クレイグ・ゼイダン、ニール・メロンといえば、アメリカTV界において、ほとんどこの二人がミュージカルという分野を牽引していると断言して差し支えないほどのヴェテラン・プロデューサーだ。昨年のNBCのミュージカル・シリーズ「スマッシュ (Smash)」を筆頭に、ABCの「シンデレラ (Cinderella)」、「アニー (Annie)」、「ジュディ・ガーランド物語 (Life With Judy Garland: Me And My Shadows)」、映画「シカゴ (Chicago)」等、映画、TVシリーズ、TV映画等々、プロデュースした作品の数々は枚挙に暇がない。
だからゼイダン/メロンがまたTVミュージカルを製作すると聞いても、特に驚きはしなかった。それがクラシックの中のクラシック、「サウンド・オブ・ミュージック」と聞いても、やはり特になんの感懐も持たなかった。ヴェテランのプロデューサー・コンビだ。今さら「サウンド・オブ・ミュージック」と言っても、特には驚かない。
しかし、それがライヴ・ミュージカル、生放送となれば話は別だ。生放送は生放送でも、例えばNBCの「ER (ER)」や同じくNBCの「30ロック (30 Rock)」が一エピソードを生放送したという、シリーズの中の一話のみという話なら他にもいくつかはある。しかし生放送のTV映画というと、覚えている限りでは、近年では2000年にCBSが放送した、クラシック・スリラー「未知への飛行 (Fail Safe)」のリメイクくらいしか思いつかない。「未知への飛行」は題材のせいもあって話の展開だけでも充分緊張させてくれたが、今回はその上さらにミュージカルだ。
考えれば、舞台やブロードウェイの人間は毎回失敗できない生の舞台をこなしているわけで、それを考えれば、たとえTVの生中継であろうとも、本人たちにとってはやることは同じで何も違いはないということなのかもしれない。舞台と違って、TVではたとえ生であろうとも確実に定期的なインターヴァルでコマーシャルが入る。その時に小さな打ち合わせや変更、改訂を加えることも可能だ。むしろTVは舞台より楽と思っていることもあり得る。
とはいえ、もし失敗したらその打撃は、舞台とは比較にならない。舞台では、たとえ失敗してもそれを目にするのはせいぜい1,000-2,000人、多くても3,000人程度だろう。しかしTVではその1万倍の人間が一斉に同時に視聴している。文字通りやり直しは利かない一発勝負だ。
実際、2004年にPBSが再放送した1957年製作のジュリー・アンドリュース主演のCBS版「シンデレラ (Cinderella)」は、生放送のミュージカルで、番組のでき如何よりも、生放送という緊張感の方が印象に残っている。ミュージカルが生放送に適しているかどうかはともかく、記憶に残るのは確かだ。
一方今回の生放送は、舞台よりも、同じく映像媒体であるロバート・ワイズ演出、ジュリー・アンドリュース、クリストファー・プラマー主演の映画版「サウンド・オブ・ミュージック」と比較されるのは最初からわかりきっていた。その点、主演の二人、マリアに扮するキャリー・アンダーウッドと、フォン・トラップ大佐に扮するスティーヴン・モイヤーは、最初からかなり分の悪い勝負に挑戦させられていたと言える。
番組では2曲目、修道院の日々の業務をサボって、マリアが森の中で「ザ・サウンド・オブ・ミュージック」を歌う。聞き覚えのある音楽が流れてきた一瞬、映画ではこの曲を、アルプスの雄大な景観をバックに空撮で歌ったアンドリュースの姿が目の前に明滅する。が、もちろんライヴTVミュージカルではそんな大仰な演出なぞできるわけがなく、ちゃちい森のセットの中で歌うアンダーウッドがいるだけだ。
