The Last Mistress (Une Vieille Maîtresse)


最後の愛人 (ザ・ラスト・ミストレス)  (2008年7月)

19世紀パリ。リノ (フアド・エト・アトゥ) は歳下のエルマンガルデ (ロキサーヌ・メスキダ) にぞっこんだったが、その一方で彼には10年来の付き合いの愛人ヴェリーニ (アージア・アルジェント) がいた。エルマンガルデの祖母フレアはリノを呼び、本気で孫を愛しているのか問い質す。リノは正直に自分とヴェリーニとの関係の由来を告白し、結婚の承認を得る。しかし、プライドの高いヴェリーニは修羅場を演じるわけがなかろうというリノの予想とは裏腹に、ヴェリーニはリノのそばから離れようとしなかった‥‥


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先週「モンゴル」を見ようとわざわざ遠出した出向いた劇場で、道を間違えて時間に遅れたために結局見そびれた。しかしその時に、その劇場でかかっていた「最後の愛人 (ザ・ラスト・ミストレス)」のポスターを、うーん、この映画、知らないなあ、しかしこの主演女優の顔はなんか見覚えがあると思いながら見ていて、主演がアージア・アルジェントということを発見した。お、アージアがこんなところにいる、相も変わらず美形だなと感心し、さらに、で、これは誰が作ってんのと監督を探し、カトリーヌ・ブレイヤの名を見つけた。


実は私はブレイヤの作品をこれまでに見たことがあるわけではなく、昨年まで名前すら知らなかった。そしたら昨年、インディ専門チャンネルのIFCが放送した、映画に描かれたセックスの歴史を紐解く「インディ・セックス」でブレイヤがかなり詳しく紹介されていて、遅まきながらそこで初めてブレイヤの名を知った。そのブレイヤの新作がアルジェント主演で公開されている。


いずれにしてもそれで先週は「モンゴル」の代わりに「ウォンテッド」を見て、さあ仕切り直して今週「モンゴル」と思っていたのだが、既に劇場から消えており、「ラスト・ミストレス」を見るっきゃなくなってしまった。たぶんこれは「ラスト・ミストレス」を見るよう仕向けられた天の配剤と納得することにする。


さて、その「ミストレス」、実はコスチューム・ドラマ、時代ものだ。簡単に言ってしまうと19世紀フランスの貴族階級を舞台に愛と性を描くという内容なのだが、実はこの作品、私がイメージしていたのとはだいぶ違った。「インディ・セックス」で垣間見た限りでは、ブレイヤの作風は現代を舞台に今の人々のセックスに対する姿勢を基調に組み立てられているという感じがしたが、「ミストレス」では原作があるせいかあるいは時代ものであるせいか、人間の性を描くというよりも、性も交えた人間ドラマという印象が濃い。


むろんそこはブレイヤだからして当然通常のコスチューム・ドラマに較べるとそこはそれ、当然セックス描写も随所に挟まるのだが、それでも、セックスを中心に据えたという感じではない。こういう印象を受けたのは私が以前のブレイヤを特には知らないからだけではないようで、私がざっと目を通した評文でも、以前のブレイヤとは印象が違うと述べていたのをいくつか見たから、特に私の受けた印象が的を外しているというわけでもなさそうだ。


冒頭、貴族階級の腹黒そうな二人の歳とった男女が会話しているシーンから始まるのだが、フィックスでカメラを切り返しながらなんかうさん臭そうな雰囲気を濃厚に発散させるこのシーンが連想させるのは、ルイス・ブニュエルだ。特に男優は顔そのものよりも全身から発散するオーラがフェルナンド・レイを彷彿とさせる。なんというか、「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」を見ているみたいなのだ。それはそれで確かに淫微なものを感じさせはするが、なんか、予想していたブレイヤとはまったく違う。


実際、作品内にはセックス描写もあるが、それよりも「インディ・セックス」で抜粋されていたシーンの方がよほど淫らという感じがした。セッスス・シーンだけに限っても、正直言ってアン・リーの「ラスト、コーション」の方がよほど真に迫っているというか、リアルな性を感じさせた。どうやらブレイヤがここでやろうとしていることは自分自身が既にやったことの焼き直しではないようだ。私がブレイヤの存在に気づいた時には、ブレイヤは既に次の段階に進んでしまっていた後だったという感じが濃厚なのだ。


つまり、これまで性を描くことで人間を描いてきたブレイヤ作品において、今回は性だけではなく、愛も描かれる。主人公を軸に、身体だけで結ばれた女性と愛情で結ばれた女性との三角関係が描かれるのだ。果たして人と人との結びつきで、強いのは性なのか愛なのかそれとも両者は共存できるものなのか。もしかしたら過去のブレイヤ作品もそのことがテーマだったのかもしれないが、少なくとも「ミストレス」はこれまで巷で言われていたほど特に性描写に重きがかかっているとは到底思えない。アン・リーはこれまでの感情の機微を描く名手から性描写を描くことでさらに深さを手に入れようとし、一方ブレイヤは性描写だけでない部分にも光を当てることで世界を広げようとしたという風に感じられる。


アルジェントは数年前にデニス・ホッパーと共演したポール・リンチの「ザ・キーパー (The Keeper)」を見て以来なのだが、その時はまだ美少女という感じだったのに、いつの間にやら貫禄がついた。特にうっすらとひげが生えているというのがその印象を受ける大きな理由の一つだが、もしかしたら女性がひげを剃る習慣なぞなかったぽい当時の南ヨーロッパの女性を忠実に再現しようとしたせいなのかもしれない。性を体現する彼女に相対するのが愛を体現するロキサーヌ・メスキダで、19世紀というよりも今風の顔なのだが、一途な感じはよく出ている。


プレイボーイの主人公リノを演じるのがフアド・エト・アトゥで、プレイボーイというと聞こえはまだいいが、要するに愛に生きようと決心してかつての女性の身体も忘れられない、あんまり聞こえのよくない男だ。しかしそれだとただの優柔不断の男にしか見えないから、これと思った女性を手に入れるためなら決闘も辞さない決断力もある男して造型され、ただの軟派男には見えないよう配慮されている。そのためそういう内容ながら正面から堂々と撮っているため、二人の女を両天秤にかける優柔不断の男を描くB級ロマンスが、愛と性の間で揺れる男の苦悩と運命を描く文芸大作になってしまうのだった。予想したのとは違ったが、確かに最後まで面白く見た。







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