The Light Between Oceans


光をくれた人 (ザ・ライト・ビトウィーン・オーシャンズ)  (2016年9月)

「ザ・ライト・ビトウィーン・オーシャンズ」は、M. L. ステッドマン作の同名タイトルの映像化だ。邦題は「海を照らす光」として早川から出版されている。


オーストラリアというと、個人的にはシドニーやメルボルンといった都会を連想するのだが、近年オーストラリアを舞台とした映画というと、なぜだか辺境、アウトバック辺りが舞台の作品が多い。「マッドマックス 怒りのデス・ロード (Mad Max: Fury Road)」然り、「ディバイナー 戦禍に光を求めて (The Water Diviner)」然り、「ウォルト・ディズニーの約束 (Saving Mr. Banks)」然り。


それ以前はそらで思い出せないので、どうだったっけと思ってちょっと自分のサイトを遡って調べてみても、「トータル・リコール (Total Recall)」「オーストラリア (Australia)」「ザ・プロポジション 血の誓約 (The Proposition)」等、近年、少なくともアメリカで公開されて私が見ている限りでは、見事なまでに現在のオーストラリアを舞台にした作品がない。とりわけ目立つのが、時代設定が前世紀前半から中盤にかけてだったりすることで、さもなければ今度は「マッドマックス」、「トータル・リコール」と近未来が舞台で、さらに背景は荒廃していたりする。


TVのサンダンスの「クレヴァーマン (Cleverman)」も、町とはいえ荒れている印象は拭えない。リアリティ・ショウの動物ものの「ドクター・クリス: ペット・ヴェット (Dr, Chris: Pet Vet)」だけが、今現在の平和で明るい海沿いの街を舞台にしているという印象がある。現代オーストラリアは、動物を主人公にしないと平和になれないらしい。そういやと、「ベイブ (Babe)」を思い出してしまうのだった。


そして「ライト・ビトウィーン・オーシャンズ」も、時代は1920年代だ。要するに第一次大戦後だ。「ディバイナー」も第一次大戦で息子たちを亡くした男の贖罪の物語であり、「ライト・ビトウィーン・オーシャンズ」も、第一次大戦で心に深手を負った男と、その妻が主人公だ。


そう言えば妻のイザベルに扮するアリシア・ヴィカンダーは「戦場からのラブレター (Testament of Youth)」にも主演しているが、この作品でも彼女の恋人、友人たちは英国から第一次大戦に志願して、そして理想と現実の狭間で心にも身体にも大きな傷を負うか、死んでしまう。しかもほとんど死ぬ価値や意味のない犬死にだった。だからこそ逆に生き残った者たちの心の痛手は大きかった。「戦場からのラブレター」ではウィカンダーは戦地に向かう者たちを見送り、「ライト・ビトウィーン・ オーシャンズ」では今度は戦地から帰ってきた心に傷を負った者を暖かく抱擁する。「エクスマキナ (Ex Machina)」なんか見ていると、特にヴィカンダーが母性に溢れた女性という風にも見えないけれども。


戦闘が名誉をかけた一対一の決闘ではなく、名もない使い捨ての駒たちによる塹壕戦へと変化した第一次大戦は、参戦した豪欧の若い兵士たちに多くの痛手を与えた。特に国土が広いオーストラリアでは、そういう者たちが多く癒しを求めて辺境に去って行ったという印象を受ける。


「オーシャンズ」のトムもそういった者の一人で、たぶん残りの一生を灯台守りとして一人で生きて行こうと決心するが、それでも一人の女性に惹かれてしまい、運命に導かれるが如くその女性イザベルと結婚する。しかしイザベルは流産を繰り返し、もう子供は持てないかもという不安が大きくなる中、ある日トムは岸辺を揺蕩う小舟を発見する。その中には既に息耐えた男と、まだ息のある女の子の幼な子がいた。男を島に葬った後、トムは子供のことを本土に届けようとするが、イザベルが止める。これは神の思し召しだ。二人でこの子を育てていこうという。当初は反対するトムだったが、イザベルの熱心さに屈してしまう。


