The Singing Detective


歌う大捜査線  (2003年11月)

原因不明の皮膚病で全身が爛れて入院しているミステリ作家のダン・ダーク (ロバート・ダウニーJr.) は、手足を動かすことすらままならず、段々妄想の世界に入り浸るようになる。自分のミステリで描く50年代のフィルム・ノワールを舞台に、そこには主人公の自分や母、妻、その他想像の人物が入り乱れ、しかも時にミュージカル仕立てとなってダンの心を侵食していくのだった‥‥


___________________________________________________________


本当はニコール・キッドマンとアンソニー・ホプキンス主演の「白いカラス (The Human Stain)」を見に行こうとしていたんだが、評がよくない。そのほとんどでホプキンスとキッドマンがミスキャストと断じられている。というわけで、どうしようかと悩んだ挙げ句、パスして「歌う大捜査線」を見に行くことにした。そしたら、こちらも一筋縄では行かない作品であった。


「歌う大捜査線 (The Singing Detective)」は、マイケル・ガンボン主演で80年代に製作された同名英国製TVミニシリーズのリメイクである。オリジナルでは大胆にも主人公の名はフィリップ・マーロウだ。今回のリメイク版と設定自体はほとんど変わらないらしいが、私はそちらの方を見たことがあるわけではないのでよくわからない。


今回主演のロバート・ダウニーJr.は、麻薬所持で逮捕されては反省、リハビリ、そして再逮捕と、近年かなり危ない道を歩んでいるわりには、わりと途切れなく出演作が続いている。「歌う大捜査線」に続き、来週にはハリー・ベリーと共演の「ゴシカ (Gothika)」が公開だ。TVの「アリーmyラブ」でのシーズン・ゲスト出演の時に二度も逮捕された時にはさすがにプロデューサーからも愛想を尽かされて、この人、もう二度とハリウッドに復帰できないんではと思われたのに、それでもちゃんと出演作が続くというのは、人格的には悪い人じゃないからなんだろう。とはいえ、人間やめるか俳優やめるかぎりぎりのところにいるという印象は拭えない。


そのダウニーが冒頭、いきなり皮膚病で全身皮膚が赤くだらだらに焼け爛れているという出だしから、本当にこれはもう、人間やめるか俳優やめるかのところに追いつめられているのだろうなあという気持ちに襲われる。ほとんど正視に堪えなく、現在のメイキャップ技術の最先端を見せてくれるという点では参考になるが、段々気分が悪くなる。オリジナルでもここまでどぎつくやってたんだろうか。で、あまりにもどぎついので、前半部分はわりと目をそらしたりしてダウニーの顔を見るというよりも声ばかり聞いていたおかげで、今回、ついにダウニーを見る時に、いつも何か引っかかる思いをしていた理由に気がついた。つまり、ダウニーの声ってダスティン・ホフマンにそっくりなのだ。声の質だけでなく、喋る時の間の取り方までそっくりで、これだけ似ていて、どうして今まで気がつかなかったのかと思うほど。


ダウニー以外の出演者は、妻のニコラに扮するロビン・ライト・ペンを筆頭に、幼い時分のダンの母兼妄想の中での売春婦を演じるカーラ・グギノ、ダンの妄想に登場する二人の殺し屋にエイドリアン・ブロディとジョン・ポリト、看護婦にケイティ・ホームズ、主治医 (精神科医?) にメル・ギブソンと、なかなか錚々たるメンツを揃えている。


その中でも最もあっと言わせるのが、ハゲでメガネをかけた医者に扮するギブソンなのは間違いあるまい。この映画、ギブソンのプロダクションであるアイコンが製作に関わっており、そのために客引きの意味もあってギブソン本人が出ているのだろうが、どうせ出るならいつもと違うことをということになったのだろう。作品の冒頭にはアイコンのロゴが出るからギブソンが関係していることはそれで知れるが、しかしギブソン本人が出ているとは知らなかったので、最初、ハゲの医者が出てきた時、喋りだすまでは一瞬、これがギブソンだとは気づかなかった。メガネだって本当に度の入ったメガネをかけていたところを見ると、ギブソンも老眼入っているようだ。しかし、本人は結構楽しんでこの役をやったんではなかろうか。


殺し屋に扮する二人、コーエン兄弟作品常連のポリトはいつもと同様の役の延長線上だが、オスカー俳優となってしまったブロディは、実を言うと、こういう地に足のついてない役の方が向いているような気がした。考えると「戦場のピアニスト」だって地に足がつかず彷徨い歩く物語でもあったわけだが。ホームズは、最近「ギフト」「フォーン・ブース」と、ちょこっとだけ出てきて印象的な役どころ演じるのを目にするが、今回も出番はそれほどないにしてはわりと印象を残す。そういえば「ワンダー・ボーイズ」で既にダウニーと共演している。


ペンは準主演とでも言うべき位置にいながら、一人だけ真っ当な役柄であるため、癖のある他の脇のせいで霞んでしまった。この作品の女優では、やはり印象に残るのは看護婦のホームズと、ダンの身持ちの悪い母を演じたグギノだろう。グギノは、実は私は先日「スパイキッズ3-D」で初めて目にしたのだが、それから幾日も経たないうちにネットワークのABCの新番組「カレン・シスコ (Karen Sisco)」に主演、「アウト・オブ・サイト」でジェニファー・ロペスが演じた役を主人公に据えたこの番組は、今秋の私の一番のお気に入りの番組となった。今、最も旬の女優の一人だ。


こういう癖のある俳優に囲まれ、ダンが頭の中で考えていることや過去の記憶が交錯し、殺し屋が入り乱れ、いきなりミュージカルとなって登場人物が歌い踊りだすこの映画は、一言で言って荒唐無稽である。しかも私のようにオリジナルを知らなくて舞台設定をまったく知らない者が見ると、とにかく最初、面食らう。冒頭から焼け爛れたような顔のダウニーのアップが続くのだ。最初の30分間は、まずいな、ついていけない、どうしよう、帰ろうかなと思ったことは告白しておこう。実際、この映画についていけない者はかなり多いのではないだろうか。しかし、なんとなくダウニーの、俳優生命を賭けているような瀬戸際演技に釣られて最後まで見てしまった。いったん映画のリズムに乗ってしまうと、あとは最後まで一気だ。ダウニーは結局、これからもこんな役を演じ、合間にちょっとドラッグをたしなみながら、今後もずっと俳優業を続けていくんだろう。







< previous                                      HOME

 
inserted by FC2 system