The Man without a Past (Mies vailla menneisyytt)


過去のない男  (2003年5月)

今週から「X-メン」続編の「X-メン2」が始まっているのだが、前回、公開初週に見に行ったらメチャ混みで待たされたという経験があるので、今回は最初から諦めて、それは来週見に行くことにする。いずれにしても「X-メン2」の後は、「マトリックス: リローデッド」、「ハルク」、「チャーリーズ・エンジェル2」、「ターミネーター3」等の夏のアクション大作が続々と公開されはじめる。その合間合間に公開されるインディ映画等もわりと気になっているのはあるんだが、全部見れるんだろうか。とにかく、そういうわけで、今週はアキ・カウリスマキの「過去のない男」を見ておくことにする。


公園で夜を明かそうとした男 (マルック・ペルトラ) が暴漢に襲われ、身ぐるみはがされた挙げ句、病院に担ぎ込まれるが、手当ての甲斐なく死亡を宣告される。しかし復活した男は外に彷徨いだし、またもや倒れたところを貧乏な一家に助け出される。男は記憶をなくしており、自分がどこの誰だかを思い出せなかった。それでも食っていかなくてはならず、男は簡単な仕事から働き始める。救世軍のイルマ (カティ・オウティネン) を見初め、二人の間に淡い感情が芽生え始めた頃、男の妻と名乗る女性が現れる‥‥


実はカウリスマキ作品は、ちゃんと劇場で見たのは、大昔の「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」くらいしかないのだが、今回、「過去のない男」を見て、印象がその時とほとんど変わってないことに驚いた。世の中に映画作家は多いが、カウリスマキ作品くらい自分の特質が前面に出てくる映画作家は稀だ。カウリスマキ作品ということを知らなくて見ても、最初の数分を見れば、これがカウリスマキ作品であることはすぐにわかる。登場人物の表情のない、オフ・ビートのユーモア感覚、時代遅れのロックン・ロール、出口のない、閉ざされた楽天主義とでも言えるその手触りは、いまだに健在だ。


この作品を見るのと相前後してカウリスマキのインタヴュウを読んだのだが、本人は、この作品を明日に希望を持つための作品だと言っていた。確かに登場人物たちは、最後それぞれに自分の進むべき道に一歩踏み出していったように見えるのだが、それだからといって、この作品が必ずしもハッピー・エンドには見えないのはなぜだ。登場人物のほとんど全員が死ぬか殺されるかしてしまうブラジル産の「シティ・オブ・ゴッド」の方が、フィンランド製のこの作品よりもなぜだか前向きの印象を受けてしまうのは、いつ死ぬかわからない世界に生きている人間の生の密度のせいか。


だいたい、主人公の彼が記憶をなくしているのに、それで別に慌てたり焦ったりする様子もないのはなぜだろう。記憶喪失になった場合、普通なら、自分はどういう男で、過去にどんな生活をしていて、どんな家族と一緒にいたかを必死になって探し求めようとするものではないだろうか。しかし彼は自分から率先して自分の過去を回復しようとはしない。それは一度彼が死んでいるからであり、再生した男の物語として、一からまた人生を始めているため、その時点で彼の過去はなくなったものであるからと考えることもできる。


ところが、結局彼の前に妻と名乗る女性が現れ、彼は自分の過去と対峙することになる。やはり一から人生をやり直すということは不可能であったのだ。そのため最後に登場人物のそれぞれは新しい人生を始めるといっても、それはコンピュータをリセットするのとはわけが違う。あるいは、リセットしたつもりでも、実は見えないところに過去のファイルは蓄積されており、玄人の手にかかると、消去したはずのファイルだって回復してしまう。ハードのどこかが破損しているかもしれない。すべてを一からやり直すのは不可能だ。しかし、表面上はそれはまったく新しいシステムとして生まれ変わったように見える。我々はそれを受け入れ、これがまったくの新品だと仮りに断定することで先に進む。そうしないと仕事/人生がそこで途絶えてしまうからだ。


「過去のない男」に感じるのは、結局、そういうある種の諦観や妥協であって、この映画を見て100%ハッピーにも前向きにもなれない理由は、ここにある。社会にはモラルというものがあり、多かれ少なかれ誰もそれに無縁ではいられない。カウリスマキはそこに責任を感じており、その義務を果たそうとしているため、それが彼の映画を多少なりとも息苦しいものにしている。大声で手足をバタバタさせて笑えない笑いは、畢竟それだけの笑いでしかなく、ふと気づくと、どちらかというと、その後ろに潜む笑えない要素の方が大きく肩にのしかかってくるような気がする。それでも、表情のない笑いでも、笑おうという姿勢はもちろん素晴らしいと思うが。







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