The Mexican

ザ・メキシカン  (2001年3月)

つい先月、頭悪そうなタフ・ガイを演じるブラッド・ピットを見る気がしなかったので、ガイ・リッチーの「スナッチ」を見るのはパスしたが、今回のタフ・ガイじゃないピットがジュリア・ロバーツと組んだ「ザ・メキシカン」は、予告編を見た時から面白そうだと思っていた。実は今回のピットは、本当に頭悪くて機転の利かないドジ男という役どころなのだが、私は無理にタフ・ガイっぽく見せているように見えてしょうがない「スナッチ」より、こういう方がピットには向いていると思う。


タイトルの「メキシカン」とは、メキシコで作られたクラシック・ピストルのこと。ドジばっかり踏んで睨まれている下っ端の小悪党ジェリー (ピット) が、これまでのミスを帳消しにする最後の任務として、メキシコへ行ってこのピストルを手に入れる命令を仰せつかる。ジェリーにはサム (ロバーツ) という恋人がいたが、一向にうだつが上がらず、悪事から手を引かないジェリーに愛想を尽かし、メキシコに飛んだジェリーをほっといて、一人成功を夢見てラスヴェガスに出発する。


ロバーツとピットという2大スターの共演なのだが、実はこの二人が一緒に画面に出てくるシーンは、冒頭のシーンを除けば最後の30分しかない。つまり、映画の前半部はラスヴェガスにいるロバーツとメキシコにいるピットを交互に描く構図になっており、二人がそれぞれの場所で移動しながら様々な経験をする様を描くロード・ムーヴィの体裁にもなっている。


シンプルかつ直接が好ましいロマンティック・コメディというジャンルにしてはストーリーが入り込み過ぎてたり、やたらと色んなことを詰め込もうとしたりと、欠点が目につかなくもないのだが、私には実に面白かった。特にダメ男を演じながらも、根は純粋という役柄のピットが、私には、そうそう、あんたにはタフ・ガイよりもこういう役の方が合ってんだよと好感が持てた。


しかし、実はこのピットが、ファンには受けがよくないらしい。この種の女性ファンにとって、ピットの最高作は「レジェンド・オブ・フォール」、または「セブン」であって、「ザ・メキシカン」の間抜け面したピットは許せんのだそうだ。しかし、そういう人たちに限って、私がまったく不愉快に思う「12モンキーズ」のピットを、演技開眼とかいって誉めるのだ。そうかなあ。まだ「ファイト・クラブ」は悪くないというならわかるが。私にとってはピットの一番はいまだに「リバー・ランズ・スルー・イット」であり、「ザ・メキシカン」を見た後、これが2番になったばかりなんだが。


彼の持ち味はやはりあの無垢といってもいいピュアな表情にあると思う。そういう意味でなら確かに「レジェンド・オブ・フォール」も悪くはないと思うが、いずれにしてもそういうピットが見れるなら、シリアスな役であろうとちょっと抜けた役であろうと私はこだわらない。でも、多分本人はいまだにそういうガキっぽく見られるのが嫌で、だからあんなマッチョ役をやりたがるんだと思う。もしかしたらあと数年経てばそういう試みも結実して一皮剥けるのかも知れないが、今は私は純粋なピットを見ていたいね。しかし彼も既に30ウン歳。確かにそういう役ばっかじゃまずそうではあるよなあ。


それにしても、この手の作品に出したらロバーツはやはりぴか一だ。なんてったって笑い顔がいい。ほとんど顔面の下半分全部口でそれを思い切り開けて笑っているというような、何の屈託もない底抜けに開放的なロバーツの笑い顔は、本当に見る者まで思わず釣られてにっこりとさせてしまう魅力に満ちている。ロマ・コメの女王という看板は伊達じゃない。反面、思わず抱きしめて慰めてあげたくなるような泣き顔もいい。この落差こそロバーツの最大の魅力だ。決めの場面でのロバーツの表情の情感は、いつもながら見事。多分今年のアカデミー賞の主演女優賞は「エリン・ブロコビッチ」でいただきだし、まだまだロバーツの時代は続きそうだ。


それと、「ザ・ソプラノズ」でブレイクしたジェイムズ・ガンドルフィーニが、ロバーツと行動を共にする殺し屋役で、実にいい味を出している。持ち味を出し切って好演のロバーツ、新しい妙味を示したピットも悪くないが、本当にうまい演技を見せて実力を示したという点で、ガンドルフィーニこそが誉められて然るべきだろう。ゲイでセンシティヴな殺し屋というほとんどマンガティックな役どころで、無理なく役にはまっているどころか、実に説得力のある人間を造型している。この役、昨年の「ナース・ベティ」でモーガン・フリーマンが演じた殺し屋役に近い。最近の実力派はなぜだか人間味のある殺し屋で印象を残す。「ザ・ソプラノズ」は「メキシカン」が公開した同じ3月第1週の日曜に第3シーズンが始まっており、ガンドルフィーニはこれで押しも押されぬ地位を築いたという感じがする。気は早いが来年のアカデミー賞の助演男優賞にどうかねと思ったが、流石に作品自体が賞にノミネートされるようなタイプの作品ではないから、それは無理か。


映画の中で3度、その度にヴァージョンを変えて繰り返されるピストルの由来のエピソードも、適度におばかな誇張が利いてて面白かった。 監督は、ミュージック・ヴィデオやバドワイザーのあのカエルの「バド・ワイ・ザー」のCMで知られているゴア・ヴァービンスキ。映画は「マウス・ハント」に次いで2作目。脚本はこれが初めてのJ. H. ワイマン。なんでも配給のドリームワークスは、タイトルの「ザ・メキシカン」というのをもっと他の売れ線のタイトルにしたくて色々画策としたというが,主演の二人にこれがいいと押し切られたらしい。私もこれでいいと思う。いずれにしても、新しい才能が出てくるのを見るのは気分がいい。


最後にちょっと感じたことを。これはメイン・プロットのネタバレになるので、気にならない方だけ読んでください。


この作品の中で、実はピットとロバーツがそれぞれ一人ずつ人を殺す。これが私には意外だった。私の考えでは、ロマ・コメでは主人公は人を殺さない。人を殺してしまうと生臭くなってしまい、ロマンティックなものとはほど遠くなるからだ。ロバーツが殺す完全な悪役のギャングのボスは、それがクライマックスということもあり、作劇上もわからなくはないが、しかし一方のピットが殺すのは、ガンドルフィーニである。しかもガンドルフィーニはその時点で既にロバーツと友情を結んでおり、完全な悪者ではない殺し屋ということで観客が感情移入してしまっている。それを殺してしまうのだ。その後ガンドルフィーニが実は名前を詐称しており、まったく赤の他人になりすました多分本物のワルというようなことが明らかになるのだが、それでもこのシーンは違和感を残す。


私が思ったのは、主人公が人を殺してもロマ・コメとして成り立つ時代になったのだなあということだ。最近はロマ・コメでもリアリティが求められるから、ピットがガンドルフィーニを殺す時も、それなりにドラマティックになっている。全体のトーンとしての映画がコメディであろうとも、ガンドルフィーニの射殺シーンはどきりとしてしまう。多分私と同じ風に感じたものも多いはずで、だからこの映画がコメディなのかドラマなのかロマンスなのか、何を撮ろうとしたのかよくわからないと貶す批評家が多いのだと思う。私はそういう違和感を受けたところも含めて、映画の現在というものを確かに反映しているということで、やはり評価に値する作品だと思う。







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