The Iron Lady


マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙  (2012年1月)

親が政治活動に積極的な家庭で育ったマーガレットは、自分も幼い頃から政治家になりたいと思っていた。政治仲間として知り合った夫のデニスはマーガレットをサポートし、1950年に保守党から下院選に立候補するも落選、しかし1959年には初当選を果たす。まだまだ女性の発言権の小さかった当時の英国において、マーガレットはあまり重きを置かれず、大臣になっても教育科学相しか経験がなかったが、徐々にその存在を強め、1975年には党首に選出される。そして1979年、労働党の対立候補を破り、英国史上初の女性首相が誕生する。1982年、フォークランド紛争が起きると、マーガレットは周囲の反対を押し切り、迷うことなく艦隊を派遣してアルゼンチンに宣戦布告、これを撃破して名実共に鉄の女として世界に名を轟かせた。以降、3期にわたって首相を務めるが、しかしその道のりは平坦なものではなかった‥‥


___________________________________________________________

ジェイソン・ライトマン演出、シャーリーズ・セロン主演の「ヤング≒アダルト (Young Adult)」が既に劇場から消えていた。セロンは「マーガレット・サッチャー」のメリル・ストリープ同様今シーズンの評価も高く、気になっていたのだが、ちょっと他の作品に食指を動かしていただけで、気がついたらもうやっていない。この時期はオスカー狙いの質の高めの作品が多く公開されるので、競争率も高い。結局「ヤング≒アダルト」は、セロンがオスカーの主演女優賞にノミネートされなかったら、とたんに劇場から消えた。


ところで「ヤング≒アダルト」の≒だが、数学を数Iで終わった私としては、この記号自体初めて見た。それで調べたところ、「ほぼ等しい」を意味する記号だ由。要するにヤングとアダルトはほぼ等しい、つまりは逆説的にヤングとアダルトは等しくないということを言いたいらしい。配給会社もいろいろ考えているようだが、私が思ったのは、で、これ、どうやって読むの、ということだ。記号自体には、等号、不等号というような読み方はないようだ。では「ヤング・アダルト」とお茶を濁すのか、それとも「ヤングはアダルトとほぼ等しい」というのが正しい読み方なのか、「ヤングはアダルトとニアリー・イコール」と言ってしまってもいいものか、つい頭を悩ませてしまう。


さて、一方の「マーガレット・サッチャー」は、たぶんアカデミー賞会員から最も愛されている女優のメリル・ストリープが、こちらは順当にノミネートされた。ただしこちらの方も、ストリープが相も変わらずの卓越した演技で老年までを演じて見る者を唸らせはしても、作品自体はノミネートから漏れている。


というか、「マーガレット・サッチャー」の場合、かなり評は割れている。映画はつい最近の、表舞台から去った後のサッチャーまでを描いているのだが、ここでの描き方にちょっと首を傾げる者が多い。というのも、サッチャーは存命中で、しかも広く知られている話だが、現在認知症だ。娘が介護しているが症状は悪くなる一方で、今では自分が首相だったこともあまりよく覚えておらず、夫が死んだこともよくわかっていないと伝えられている。


一方、映画では、サッチャーは現在、周りの者に対して、自分がまだ英首相であるかのように時に尊大に振る舞う。その方が現在の状況との格差が際立つという演出だろう。また、夫はサッチャーの中では死んでいない。夫が死んだことをわかっていないというよりも、夫は幻覚としてサッチャーの前に現れ、会話を交わす。今存命中の人物の半生を描いているわけだが、果たして本人がそういう意識、感覚で物事を知覚しているのか、本人が認知症だけに確認のしようがない。その描き方に首を傾げる者が多い。


たぶん、認知症というのは夫が死んだことを覚えていないのだろうが、しかし、死んだ夫が幻覚として目の前に現れるわけではないだろう。ましてやその夫とコミュニケーションをとることはないと思う。これは記憶が混濁しているというのとも違うだろう。たぶん、夫が死んだことを覚えていなければ、夫が今現在ここにいないことを不思議に思いこそすれ、そのいない夫の幻影とコミュニケーションをとることはないだろう。認知症とはそういうものだと思う。それなのにその夫とコミュニケーションをとってしまえば、それは認知症ではなく、また別の問題になってしまう。


そのため、現実に即しているはずの伝記映画「マーガレット・サッチャー」が、かなり脚色、というかサッチャーの脳内世界を描く、ほとんどSF的な色彩をまとってしまった。これは現代英国のパラレル・ワールドの話か? 話をよりドラマティックにするために用いられたこれらの方便が、特にうまく機能しているわけではないのは明らかだと思う。


とはいえ、サッチャーを演じるストリープはさすがとしか言いようのない演技で、実際にサッチャーが今そのように振る舞うのかはともかく、少なくとも外見はそのように見えるのだろうと思わせてくれる。ほとんど演技というよりも、実際の老境の女性がそこに立っていると思わせるのだ。あの微妙な足腰の曲がり具合、ちょっとした骨の角度が、本当の老女を見ていると錯覚させる。「ジュリー&ジュリア (Julie & Julia)」では、185cmという身長のジュリア・チャイルドを演じるために、大きく見せる様々な工夫を凝らしたそうだが、今回は身長が縮んだようにすら見える。


幻覚の中の夫デニスを演じるのはジム・ブロードベント。若い頃のマーガレットとデニスは、それぞれアレクサンドラ・ローチとハリー・ロイドが演じている。特にあっと思わせられたのはロイドで、現在HBOのファンタジー・ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ (Game of Thrones)」で白髪の騎士的な役柄を演じており、最初まったく彼だとは気づかなかった。さらに本気でもっと驚いたのは、彼はあのチャールズ・ディケンズのグレイト・グレイト・グレイト・グランドサン -- これって曾曾曾曾孫ってことか? -- なのだそうだ。演出は「マンマ・ミーア! (Mamma Mia!)」でストリープと一緒に仕事しているフィリダ・ロイド。実は彼女とハリーの名字が一緒なので二人は関係あるのかなと思って調べてみたら、ハリーがディケンズの直系ということを知ったのだった。









< previous                                      HOME

 
inserted by FC2 system