媒体が違うというのは重々承知だが、しかしそれでも多少失望するのは抑えられない。そりゃあワイズ作品と較べるのは、誰にとっても荷が重い。しかし「ザ・サウンド・オブ・ミュージック」を歌うアンダーウッドが森の中をあっちに行ったりこっちに来たりする様が、いかにも監督の指示通りという感じで、そりゃあCDを何百万枚も売っている売れっ子のカントリー・シンガーだから歌がうまいのは確かであるが、演技という点では合格点はあげ難い。よく言えば初々しいという見方もできようが、もうちょっとなにかね、こう、心の中から歌が好きで好きでたまらないというような自発的な喜びのようなものを見せられないものかね、とやはりアンドリュースと比較してしまうのは避けられない。
アンダーウッドは名にし負うFOXの「アメリカン・アイドル (American Idol)」の、2005年の第4シーズンの優勝者だ。カントリーはアメリカの演歌と言える根強い人気のあるジャンルであり、「アイドル」はどうしてもカントリー系のシンガーに票が集まることが多い。私はカントリー系の音楽はほとんど右から左へ耳を抜けてしまい、まったく興味が持てないため、「アイドル」でもアンダーウッドは応援していなかった。なんというか、対立すると後で何されるかわからない裏表のありそうな子だなと勝手に思っていたので、今回もそれがマリアかという先入観があったのは事実だ。しかし、それでも、やはりあともうちょっとは演技のできる子を連れて来れなかったものか。歌えて演技のできる子なんて、アメリカには腐るほどいるだろうに。
しかし今回のキャスティングは、既にカントリー界では大スターのアンダーウッドのファンにTVを見させるということにあったようだから、そう言っても詮無いことだろう。その点で言えば、アンダーウッドくらい若くて人気があってマリアを演じられそうなシンガーというと、確かに他にほとんど思いつかない。レディ・ガガのマリアは‥‥見てみたい気もしないではないが、たぶん実現の可能性はなかろう。ピンクだと任侠マリアになりそうだし。同様に「アイドル」出身で、夏まで「スマッシュ」に主演していたキャサリン・マクフィーとかならばっちりはまりそうな気もするが、しかし彼女が出ているからといって視聴率が上がるわけではないのは、その「スマッシュ」がキャンセルされたことからもわかる。ビジネスを優先させた場合、アンダーウッドの抜擢というのは確かに一理ある。
一方、その相方を務めるモイヤーのキャスティングも、実は今一つしっくり来ない。モイヤーといえば、誰もが思い出すのはHBOのヴァンパイア・ドラマ「トゥルー・ブラッド (True Blood)」の主人公だ。ヴァンパイアだ。それがここでは厳格な7児の父だ。そのギャップで既に結構違和感ある上、彼は7児の親にしてはどう見ても若過ぎる。長女は16歳、もうすぐ17歳になるのだ。なのにモイヤーはせいぜい30代前半くらいにしか見えない。長女をもうけたのは15歳の時か。
また、モイヤーは演技はともかく、こちらは歌がぱっとしない。どこかの評で、「レ・ミゼラブル (Les Miserables)」のラッセル・クロウほど下手ではないが、プラマーほどうまくもないと評せられていて、思わずその通りと思った。アンダーウッドほど注視されていないが、モイヤーは実際の話アンダーウッドよりミスキャストとすら言える。こちらもこの人選は、「トゥルー・ブラッド」の若いファンを取り込もうという腹なのが見え見えだ。ただしこの二人を取り囲む脇の面々、特にマザー・アベスを演じるオードラ・マクドナルドはとてもいい。アンダーウッドと一緒の絵に収まると二人の差が歴然で、20年前ならマクドナルドを起用して黒人のマリアで「サウンド・オブ・ミュージック」が作れただろうにと思うのだった。
とまあ難癖つけてしまうが、では番組が面白くないかというと、やはり生ミュージカルというのは緊張感もあって、最後まで楽しく見れる。多少の欠点なんか、ライヴという臨場感、緊張感が帳消しにしてしまうのだ。実際、番組は狙い通りに高視聴率を獲得し、NBCは既に来年も同様のライヴ・ミュージカルの製作放送を決定している。次作は「ピーターパン」になるそうだ。ああしかし、誰がピーターパンを演じるのか。ウェンディは? ティンカー・ベルは? キャプテン・フックに合う役者はそこそこいそうな気がする。しかしこのキャスティングは、「サウンド・オブ・ミュージック」より難しそうだ。