The Grey


ザ・グレイ  (2012年2月)

妻を失って生きる意義を見失ったオトウェイ (リーアム・ニーソン) は、流れ行くまま、今ではアラスカの油田施設で、オオカミ等の猛獣から従業員を守るスナイパーとして生きていた。そのオトウェイと従業員たちを乗せた飛行機が墜落する。そこは雪原の真っただ中で、生き起こった者たちは限られた食料と装備だけで、飢え、寒さ、そしてオオカミの脅威を凌ぎながら、なんとかして文明のあるところまでたどり着かなくてはならなかった。体力と生きる気力を失い、怪我をした者たちが一人、二人と欠けていく。果たして残された者たちは無事生き延びれるのか‥‥


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つい最近までリーアム・ニーソンは、アクション・スターというよりも、演技派という印象の方が強かった。ガタイがいいため、「スター・ウォーズ (Star Wars)」や「バットマン ビギンズ (Batman Begins)」のようなアクション映画にも使われるし、「ダークマン (Darkman)」のような癖のあるアクションもある。文芸ドラマでも「ロブ・ロイ (Rob Roy)」や「レ・ミゼラブル (Les Miserables)」のような、アクションの絡む大作への出演も多い。が、しかし、やはり真骨頂は「シンドラーのリスト (Schindler's List)」や「愛についてのキンゼイ・レポート (Kinsey)」といった文芸路線にあるような気がする。


そのニーソンの大きな転機が3年前の「96時間 (Taken)」にあるというのは、本人もどこかのインタヴュウで言っていた。誘拐された娘を奪還するために八面六臂の活躍を見せる父親を演じた「96時間」は、その年のスリーパー・ヒットとなって、その後ニーソンが演じる役柄は、そういう、口より先にこぶし的な、アクション作品一辺倒となった感がある。


今さら闘う父親像かという気はしないでもなく、正直言ってその歳でこれだけのアクションはきついだろうに、しかし、考えたらまだハリソン・フォードもアクション・スターとして君臨しているし、まだやれるか。ニーソン本人は、たぶんあと2、3年、膝がなんとかもつ限りはやれるだろうと言っていた。もうしばらくはニーソンに投影して代表される、強く戦う父親の姿が見れそうだ。「96時間」では、正直言って子離れのできてない父で、私が娘ならちょっと距離を置きたくなるだろうなと思ったが、しかし特に体力的に劣るアジア人から見ると、確かに近年のニーソンが演じる役柄は、父親としての理想像みたいなところがある。


一方、転機となった「96時間」がヒットした直後に、妻のナターシャ・リチャードソンがスキー事故で死亡する。そのため、「96時間」と妻の死という現実の事故を契機として、ニーソンはアクション・スターとなっていったみたいな印象もあった。


そして「ザ・グレイ」だ。実はニーソンの顔がアップの映画のポスターを見ても、これがなんの作品かわかりづらい。さらに予告編を見ても、これ、単純に雪山サヴァイヴァルものなのか、それとも悪の一味に対して雪山で死闘を繰り広げるアクション・ヒーローものなのか、俄かには判然としない。そのため、批評家評や見た者の感想が巷に出回るまで、見るか見ないかの判断を一時保留にしていた。


そしたらこの映画、「96時間」を彷彿とさせるかなりのスリーパー・ヒットとなって、またもや世間をあっと言わせた。公開初週は、2週目の「アンダーワールド (Underworld)」最新作「覚醒 (Awakening)」を抑えてトップに立った。実は「グレイ」は先週見た「崖っぷちの男 (Man on a Ledge)」と同時公開だったのだが、「崖っぷちの男」が800万ドルしか稼いでないところ、「グレイ」は2,000万ドル稼いでいる。勝負になっていない。どうやら今回もニーソンがもつ男くさい何かが観客を惹きつけたようだ。


というわけで、じゃあ私もと劇場に足を運んだわけだが、この映画、アクションはアクションでも、近年、これだけ男臭い映画も珍しいというくらいの徹底して男男した作品だ。出てくる女性はオトウェイの妻、酒場での女性、フライト・アテンダント、回想シーンにおける登場人物の家族などほんの一握りで、しかもほとんどセリフがない。ほぼ女性を排除している作品なのだ。できるなら作り手は本当なら女性をスクリーンに出したくはなかったが、そういうわけにもいかないので、どうしても必要な最小限の登場に留めたという印象が濃厚だ。


