放送局: ABC

プレミア放送日: 5/10/2007 (Thu) 22:00-23:00

製作: ザ・ジンクス/コーエン・カンパニー、ワーナー・ブラザースTV

製作総指揮: ダン・ジンクス、ブルース・コーエン、デイヴィッド・ヌッター

監督: デイヴィッド・ヌッター

脚本: デイヴィッド・ディジリオ

撮影: ピーター・メンズィース

美術: スコット・マーフィ

編集: ポール・カラシック

出演: マシュウ・ボマー (ジェイ・バーチェル)、ローガン・マーシャル-グリーン (タイラー・フォグ)、アーロン・スタンフォード (ウィル・トラヴェラー)、パスカル・ハットン (キンバリー)、ヴァイオラ・デイヴィス (ジャン・マーロウ)


物語: ジェイ、タイラー、ウィルの3人は大学で2年間を同じ屋根の下で暮らした親友同士だった。卒業記念に彼らはニューヨーク旅行を計画し、メトロポリタン博物館の中をローラーブレードで走ってそれをウィルがヴィデオテープに収めるといういたずらを企てる。館内騒然、無事セキュリティを振り切って館外に脱出、興奮してウィルの携帯に電話をかけたジェイとタイラーに、ウィルは謎めいた言葉をかける。その直後、博物館は轟音と共に爆破される。その瞬間から、ジェイとタイラーは米国のすべての警察機構から追われる身となった‥‥


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アメリカのTV界のシーズンは毎年9月下旬に始まり翌年5月いっぱいで終わる。もちろん成績のよくない番組は途中でキャンセルされるから、すべての番組が一斉に始まって一斉に終わるわけではない。どのネットワークの年明けくらいから順繰りに成績の悪い番組を棚上げし、代わりに控えの番組を投入し始める。


ところが、今年は何の因果かネットワークが編成するその手の差し替え番組がどれもこれも失敗する。むろん近年はケーブルTVの躍進も著しいため、簡単には番組は当たらないというのが常識となりつつあるが、それにしても当たらない。出す番組出す番組がことごとく失敗している。ABCの「グレイズ・アナトミー」がこういう差し替え番組として出てきてここまで成功したのはつい数年前の話だというのに、たった数年でなぜここまで不作になる。特に番組の質が悪いという風にも見えないのだ。


理由にこと欠いてかマスコミがいかにももっともらしく挙げた一番の理由が、夏時間のせいだというものである。アメリカでは夏の日照時間を有効に使い、エネルギーを節約するために、ほとんどの州で夏時間 (正式にはデイライト・セイヴィング・タイム) 制が施行される。要するに時計を1時間進め、日没時間を1時間遅らせるわけだ。これによって人は外で遊ぶ時間が長くなる。本当にそうなるのは、実際に暗くなるまで人が外にやたらといることで実感できる。日没の遅い南国で子供たちが結構夜遅くまで外で遊んでいるのと同じである。


その夏時間、通常は毎年4月の第1週から始まるのだが、今年から例年より3週間も早い、3月第2週からスタートすることになった。一方、ネットワークが差し替え番組を投入し始めるのは、だいたい例年3月中旬以降から本格的になる。そうやって新しい番組を編成し始めたら、人が家にいなかったというもので、成績がよくないのも道理というわけである。なにやらこじつけくさい気もしないではないが、アメリカに住んでいて夜8時過ぎまで明るく、夜遅くまで外で酔漢の上げる声が止まない状況を体感していると、実はそれなりに説得力がないわけではない。


一方で、こういうこじつけくさいへ理屈をこねないといけないくらい、今年のネットワークの差し替え番組は成功しなかった。実際、それなりに成功したのは夏時間以前から投入されていたCBSのシットコム「ルールズ・オブ・エンゲージメント (Rules of Engagement)」と、FOXのクイズ・ショウ「アー・ユー・スマーター・ザン・ア・フィフス・グレイダー? (Are You Smarter Than a 5th Grader?)」だけだ。それとて同じく2月に編成された、私が個人的に注目していたNBCの「ザ・ブラック・ドネリーズ」は惨敗しているなど、やはり夏時間だけがネットワークの不振を説明するものではない。実際、ケーブルTV番組はそれなりに健闘していたりするのだ。ではやっぱり質の問題かというと、どうもそのせいだけとも思えず、明確な理由が見つからないから厄介なのだ。


