The Sense of an Ending


ベロニカとの記憶 (ザ・センス・オブ・アン・エンディング)  (2017年3月)

「ザ・センス・オブ・アン・エンディング」はジュリアン・バーンズの同名原作 (邦題「終わりの感覚」) の映像化で、初老の男が過去自分が犯した過ち、あるいは犯さなかった過ちの記憶を再検証して自分の生の意味を確認するという話だ。


主人公のトニーは、デジタル全盛の現代に中古のフィルム・カメラを扱う店を経営している。要するによく言えば一徹、職人肌だが、裏を返せば頑固偏屈だ。おかげで妻マーガレット (ハリエット・ウォルター) とは離婚し、一人娘のスージー (ミシェル・ドッカリー) もそのせいでか男嫌いでゲイになってしまう。


トニーは悪い人間というわけではなかろうというのは、文句を言いつつも身重の娘の送り迎えをこなしたり、別れた妻との話に付き合っていることからもわかる。しかし生来の気難しさは直るものではなく、皮肉屋で付き合いにくそうな奴でもある。


ケンブリッジ時代はそこそこ色んな経験をして青春を満喫していたトニーだったが、思い返すとその後の40年間は退屈で平凡なものだった。人生もエンディングにさしかかろうとしているこの時期に、学生時代に付き合っていた女性ヴェロニカの母サラが死去し、サラが所有していた当時のトニーの親友エイドリアンの日記が彼に遺贈されるという連絡が入る。


実はエイドリアンはトニーがヴェロニカと別れた後にヴェロニカと付き合い始めたのだが、それでもどういう経緯で彼の日記がヴェロニカの母を経てトニーに贈られることになったのか、事情がわからない。さらに理解できないのはその日記は現在ヴェロニカの手元にあり、彼女に日記をトニーに渡すつもりはさらさらなさそうということだった。何十年か振りにトニーはヴェロニカに連絡をとってみる‥‥


若い頃のトニーを新人のビリー・ハウル、現在のトニーをジム・ブロードベントが演じていて、二人共とてもよい。だいたい英国人俳優は演技派と目される俳優が多いが、特に彼らは男尊女卑もしくは嫌味な男を演じさせると抜群にうまかったりする。本当はオレの方が偉いと思っているからこそ逆にレイディーズ・ファースト的な文化が発達したのではと私は思っている。


特にブロードベントは、これまでうまいとは思っても嫌味な男と感じたことはなかったのだが、今回はそういうキャラクターということを意図的に前面に出しているのだろう、ちゃんと扱いにくそうなやな奴という感じが出ている。一方、ヴェロニカの若い頃をフレイア・メイヴァー、現在をシャーロット・ランプリングが演じており、こちらもハウル/ブロードベントに負けず劣らずの非常によいでき。


映画はトニーの現在とケンブリッジ時代を交互に描く。曖昧混沌としている当時の記憶を探り出し、事実に光を当て、謎を解明しようとするのだが、それがかなり難しいことなのは、トニーの年齢に近づいてきた私自身の経験に照らし合わせてもよくわかる。記憶というものはだんだん薄れたり忘れたりする。昔伊丹十三がエッセイで、頭の片隅に追いやられた記憶をなんとかして引きずり出そうとするのだが、最近それがあまりうまく行かなくて不愉快、みたいなことをどこかで言っていた。


これは今の私にはとてもよくわかる。片づけてあるものを引き出しから探り出すようになんとか記憶の片隅から表面に引きずり出そうとするのだが、歳とってくると昔は簡単にできたこの作業がなかなかうまく行かない。周りの記憶から思い出して外堀を埋めるようにして本陣に達し、目指す記憶を思い出すと、してやったりという感じがして快感なのだが、歳とってくると、なかなかそれがうまく行かない。時間をかけても思い出せなくて、だんだん腹立ってきて結局諦める。


これはこれで苛立つが、それよりも厄介なのは、自分の頭の中で記憶が改竄捏造されてしまうことだ。昔のことを友人知人と話していて、記憶が食い違っているという経験を誰でもしたことがあると思うが、その頻度が歳とってくると高くなる。これではいったい何を根拠にものを考えればいいのかわからない。たとえ間違っていても自分の記憶はこうだったと自分で思っている以上、そこから始めるしかないのだろうか。というか、知らずに人は誰でもそうしている。じゃないと先に進めないからだ。


映画の後半は自分の記憶と事実の相違、真偽がだんだん明らかになり、知らずにいた事実にも光が射し、さながらミステリの謎解きの段階に入ったような展開になって俄然話が加速する。畳みかけるようにフィニッシュにもっていかれるので、映画を見終わった後に、自分の理解は間違ってなかっただろうかと思ってネットでストーリーを確認しようと思ったら、実はこの映画、最後が原作とはかなり異なるものとなっているそうだ。トニーは原作では事実を知った後もやはり虫の好かない初老の男のままであり、読者はその痛みを共有させられることになるらしいのだが、映画では結構甘味の入ったセンチメンタルなエンディングになっている。


私は原作を読んでないので映画は映画ですごく楽しめたが、原作を読んでいる者にとっては、結構毀誉褒貶分かれるというか、映画は原作におよばないと感じる者の方が多いようだ。それでも、出ている俳優は皆素晴らしいということだけは言える。










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ロンドンで中古カメラ店を経営しているトニー (ジム・ブロードベント) に知らせが入り、かつて学生時代に付き合っていたことのあるヴェロニカ (フレイア・メイヴァー) の母親サラ (エミリー・モーティマー) が死去し、遺言によって彼女が所有していた彼の当時の友人エイドリアン (ジョー・オルウィン) の日記が遺贈されることになる。しかしヴェロニカ (シャーロット・ランプリング) は、日記を彼に手渡すのを頑強に拒んでいた。実は学生時代、トニー (ビリー・ハウル) と別れた後、ヴェロニカはエイドリアンと付き合っていたが、その後エイドリアンは形而上的な理由から自殺、ヴェロニカとの連絡も途絶えていた。トニーは既に朧げになった過去の記憶を掘り起こし、果たして当時、実際には何が起こったのか、事実を再構築しようと試みる‥‥ 


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