ニーソンが演じる主人公オトウェイは、妻を亡くして以降、ほとんど生きる気力をなくして流されるまま、アラスカの油田発掘施設で、時折現れる野生の動物、端的にオオカミから従業員を守るスナイパーの仕事をしていた。なんというか、半分くらいは実生活が被ってないかと思わせる。いずれにしても、それくらいの必要最小限の登場人物のバック・グラウンドは語られるが、しかしそれは本当に必要最小限に留められており、話はほとんどすぐ本題 -- 登場人物一行の乗った飛行機の墜落、そして生き残った者たちのサヴァイヴァルに話は移る。どうやら007や「96時間」のようなヒーロー・アクションものではなく、本気でサヴァイヴァル物語を撮っているようだ。


飛行機が墜落して生き延びた遭難者というと、近年で真っ先に思い出すのは、やはりABCの「ロスト (Lost)」だ。ただし、あれは南国での話であって、基本的に生き延びた者たちは凍え死んだり食料がないということはなかった。周りには南国の果物が実っており、彼らは生きるための基本的なものは自然に手に入った。しかし雪原に墜落した「グレイ」ではそうはいかない。状況は過酷だ。ほとんど絶望的と言える。


生き残った男たちにはそれぞれの過去があり、ある者はそれなりに家族や来し方を説明されるが、ある者はそうでもない。実際の話、主人公のオトウェイだって、妻がいたが病死したということ以外、私生活はほとんどわからない。こんなとこで働いている者たちは多かれ少なかれそこで働く事情があり、全員真っ当とは言い難い過去を抱えているのだ。しかしそんなことはどうでもいい。大事なことはどうやって今を生き延びるかだ。


妻を亡くした悲しみは、食べないと死んでしまう飢えや、着るものがないと凍死してしまう寒さや、抵抗しないと食い殺されてしまうオオカミの前では二の次なのだ。男たちは一時的な反目や敵対関係を棚上げにして、生き延びるために行動する。果たして救援は来るのか。無事文明世界に戻れるのか。演出は「ナーク (Narc)」のジョー・カーナハンだが、何も知らずに見たら、かなりの確率で「戦場からの脱出 (Rescue Dawn)」に続くウェルナー・ヘルツォーク演出サヴァイヴァル3部作の第2弾かと思いそうだ。


実は「グレイ」を見て思い出した本がある。山本周五郎の「樅ノ木は残った」だ。この主人公甲斐は、一人山の中でクマと対決するのだが、この構図が、オオカミと対決するオトウェイに被さる。こう人たちって、結局相手がどんなに強く凶暴でも後に引かない、というか、本当に戦っているのはその獣に投影した自分自身だったりする。だから相手が強ければ強いほどますますその気になる。孤高の者たちなのだ。先々週、ハリウッドで女性を主人公としたアクションを撮れることを証明しようとした「ヘイワイヤ (Haywire)」を見たばかりだというのに、今週はアクションに女性は要らないという映画を見せられる。しかしどちらも面白い。


実はこの作品を見るのに、上映時間の関係でいつもとは違うちょっと遠目のマルチプレックスにクルマを運転して行ったのだが、途中、フリーウェイから降りてカーヴを曲がった所で、道の真ん中に轢かれたネコの死骸があって、危うくタイヤで踏むところだった。それだけでなく、そのネコを通り過ぎた直後、10mも離れてないところに、こちらはガチョウの死骸もあった。ネコの死骸もガチョウの死骸も、まあ頻繁とは言わないが時々目にするが、ほぼ同じ所に並んで路上で朽ちているのを見たのは初めてだ。


思うに、野良ネコが獲物としてガチョウを狙ったのだが、得物に気をとられすぎて迫ってくるクルマに気づかず、結局ネコもガチョウも同じ車に轢かれたのだと結論づけた。近くには広い公園があるので、ガチョウも多い。今考えると、あの死骸はこれから見る作品についてのなんらかの予兆だったのかもしれないと思うことしきりなのだった。メメント・モリ。








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