さて、ABCの「ザ・トラヴェラー」は、シーズンも押し詰まった5月中旬にプレミア・エピソードが編成された。現在ABCで最も高い視聴率を稼ぐ「グレイズ・アナトミー」の直後ということは悪くないが、番組第2回が放送されたのはその3週間後、シーズンが終わってからというのは理解に苦しむ。「トラヴェラー」は、テロリストの疑いをかけられた若者の逃避行を描くドラマであり、話は一話完結ではなく、一つのテーマに沿って毎回話が展開していく「24」的なドラマだ。それをプレミア・エピソードを放送した後、3週間も間を開けてしまったんでは、お、面白そうだなと思った視聴者の興味を削いでしまうことおびただしい。これではわざわざ視聴者に続きを見ないでくれと言っているようなものだ。


実は「トラヴェラー」のプレミア・エピソードは結構面白い。だからこそそういう感想を持ったわけだ。エール大学を卒業した親友3人が、卒業旅行としてニューヨークを訪れる。実は最後の大きないたずらとして、メトロポリタン博物館の中をローラーブレードで駆けずり回り、その模様をヴィデオ・カメラで録画しようというのだ。ジェイとタイラーは無事いたずらを成功させ、散々セキュリティの面々を引き回した後、館外に脱出する。打ち合わせ通り録画を担当していたウィルに連絡を入れると、ウィルが「こうするしかないんだ」という謎の言葉を漏らした直後、博物館は大爆発を遂げる。唖然とし、そして驚愕するジェイとタイラー。


彼らは、自分たちがテロリストとして指名手配されるに違いないことを悟る。ウィルの謎の電話のことを考えると、彼が実際にテロに関わっていた可能性は高く、しかも連絡がとれない。彼は爆発に巻き込まれて死んでしまったのか。迷った挙げ句、ジェイとタイラーは逃げることを選択する。テロリストとして追われるのは嫌だが、自分たちの言い分を警察が信用してくれるとも思えず、さらに友人に本心を訊かないまま捕まりたくない。もしその友人が、何かの理由があってこういうことに足を突っ込まなければならなくなったとしたらなおさらだ。


というわけで、ジェイとタイラーの二人はプレミア・エピソードの間中ニューヨークの街中を逃げ回るわけだが、これが結構見てて楽しい。たぶんある程度はニューヨークに模した、例えばカナダの街とかでも撮影しているんじゃないかとも思えるが、いかにもニューヨーク的な名所もいたるところにあり、現地撮影を敢行している部分も多い。実はメトロポリタン博物館は番組の中で実際にメトロポリタンと固有名詞を言っているわけではない。実際に真似するやつが現れたら困るからだろうが、しかし、ニューヨークを代表する最も大きな博物館というと、誰がどこから見たってメトロポリタンだ。その中をローラーブレードで滑走する。


いくらなんでも本当にこういう撮影の許可が得られるとは思えないからセットとCGの両刀使い、それに似たような博物館かホテルなような建築物を利用しているかもしれない。いずれにしてもかなり本物くさくよく撮れている。しかも最後は爆破されてしまうのだ。人類の歴史上の宝が一瞬で塵芥となって消えてしまう。本当にそうなったら9/11並みの衝撃度、いや、それ以上かもしれない。ついでに言ってしまうと、そのことにある種の自虐的な爽快感まである。「デイ・アフター・トゥモロー」で、氷河期に襲われたニューヨークで、パブリック・ライブラリーの貴重な文献を燃やして暖をとっていたというシーンを思い出す。要するに、見ててつい引き込まれる。


