The Lobster


ロブスター  (2016年6月)

もう、とにかく出だしから人を食っている。近未来、人はシングルでいることが認められず、いい歳をした男女が独り身だと、強制的に施設に送り込まれてパートナー探しを求められる。主人公デイヴィッドもそうやって施設に送り込まれてくる。彼には妻がいたが、ある時何を思ったか山でヤギだったかの動物を撃ち殺した挙げ句、自殺した、ようだ。その瞬間が描かれるわけではないが、そのことはさほど重要ではない。要はデイヴィッドはそのために施設入りを余儀なくされたということを言いたいだけだ。


施設では、45日以内にパートナーを見つけられなかった場合、自分が選択した生物に姿を変えられてしまう。実はデイヴィッドと一緒にいるイヌは、そうやって姿を変えられた兄だった。デイヴィッドはもしパートナーを見つけられなかった場合、何になりたいかと訊かれ、ロブスターと答える。なんでもロブスターは長生きするらしい。


それならば私なら海ガメと答えるところだが、洋の東西では長生きする生物と聞いて連想するイメージが違うのかもしれない。いずれにしてもここでやっとタイトルの意味がわかる。なぜ作品名が「ロブスター」なのか、ほとんどの者は不思議に思ったに違いないのだ。もし私が主人公だったら、この映画のタイトルは「海ガメ」‥‥「Sea Turtle」か。「ロブスター」とどっちがましなタイトルなんだろう。


また、NBCが展開しているコメディ専門のストリーミング・サーヴィスのSeesoでは、「ジェントルメン・ロブスターズ (Gentlemen Lobsters)」という、ロブスターの友人同士が人間社会で働いているという、これまた人を食ったアニメーションが提供されている。さすがにこれは実写では製作できなかったようだが、しかしなぜだかロブスターが人間界に進出し始めている。


さて、施設では新しいカップルを誕生させるためにパーティを開いたり色々とアクティヴィティがあるが、思うように次から次へと新カップルが生まれるわけではない。新しいパートナーを見つけるのを奨励する意味があるのか、マスタベイションは禁じられており、もし違反した場合には、指先をトースターの中に突っ込まれるという厳しい罰則が待っている。欲望を緩和するために、ハウス・メイドが馬乗りになって下腹部を刺激したりするが、一発やらせてもらえるわけでもなく、そんなの、百害あって一利なしにしか見えない。


デイヴィッドは、自分も感情がなさそうな振りをして感情が欠落したと思われる女性に近づき、懇意になることに成功する。しかし彼女が兄だったイヌを蹴り殺したことから感情を隠し通せなくなってしまい、結局施設から脱走せざるを得なくなってしまう。


メイドの手引きで逃げ込んだ森の中には、デイヴィッドのような一人者が何人も連絡をとり合いながら住んでいた。女性リーダー (レア・セドゥ) は自分の素性を隠しながら森の中の一人者たちを統率しており、そのコミュニティでは施設とは異なり恋愛はご法度で、パートナーを見つけることは許されなかった。ところがデイヴィッドは、それなのに、今度は本当に近視の女 (レイチェル・ワイズ) と恋に落ちる。今や施設でも森の中でも、デイヴィッドの居場所はなかった‥‥


こういう寓話に比喩や予言、当てこすりはつきものであり、その細部が腑に落ちないからといって苦情を述べても詮ないことはわかる。とはいえ、なんでそうなるかはいずれにしてもわからないので、やっぱり、なんで? と一人ごちざるを得ない。曲がりなりにもありそうだなと思えるのは、人がシングルでいることを認められていなくて半強制的にパートナーを見つけさせられるという大元の設定で、これは、将来人類が段々少子化して絶滅していきそうなことになれば、そうならざるを得ないだろう。充分考えられることだ。


しかしそれにタイム・リミットが設けられる。ダメなものはダメだろうから、時間をかければいいわけでもなく、タイム・リミットがあるのもまだわからないではない。しかし必要ない者は排除されるかもしれず、ほとんど温情として自分がなりたい生物に変身させられる‥‥という設定辺りから段々怪しくなる。なぜそういうことになるのか。それは可能なのか。変身させられた彼らには過去の記憶はないのか。


一方、施設の外の森の中には、今度はパートナー探しを禁じられた一人者たちの住む世界がある。むしろ彼らは乱交を奨励されてしかるべきだと思うのだが、なぜだか女性リーダーは交配と繁殖を認めていない。自分が一人者だからだろうか。


登場人物の多くは、身体的に、もしくは感情的に欠陥を持っている。主要人物で肉体的欠陥を持っていないのは主人公のデイヴィッドだけのように見えるが、彼もなぜだか手の届かない背中になにかができて、常時軟膏を塗りつけている。それが欠陥と言えるか?


デイヴィッドの恋人となる近視の女に扮するのがレイチェル・ワイズで、話は多くが女の書いた日記の視点から描かれる。とはいえそのナレイションを担当する女が出てくるのは話も半分ほど過ぎたところなので、最初、この女の声は本当にナレイションだけの担当で、話にはかかわらないのだなと思い始めた頃に、やっとその声の持ち主が登場する。


ワイズは今春の「グランドフィナーレ (Youth)」でも、施設に入っている主人公の娘として、施設と外部を繋ぐ役割りの女性を演じていた。「ロブスター」と「グランドフィナーレ」での施設の感じや、よくわけのわからん設定やストーリー等、両者にかなり共通するものがあるため、おかげでワイズが登場してからというもの、「グランドフィナーレ」を思い出す思い出す。ワイズはそれ以前に見た「ボーン・レガシー (The Bourne Legacy)」 でもジェイソン・ボーンと世界を媒介するという役柄で、なんらかを仲介する者という印象が固まりつつある。


一方、デイヴィッドで思い出すのは、そのよくわからない境遇からではなく、背中によくわからないできものができたということから来る、「ア・ホログラム・フォー・ザ・キング (A Hologram for the King)」におけるトム・ハンクスだ。異国のよくわからない世界に置かれた焦りやプレッシャー、ストレスから、彼も背中にこぶができ、切除手術を受ける。果たして「ロブスター」のデイヴィッドは、彼の背中は、その後どうなったのか。「ホログラム・フォー・ザ・キング」を見る限り、背中が完治すれば将来は明るくなるはず。










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近い将来。人々はシングルでいることが許されず、結婚している者も伴侶が死ぬか出奔するかでシングルになった者は、施設に送り込まれてそこで45日以内に次の相手を探さなければならなかった。もしそれができなかった場合、自分が選択した動物に変身させられた。デイヴィッド (コリン・ファレル) もそうやって、イヌに変身させられた兄と共に施設入りし、ロバート (ジョン・C・ライリー)、ジョン (ベン・ウィショウ) という二人のシングルの男と知り合いになる。デイヴィッドはパートナー候補を探し、よく鼻血ばかり出している女性に好意を持つが、彼女はジョンも狙っていた‥‥


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