北極海を抜けて太平洋と大西洋を結ぶ航路には、ユーラシア大陸の北側を通る北極海航路と、北アメリカ大陸のカナダ北極諸島の間を抜ける北西航路がある。アジアとヨーロッパを最短距離で結ぶこれらの航路は、南回りの航路はスペインとポルトガルが独占していた18-19世紀当時、他のヨーロッパ諸国にとって発見が熱望される航路だった。
しかし大小無数の小島が点在し、冬季は氷結する場所での航路の発見は、予想より困難を極めた。とはいえ19世紀も半ばになると北極海の海図もだいぶ充実したものとなり、前人未到の地も残り少なになっていた。北極海制覇は時間の問題になっていたと言える。
そこで北西航路の発見のため、1845年、ジョン・フランクリン船長率いる二隻の英国海軍船が北極海に入る。そしてこの探検団が全滅し、一人も生きて帰ってくることはなかったというのは、現代に住む我々には既に周知の事実だ。
海千山千の強者たちである。特に航海をなめていたわけではなかったろうが、多少の気の弛みはあっただろうというのは想像に難くない。船や機材は最新設備を揃えていたし、経験もあった。氷に閉じ込められても大丈夫なように、3年分の食料と暖房を備蓄していたという。誰もがこの航海によって北西航路が発見されることを信じて疑っていなかった。
彼らは19世紀初めに実用化された缶詰めという文明が生み出した最新常備食も装備していたが、それが実は欠陥製品だった。鉛による溶接が不完全であったために鉛が内部に溶け出し、それを食った水夫たちは内臓に障害を負った。やがてフランクリンも命を落とし、探検隊は船を捨てて陸路カナダを南下する挙に出るが、すべては遅過ぎた。
番組はフランクリン探検隊の足跡を辿るジョン・レイが、事情を知るエスキモー (イヌイット) に話を聞くという描写で始まる。要するに探検隊が全滅したというのは既に明らかだ。探検隊の一挙手一投足、一瞬の判断のすべてが間違いであることが自明であり、だからそこに行っちゃいけないんだ、その判断は誤りなんだと思っていても、番組の中のキャラクターは、その自滅破滅に向かって着々と行進を進める。
乗組員は低体温症、飢え、鉛中毒、壊血病に冒され、最終的にカニバリズムに達したことが証明されている。徐々に、確実に、死が間近に迫ってくる。もしかしたら死ぬかも、ではなくて、手を伸ばせばそこに確実にいるだろう死が、ほとんど体感できる。本気で怖い。
探検に用いられた二隻の船のうち、一隻はテラー号という名がついている。元々は戦艦だったそうだから、テラー号というのは、相手をびびらせる狙いもあったかもしれない。それが船そのものがテラーとなってしまう。現在では2014年にエレバス、一昨年にはテラー号も海中から発見されている。ほぼ無傷のまま海底に沈んでいたそうだ。