その後にジェイとタイラーが逃げ帰るホテルは、これは背景から判断してどう見てもウォルドーフ・アストリアで、おいおいあんたら、たかだか学生の身分でいいホテル泊まってんじゃないか。ウォルドーフ・アストリアと言えば4つ星の、大統領がニューヨークを訪れる時に泊まるホテルだぞ。しかもなんか部屋が広く、まるでスイートみたいだ。いくら3人で泊まって割り勘といっても、なにやら結構羨ましい身分だ。そこで彼らがTVのスイッチを入れてみると、当然メトロポリタン爆破事件がトップ・ニューズで、館内をローラーブレードで駆け回るという大バカなことをしたジェイとタイラーがしっかりとセキュリティ・カメラに映っていた。これで彼らはもう一人前の犯罪者だ。


そのホテルも当然すぐにFBIが急襲するが、ジェイとタイラーは間一髪のところで追っ手から逃れる。プレミア・エピソードの後半はニューヨーク市内を逃げ回るジェイとタイラー、それを追うFBIのいたちごっこになるわけだが、ジェイとタイラーはありとあらゆるところを走り回って逃げるために、市内の至るところが背景に映り、かなり気の利いたマンハッタン観光案内になっている。結構見覚えのあるシーンが頻出するので、たぶんほとんどのところを実際にマンハッタン内でロケしているのではないかと思う。「ジャグラー ニューヨーク25時」を思い出した。


ジェイとタイラーは二手に分かれて逃げるが、まずタイラーがFBIに追いつかれ、それを見たジェイがタイラーを助けるために、まだ市内に爆弾を仕掛けてある、彼を釈放しないとそれを爆破するとブラフをかけ、その手がうまく行ったかと思った次の瞬間には二人ともついに捕まってしまうが、今度は謎の黒人が現れて彼らを救い出すなど二転三転する。プレミア・エピソードの最後はブルックリン・ブリッジで幕切れを迎えるなど、てんこ盛りの内容なのだ。いやいや、つい熱心に見ちまった。


しかし番組としての興奮と面白さの大半は主としてプレミア・エピソードが担っており、第2回以降がプレミアと同じくらい面白いかというと、特にそうだとは言えないところが残念なところだ。第2回以降は、ジェイとタイラーが政界に力を持つタイラーの父親の援助を求めてマンハッタンを去り、舞台は郊外に移る。そうすると、やはり話はマンハッタンを背景とするプレミアほどエキサイティングなものにはならないのだった。そりゃそうだろうと思う。ほとんど人影もない山ん中や無人の工場が舞台なのとマンハッタンが背景なのとでは、ほとんど勝負になるまい。


一方、マンハッタンにこだわらずにアメリカ大陸横断ものとしてみると、またそれはそれで面白くないことはない。番組がやろうとしていること、つまり逃亡しながらの全米行脚という点こそ、かつてABCが「逃亡者」でやって人気を博した理由であり、今回はそれに主人公がテロリスト (と思われている) という新機軸が挟まる。要するに、「逃亡者」プラス「24」あるいは「エネミー・オブ・アメリカ (Enemy of the State)」だと考えると、それはそれでまた面白い。プレミア・エピソード以来消えてしまったウィルの本当の素性は何かというミステリの要素もある。彼は巧妙に自分が存在した痕跡を消し去っており、実は彼が写っている写真はこの世に一枚もなかった。ウィルの写真家のガール・フレンドですら、彼が指名手配されて初めて写真が一枚もないことに気づくのだ。果たしてウィルはいったい何者か、本当は彼はこの世に存在していたのか。こういう謎がちりばめられており、うまくやればかなり面白いものができそうだ。


できそうなのであるが、やはり近年の視聴者はそうやって番組が発展していくのを悠長に待つほど気長ではなく、プレミア・エピソード以降、案の定視聴率は下降し始めた。そうなるんじゃないかと思ったよ。この分じゃ番組が追加エピソード製作の注文をABCから受ける可能性はほとんどなさそうだ。実際の話、「逃亡者」のTV版リメイクが製作放送され、すぐにキャンセルされたのはつい数年前の話なのだ。「トラヴェラー」はその時の「新・逃亡者」より面白いと思ったのだが、たぶんこちらもキャンセルはほぼ秒読みの段階と見てよさそうだ。アメリカのTV界を見ていると、ヒット番組の製作は本当に難しいと心から思う。   







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The Traveler

ザ・トラヴェラー   ★★★

 
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