数年の時が経ち、ルーシーと名付けられた子もすくすくと成長していた。本土でのパーティに参加したトムとイザベルは、そこでハンナ (レイチェル・ワイズ) と出会う。ハンナには夫と生まれたばかりの幼な子がいたが、ある時、町で狼藉者に絡まれた夫は、子と一緒に小舟に乗って沖に出て、そのまま消息を絶ってしまったという。しかしハンナは、夫と子のことをまだ諦め切れずにいた。ルーシーの本当の母のことを知ってしまったトムは良心の咎めに苦しむが、かといって今さら娘と、特にイザベルと娘とを別れさせることもできず、苦悩する‥‥


トムに扮するのがマイケル・ファスベンダーで、「X-メン (X-Men)」シリーズでも若き日の苦悩するマグニトを演じて似合っていた。今夏の「X-メン: アポカリプス (X-Men: Apocalypse)」でもやっと見つけたささやかな幸せと家族を引き裂かれ、「オーシャンズ」でも、やはり彼は簡単に幸せになる運命にはない。「悪の法則 (The Counselor)」でも「それでも夜は明ける (12 Years a Slave)」でも、とにかく不幸というか破滅的な役ばかりで、でも、そういうのがとてもよく似合う。役者として得なのか損なのか。


ハンナを演じているのがレイチェル・ワイズで、今年になってから「グランドフィナーレ (Youth)」「ロブスター (The Lobster)」と、癖のある役が続いていた。今回も個性的なキャラクターだ。その前の「ボーン・レガシー (The Bourne Legacy)」ではハリウッド・アクションで結構よく、そういやこの人、元々は「ハムナプトラ (The Mummy)」なんてアクションで出てきたんだよなと思い出したが、アンチ・メインストリーム作品でも引く手数多という、こちらもまたなかなか特徴のあるキャリアを築いている。演出は「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命(The Place Beyond the Pines)」のデレク・シアンフランス。田舎町での骨太のドラマを描く映画作家という印象が固まりつつある。


ところで灯台守りを主人公とした映画というと、思い出すのは木下恵介の「喜びも悲しみも幾歳月」だ。それも1986年作のニュー・ヴァージョンではなく1957年のオリジナル・ヴァージョンの方で、そういや主人公の佐田啓二と高峰秀子のキャラクターも、なんとなくトムとイザベルのキャラクターや夫婦関係に似ているような気がする。子供のことで不幸になるところも。


私事だが先頃私たち夫婦は、ニュー・イングランド地方にドライヴする休暇に出かけた。かなりぎゅう詰めの日程で、運転するのは私一人だけなのに、もちっと楽な計画にしとけばよかったという個人的な反省はさておき、その時、メイン州の代名詞とも言える最も知られているポートランドの灯台に立ち寄った。これがまたトムとイザベルの守る灯台そっくりで、考えたら灯台って、わざわざ常に崖や岩礁の上に建てられる。海洋を航行する船の目標になったり迫る危険を真っ先に知るという目的があるわけだから、それも当然だ。つまり灯台のあるところは常に波風が荒い。そのためこういう地続きの場所にある灯台でも、灯台って常に孤高という印象を受ける。それが内地から離れた小島にある灯台で、住んでいるのは家族しかないとなれば、その孤独感はいかほどだろう。










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第一次大戦で心に痛手を負ったトム (マイケル・ファスベンダー) は、静かに暮らしたくて、わざわざオーストラリアの都会から遠く離れた海岸沿いの町の、沖合の小島の灯台守りとして職を得る。島に住むのはトム一人で、生活必需品を運んでくる数か月に一度の小船が、唯一の外界との接点と言ってもよかった。それでも時折り本土へ業務報告に訪れる上司の家の娘イザベル (アリシア・ヴィカンダー) に仄かに恋心を抱き、二人は結婚する。イザベルは二人以外誰もいない世界にもうまく順応し、やがて身ごもる。しかし誰も助けてくれる者のない場所で、彼女は嵐の日に流産し、そしてそれからしばらくして授かった二人目もやはり流産してしまう。子供が欲しいのにどうしても授からない。そんなある日、トムは海岸に一艘の小舟が漂流しているのを発見する。中には息絶えた男と、まだ息をしている赤ちゃんの女の子が乗っていた。二人は丁重に男を葬ると、幼な子を二人の子として育てようと決心する‥‥


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