The Pianist

戦場のピアニスト  (2003年2月)

ニューヨークは人種のるつぼであるわけだが、だいたいその地域に何系の移民が多いかということは、その地区のニューズ・スタンドに行ってみれば一目瞭然である。英語を解さないか苦手な人たち、あるいは自分の出身国のニュースに飢えている人のために、ニューヨーク・タイムズやデイリー・ニューズといった英字新聞に混じって、スペイン語、中国語、ロシア語、ヘブライ語等の新聞を置いているからで、そういった外字新聞の割合がどれくらいかで、だいたいその地域の人種層が知れる。


うちの近所はクイーンズではどちらかというと高級目の住宅街ということもあり、つまり、ということは、わりとユダヤ系が多い。ヘブライ語の新聞の充実ぶりは、多分ニューヨークでも1、2を争うだろう。それ以外にも、ロシア人も多いようで、普段近所を歩きながらロシア語もよく耳にする (私はロシア語を解するわけではないが、よく「スパシーボ」なんて言っているのを聞くし、外見からいってもまず間違いないだろう。) その上、東欧系の移民も多い。「戦場のピアニスト」の舞台となったポーランド系の人間も結構いるだろう。


なぜそういうことをいちいち書くかというと、この映画、ニューヨークでは昨年暮れから公開されているのだが、年明けに近くの劇場に行ったら、この映画を見るための長蛇の列ができていたからで、インディ系の映画しかかからないこの劇場で、切符を買う列が劇場の外にまではみ出しているだけでなく、さらにその列がブロックをぐるりと回っている。昨年、この劇場で「ゴスフォード・パーク」を見た時も、最初の数週間はいつもバカ混みで、すくまで一と月ほど待たなければならなかったのだが、今回はその比ではない。外見と年齢層の高さ、英語ではないヨーロッパ系の話し言葉からして、並んでいる客の何割かが実際にヨーロッパで戦争を体験しているのは間違いないと思われた。戦後50年、しかしまだまだその記憶は薄れていない。


ピアニストのウワディク・シュピルマンはワルシャワで家族と共に住んでいたが、ナチが侵攻してきたせいで、シュピルマン家は何度か住居の変更を余儀なくされた挙げ句、ゲットー住まいを強要される。ラジオでピアノを弾いていたウワディクだったが、今ではカフェでピアノを弾いてなんとか糊口をしのいでいた。ある日、ナチの列車で家族共々収容所に送られそうになるところを、彼だけがなんとか難を逃れる。しかしその日から、ナチの目を逃れて転々と隠れ家を変えながら生き延びるウワディクの生活が始まった‥‥


この映画、他の戦争映画に較べて特に戦闘やヴァイオレンス・シーンが多いというわけではないのだが、それでも前半部では人道的に残酷と言える描写が何か所もあるし、しかもそれらがいかにも唐突に出てくるので、かなり心臓に悪い。そういうシーンを冷酷とも言える徹底的な無慈悲さで描いているのだが、この辺は実際にゲットー体験をしているロマン・ポランスキーだからこそという感じがする。その上ポランスキーは戦後アメリカに渡ってからもカルト集団に妻を殺害されている。その時の殺害現場の凄惨さは当時かなり評判になっており、ポランスキーはその現場を見たはずで、そういった経験が影響しているのか、映画の中のビルの前で皆殺しになっている一家や、後ろから撃たれてひざまずいたまま前かがみになって死んでしまった女性など、ああいう死体の描写の生々しさというのは、これまでのどんな映画でも見たことがない。


「戦場のピアニスト」は、スティーヴン・スピルバーグが演出した「シンドラーのリスト」や「プライベート・ライアン」に較べると、もっとリアリスティックである。スピルバーグ作品も公開された当時はそのリアルさで話題となったりしたのだが、「ピアニスト」に較べればはるかにエンタテインメント性が高いというか、いかにもハリウッド映画という感触を受ける。その上、どうしても自分の意見を大上段にかざして説教くさくなるスピルバーグの戦争作品に較べると、どちらかというと淡々と事実描写に徹する「ピアニスト」の方が、はるかに戦争の悲惨さや無慈悲さをとらえているという印象が強い。少なくともこちらの方が、見てて心臓がきりきりとする。


後半、ウワディクはナチに捕まらないように逃げ続けるわけだが、生き続けるために、ウワディクは物音を立てず、ひっそりと暮らさねばならない。ピアニストとしてどのように音を立てるかを暮らしの糧としていた男が、今度は音を発することで命を奪われかれない境遇に陥るのだ。作品構成としての「ピアニスト」のドラマ性は、主人公が一極から別の極へ振り子のように振り回される、この部分に存している。


また、一方で、そういう作品だからこそ、最後の方でウワディクがナチの将校に促されて弾くショパンが、一際際立つということも言える。常套というか、ピアニストなんだから、どこかで絶対ピアノを弾く見せ場があるはずとは思っていて、多分それをクライマックスに持ってくるんだろうということも予想できて、それでもなおかつ、あのショパンは感動的だった。ショパンってどうも女々しい印象があるんだが、ここでは力強くて美しく、見事の一言。音楽家が音楽を奏でるというシーンは、これまで様々な映画で描かれており、名シーンも数多くあるのだが、それでも最近では突出してできがいいという印象を受けた。


ポランスキーはロリコンでもあり、まだ年端も行かない女の子にセックスを強要したとして訴えられたりしている。そういう資質は、戦争のような悲惨な体験をしたりすると倍加するのかもしれない。しかし、逆に言えば、そういう現実を身をもって体験しているからこそ、「反撥」や「ローズマリーの赤ちゃん」のような怪作がこの世に生まれたとも言える。いずれにしても、彼は体質的にホラーと相性がよく、「戦場のピアニスト」は、そういう彼の資質がうまい具合に一人の人間の究極経験という作品のテーマと合致したという感じがする。確かにこの作品は、ポランスキーじゃないと撮れなかっただろう。とはいえ彼は芸術家として身を立てることがなかったら、ただの変態オヤジでしかないのもまた確かなように思えてしまうのだが。


映画が終わってロビーに出てトイレに入ろうとしたら、その前で女性が倒れていて、それを連れの男性が介抱していた。制服警官まで来てちょっとした騒ぎになっていたのだが、その時間に終わる他の作品はなかったので、多分「ピアニスト」にやられたのだろうと思われた。結構見ててびくっとさせるところが何か所かあったし、場内で悲鳴が上がったところもあった。心臓が持たなかったのだろう。罪作りな映画である。







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