The Taste of Others (Le Gout des Autres)

ムッシュ・カステラの恋 (他人の味)  (2001年3月)

先日、うちのオフィスのボス (女性) と同僚 (男性) の3人で一緒にランチを食べた。その時に話題になったのが、この「他人の味」である。実は恥ずかしいことだが、既にニューヨーク地域で公開して一と月になるこの作品を、私はまったく知らなかった。そしたらこの二人が、この作品のことをえらく誉める。


実は実際に見ているのはボスだけで、同僚の方はまだ見てなかったのだが、ボスは絶賛しており、同僚の方はまだ見てはいないが、映画オタクの彼は既に色んなところでこの映画に関する評を読んでおり、面白いのは間違いないだろう、近々のうちに見る予定だという。彼と私の映画の趣味は結構似通っており、彼の推薦する映画を見てこれまでに外したことがほとんどないので、俄然興味が湧いてきた。それで、これがフランス映画で、日常を題材にしたコメディ/ドラマということくらいの前知識しか持たずに、いそいそと劇場に出かけた。


一応フランスの市井の人々の生活を描く群像劇ということになるんだろうが、その軸となるのは、中規模の工場を経営している中年の男カステラ (ジャン=ピエール・バクリ) と、妻子もある彼が横恋慕することになる舞台女優のクララ (アン・アルヴァロ) である。それに俳優たちがたむろするカフェのバーメイド、マニー (アニエス・ジャウィ)、カステラを護衛するボディガードのモレノ (ジェラール・ランヴァン)、運転手のデシャン (アラン・シャベイ) らを中心に話は展開する。


スロウな出だしと人間関係がつかめなかったことで最初戸惑ったのだが、いったんそれらが頭に入ると、後はすんなり物語に没入できた。というか、のめり込んだ。日常の生活を描きながら、それに別の角度から光を当てることで、普通の生活が、まったく別のスリリングなものになってしまうという感じの作り方に私は弱いのだ。最近とみに恋愛ものから足が遠のいてきているが、こういう作り方や、先週見た「ザ・メキシカン」のような恋愛ロード・ムーヴィ的なものだとまだまだいける。


映画を見た後、慌てて評をチェックして、この映画がマニー役として出演もしているジャウィの初監督作であることを知った。私生活でのパートナーはこの映画にもカステラ役で出ているバクリで、共同で脚本も書いている。バクリとの共作でアラン・レネの「スモーキング/ノースモーキング」や「恋するシャンソン」の脚本もものにしているから、その辺で演出も学んだのだろう。しかし初監督作にしては、このセンスはただものではない。実に手慣れたもので、私は大いに感銘を受けた。移動撮影のさりげないうまさや、いったんカメラがとらえている被写体が画面から消え、また入ってくる辺りのセンスなど、人から学んだというよりは天性のものを感じさせる。


日常の生活を題材としたコメディ・ドラマで、しかも初監督作でこれだけのものを撮ったということで、「他人の味」はサム・メンデスの「アメリカン・ビューティ」を想起させる。しかもアメリカではこれが初公開とはいうものの、「他人の味」は1999年作品であり、実質上同時期の作品だ。「アメリカン・ビューティ」が悲劇で終わるブラック・コメディであるのに較べ、「他人の味」の登場人物は、ハッピー・エンドになるものもいれば、そうでないものもいる。ペーソスを感じさせる作りなのだが、それがまたヨーロッパ的だ。


バクリは一見冴えないどこにでもいる普通の中年のおっさんなのだが、この人、この冴えない風体で「ヴァンドーム広場」では主演のカトリーヌ・ドヌーヴとのベッドシーンまで演じていた。フランスでは中堅どころの俳優として重宝されているのだろう。こんなうだつの上がらなさそうなおっさんがもてはやされていそうなところを見ると、フランスっていい国なんだなと思ってしまう。


それにしても「ヴァンドーム広場」でも思ったんだが、フランスってやっぱり色恋が人生の最大の楽しみ、というか、生きる理由なんですね。長年連れ添った妻がいるのに、新しい恋に目覚め、ラヴ・レターをしたためる中年男や、10年ぶりに会った男とベッドを共にしたその翌日には、その男が連れてきた男とできてしまうバーメイド、しかもそれらが悪気もなく、さも当然のように語られるので、こちらもついついそんなものかと思ってしまう。でも、やっぱり、フランス人が皆こんななら国が混乱しそうな気がするんだが。


ところで、この「他人の味」っていう邦題は多分フランス語の原題の直訳だと思うが、もうちょっとなんとかならなかったものか。英題でも「テイスト・オブ・アザース (The Taste of Others)」とほぼ直訳になってるが、これだとまだ「他人の趣味」みたいな意味にもとれるから、それほど違和感はない。しかし「他人の味」って、なんか二流のスプラッタ・ホラーみたいなのを想像してしまう。こんなにセンスある内容なのに、これではもったいないというか、客が呼べないんじゃないかと他人事ながら心配になる。日本ではまだ昨年の横浜フランス映画祭で特別公開されただけで、一般公開の予定は立ってないみたいだが、その時はも一度タイトルを考え直した方がいいのではないか。「他人の味」は、今年のアカデミー賞の外国語映画賞にもノミネートされている。是非とらせてあげたいが、今回は「グリーン・デスティニー」があるから、まず無理だろうなあ。



追記 (2001年11月): やっと日本でもフランス映画祭での初公開から1年経って一般公開が決まったようだが、タイトルがその時の「他人の味」から「ムッシュ・カステラの恋」と変わってて一安心。そちらの方がよほどいいタイトルだと私も思う。 







< previous                                      HOME

 
inserted by FC2 system