのだが、このキャラクターを生かし切っていないのが惜しい。要するにこういう役を描き込むためには、当然ながら本当の主役を描き込んで対比させなければならない。一方サミールは、彼が本当にテロリストか、何か裏の狙いがあるのかという謎めいたキャラクターで引っ張るため、そのサスペンスを持続させるためには彼の過去を描き込みすぎるわけにはいかない。その辺のジレンマがあり、バランスをとることが非常に難しいため、結局クレイトンを生かし切れていない。ちょっとここでのピアースはもったいない使われ方だったように思う。


一方、 サイード・タグマウイ演じるオマールや、テロリストの首謀者ファリードを演じるアリィ・カーン等は、いい味を出している。特にタグマウイは、こないだ「バンテージ・ポイント」でも見たと思ったらすぐに次作が公開、しかも今秋からはABCの人気ドラマ「ロスト」でのレギュラー出演が決まっているそうで、かなり旬。「バンテージ・ポイント」で共演したマシュウ・フォックスも「ロスト」レギュラーであり、「ロスト」繋がりだ。「トレイター」でのタグマウイは最初サミールに反発するが、いったん信用したらとことんまで信用する根が純な役どころで、好演している。脚本/監督のジェフリー・ナクマノフは「デイ・アフター・トゥモロー」の脚本の人で、これまでにもいくつか監督作があるようだが、本格的なハリウッド作品の演出としてはこれが初めて。次から次へとどんどん新しい演出家が現れる。







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