The Girl with the Dragon Tattoo (Män som hatar kvinnor)


ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女  (2010年6月)

雑誌編集者のミカエル (ミカエル・ニクヴィスト) はガセネタに踊らされた挙げ句、有罪判決を受け、無実の企業を弾劾した責をとって辞職する。フリーになったミカエルのところに仕事の依頼をしてきたのはスウェーデンのとある大企業の総裁で、何十年も前に姪が失踪した事件を調査して欲しいというものだった。どうせやることもない上、興味を惹かれたミカエルは その仕事を引き受ける。しかしすぐ行き詰まったミカエルに、何者かがメイルで接触してくる。その人間はミカエルのコンピュータをハッキングしてすべての情報を得た上、ミカエルに重要なヒントを示唆してきていた。しかもわざと簡単に足取りが辿れるようにして。ミカエルはその人物、リスベット (ノオミ・ラパス) と接触する‥‥


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スウェーデン産のミステリとして全世界で何百万部も売り上げた、スティーグ・ラーソンのミステリ3部作の第1話の映像化。とにかくロングラン上映中で、前々から気になってはいたのだが、ドラゴンのタトゥーをした女というタイトルがなんかB級ホラーを思わせる響きで、ポスターを見たらさらにいかにもという感じで、ここまでなんとなくパスしていた。


それで今回ふと思い立ってちょっとチェックしてみたら、スウェーデンを舞台にしたダーク・クライム・アクションということで、俄然興味が湧いてきた。なんだ、ホラーじゃなかったのか。原作は世界中で話題になっていたらしいが、 近年、読書はほとんど日本のミステリ一辺倒になっていたため、こういう作品およびその映像化が巷で話題になっていたことに気がつかなかったのだ。


スウェーデン産のミステリというと、シューヴァル/ヴァールーの「マルティン・ベック (Martin Beck)」シリーズが即座に思い浮かぶが、映像作品というと、近年ではなんといっても昨年のヘニング・マンケル原作の「刑事ヴァランダー (Valander)」が印象深い。北欧の色の薄い四季を映像として定着させ、アメリカや英国、その他のヨーロッパとも違う新鮮な印象を残した。白夜の国なんだなあという感じがした。


「ドラゴン・タトゥーの女」は季節は冬だが、色が薄いというよりも、暗い。どちらかというと日が暮れないというよりも夜が明けないという感じの陰鬱さで、なるほど白夜を逆から見るとこういう風になるのかという感じだ。


いずれにしても両者に共通して言えるのは、陽の光の弱さだ。「刑事ヴァランダー」が時に陽春を舞台としていても、逆にそのためにいっそう冬が長いことを示し ていた。「ドラゴン・タトゥーの女」では冬が舞台ということもあり、とにかく寒そうだ。寒暖計の針が下の方に切れそうなのだ。そんな気候で、ミカエルは吹 きっさらしでしかもたてつけの悪そうな、窓やドアから隙間風が入ってきそうな小屋をあてがわれ、一時住まいを余儀なくされる。どんなに暖炉に木をくべても温度が上がりそうにないと思わせる。


ミカエルに仕事を依頼したヴァンゲル家の当主ヘンリクは、暖房の利いた本邸の方にミカエルの部屋を用意してもよかったはずだが、色々と理屈をこねてミカエルを離れに押しやってしまう。ミカエルを本心では家の中に入れたくはないが、仕事を怠けられても困るので目の届くところに置いておこうという腹だろう。


そのヘンリクの元には、毎年決まって額に入れた押し花が届けられる。それは40年前、目に入れても痛くなかった姪ハリエットの失踪後から始まった毎年の恒例だった。死体は見つからなかったがヘンリクはハリエットの死をほぼ確信しており、ミカエルに依頼してきたのは、 40年前にいったい何が起こったのかを突き止めてくれというものだった。


どうせ刑務所入りするまではやることもないことと、興味もかき立てられたミカエルは仕事を受けるが、すぐに行き詰まる。所詮ミカエルは経済誌の記者であって、これまでに犯罪事件を追ったことがあるわけではないのだ。そのミカエルのコンピュータに何者かが侵入し、しかもわざわざ居場所を突き止めて下さいと言わんばかりに足跡を残していく。


その人物リスベットこそヘンリクがミカエルを雇用するに当たって身元調査を担当した、探偵事務所のリサーチャーで、ハッキングやリサーチに関しては超一流の腕と嗅覚を持つ、パンク・ファッションの一風風変わりな女性だった。実は身上調査をしながら、リスベットはミカエルがはめられただけで、潔白であることを確信していた。さらにミカエルと、彼に依頼される調査内容にも興味を惹かれたリスベットは、ミカエルの知らないところで勝手に調査を開始し、ミカエルにある意味で接触を図ってきたのだ。


このリスベットの素性はほとんど明らかにされないが、しかし、かつてたぶん虐待を受けていた父に火をつけて焼き殺し、たぶん刑務所に収容されたいたらしいことがわかる。そこを出所後も、当然一定期間毎に、保護観察委員のような者に出頭して現状を報告しなければならない。そうしないとまた施設に逆戻りさせられるだけでなく、銀行の口座も抑えられている。


しかもリスベットの運が悪いことには、新しく担当になった観察委員は、女をいたぶるのが好きな変態野郎だった。自分の地位を笠に着て、最初はリスベットに自分の性器を咥えることを要求しただけでなく、次からは縛って強姦する。これに対してリスベットがどう反撃するかが見ものだが、とりあえずそれは本筋ではない。 ただし、リスベットの人と柄はこれで非常によくわかる。要するに、彼女をなめてはいかんのだ。いずれにしてもこの設定からして、リスベットの年齢はたぶん二十歳前後だろうと知れる。25は超えてないだろう。タイトルだって一人前の女性を示す「ウーマン」ではなく、まだ「ガール」、少女なのだ。本当ならティーンエイジャーというのが本来の設定だと思うが、うーん、でも彼女、20代の後半くらいに見える。


リスベットだけでなく、裏の主人公であるハリエットも、過去何度もレイプされていたことが明らかにされる。この作品において最も重要なキャラクターの女性は、リスベットとハリエットの二人なのだが、この二人共虐待されている。ヴァンゲル家の女性はほとんどが虐げられているという印象があるが、特に女性占有率が多いわけではないこの作品において、女性が被害に遭う確率は非常に高い。スクリーン上に現れる女性の50%はレイプ被害の経験があるんではないかと思えるくらいだ。


冬の長い北欧において、冬はやはり鬱々としたものになると思われる。冬季スポーツ以外は冬に屋外で遊べる 楽しみはあまりないだろう。自然、家の中でのセックスが長い冬で最も金もかからず手軽にできる娯楽になるに違いない。しかし、そういう土壌だからといって、それが性犯罪の多さにすぐ結びつくとは限らない。「ヴァランダー」だって、どこか陰鬱とした雰囲気はあっても、犯罪がすべて性犯罪というわけではな かった。単純にラーソンの嗜好なのだと思うが、しかし特に前半のいたぶられるリスベットの描写は徹底しており、無理やりレイプされてまっすぐ歩けない、なんてヘンに真に迫る描写もあったりする。まあ、内にこもりやすいという北欧ミステリの伝統は共通しているようだ。寒いから。


ドイツ・ナチの存在がいまだに普通に重要なプロットとして登場してくる、しつこさ、とでもいうか執着も、最近では例を見ない。登場人物が自由にラップトップ やインターネットを駆使していたところを見ても、時代設定は現代だと思う。そう思って調べてみたら、そのラーソン、既に6年前にこの世を去っている。「ドラゴン・タトゥーの女」を筆頭とするミレニアム3部作は、死後出版されたのだそうだ。自分の死んだ後に著作が世界中でベストセラーか。あまり嬉しくないなと思ってしまう。


いずれにしても、ということは、オリジナルでは時代設定は2000年前後か。映画で描かれているほどインターネットが田舎にまで普及していたとはあまり考えられないし、ヴァンゲル兄弟がナチにかぶれたのが十代の終わり頃として、どんなに短く見積もっても彼らは2000年頃で70歳前後だ。彼らは70というには少し若すぎるような気もしないではないが、ぎりぎりそういう設定が通用しないわけでもなさそうだ。


こういったもろもろの細部の印象が、あちらこちらで少しずつ蓄積して作品の印象を決定している。暗く沈鬱な北欧ミステリ、それに特にヴァイオレンス、端的に言って女性に対するヴァイオレンスを強烈にまぶすと「ドラゴン・タトゥーの女」になるといった感じだ。


「ミレニアム」3部作は既にハリウッドでリメイクが決定している。機を見るに敏なハリウッドであり、しかもオリジナルはスウェーデン語、当然英語ヴァージョンを作る大義名分? がある。リメイクを作らないわけがない。因みにIMDBでチェックしてみたら、既に監督はデイヴィッド・フィンチャー、主演はダニエル・クレイグと載っていた。「ゾディアック (Zodiac)」のあのぞくぞくするダークな雰囲気作りを考えると、フィンチャーはどんぴしゃりという気がするが、一方で何も彼にリメイクを撮らせることもなかろうにとも思う。


焦点のリスベットを演じるのは、当初ナタリー・ポートマンやエレン・ペイジ、ケアリ・マリガンらが候補に挙がっていたらしいが、現時点ではほぼ無名のフランスやオーストラリアの女優に絞られたそうだ。来週にでも最終的に決定するらしい。配給のソニーは来年のクリスマス公開を既に決めているらしいから、とっとと撮影に入らないといけないだろう。フィンチャーのことだ、オリジナルに輪をかけてハリウッド版リスベットをいじめてくれるに違いない。それはそれで興味はそそられるのだった。








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