The Girl in the Spider's Web


蜘蛛の巣を払う女  (2018年11月)

先週「ファースト・マン (First Man)」でクレア・フォイを見たばかりだというのに、そのフォイが今度は「ミレニアム (Millennium)」シリーズの最新作である「蜘蛛の巣を払う女」で、新リスベットに扮する。それにしてもフォイ、結構最近にもスティーヴン・ソダーバーグの「アンセイン (Unsane)」に主演していた。売れっ子だ。 

  

フォイはNetflixの「ザ・クラウン (The Crown)」で一気に認められたという感じが強かったが、それにしても王室にハッカーに精神錯乱に宇宙飛行士の妻か。かなりの実力派だ。 

  

とはいえ、演技力はともかくとして、アクションが主体の「蜘蛛の巣」は、これまでフォイのアクションを見たことがないのでなんとも言えないが、一抹の不安がよぎらないこともない。なんてったってリスベットの場合、前任のノオミ・ラパスが体現したイメージで強烈に固まっている。たとえデイヴィッド・フィンチャーがリメイクを作ろうとも、ルーニー・マラがリスベットを演じようとも、その印象は覆せなかった。 

 

どちらかというと、そういう、期待というよりは不安の要素が大きかったことは確かで、そのためもあってか、今回の映像化に対しては結構辛口の評価が多く、公開前から興行成績が不安視されていた。実際劇場に足を運んでみると、公開初週というのに、小屋の中には誰もいない。いくらなんでもそのうち誰か来るだろうと思っていたが、予告編が始まり、そろそろ本編が始まるという直前になって、やっと一人だけ男が入ってきた。 

 

暗かったのでよくは見えなかったが、黒人かスパニッシュ系の男で、彼もまさかこんながらがらとは思ってなかったようで、一応私が座っているのを確認すると、オレたち二人だけか、と訊いてきたので、どうやらそのようだ、と返す。 

 

たった二人だけの観客を相手に上映が始まると、実はこの作品、悪くない。特にアクションが悪くない、というか、積極的にいい。前半部の華は、敵にアパートの所在地がばれて急襲されたリスベットが単車を駆使して逃げるシーンで、警察に行く手を阻まれ引くに引けないリスベットがどうやって窮地を脱するかというと、単車を凍結した湖の上に乗り入れて、そのまま氷の上を走って逃げる。 

 

これにははたと膝を打った。この手があったか。氷が張った湖の上を単車やクルマが走るというのは、北国では特例というわけではない。なんとなれば我々には既にヒストリー・チャンネルの「アイス・ロード・トラッカーズ (Ice Road Truckers)」があるし、「フローズン・リヴァー (Frozen River)」もある。氷結した湖の上は、クルマが走れるのだ。凍った湖が常に背景に映っていながら、そのことに気づかなかった自分の迂闊さに舌打ちする。 

 

しかし忘れていたためにこの演出が非常に効果的だったことも確かで、このシーンを見て、私はいきなり望月三起也の「ワイルド7」で、リスベット同様窮地に陥って二進も三進も行かなくなったメンバーが、絶体絶命という瞬間に単車をバックさせて脱出したシーンを思い出した。 

 

単車には普通、リヴァースのギアなんかない。二輪でバックで走らせることができるほど運転能力の優れた乗り手というのは、普通はいないだろう。というか、単車だったら、単車自体を反転させればいいだけの話だ。だから最初からリヴァース・ギアなんてついてないのだが、その単車がバックしたという逆転の発想が強烈で、よく覚えている。映画も同様のあっという展開に、やられたと思ったわけだ。 

 

いずれにしてもこのシーンで思わず唸ったのは私だけでなくて、前方に座っていた男も感嘆したと見えて、わざわざシーンが終わった後、後ろの私の方に振り向いて、今のはよかった、と話しかけてきた。普段なら鑑賞中に他の観客が何か喋りだしたら不愉快になるが、今回はちょうど私も今のシーンは上出来だと思っていた最中だったので、つい釣られて、同意見だ、と答えてしまい、おかげでたった二人の観客にヘンな連帯感が生まれてしまった。 

 

この男、実はその後、話がクライマックスに差し掛かった時に、席を立って、私に向かって、じゃあ楽しんでくれと言って出ていこうとする。そろそろクライマックスだったので、私も袖触れ合うも他生の縁だし、帰るのか、クライマックスだぞ、と言うと、仕事があるんだ、と言って出ていった。どうやら週末でも働く用事があったが、寸暇を惜しんで劇場に来たようだ。意外にアクションのできがいいので、後ろ髪引かれる思いだったろう。それとも拾いものを見たと思ったか。 

 

そしてその後の映画の展開で一番エキサイトさせてくれたのは、この男が見そびれたクライマックスのアクションだった。敵地に乗り込み窮鼠となったリスベットを救うアクションが、今ならこういうアクションもありかという新手で興奮させる。それにしてもあの男はこれを見そびれた。本人は見てないから別にどうでもいいかもしれないが、お前はこれを見てないぞ、すごい損してるぞと、私の方が逆に憤ってしまうのだった。 

 

演出は「死霊のはらわた 2013 (Evil Dead)」のフェデ・アルバレスで、前作の「ドント・ブリーズ (Don’t Breathe)」は目が見えない老人が主人公のホラーだった。なかなか目のつけどころがよさげな作品だったが見そびれた。これも面白かったに違いない。 

 

いずれにしても「蜘蛛の巣」は、やはり興行的には失敗している。ちょっと評をあれこれ見てみると、アクションは見るものがあるが、致命的なのがいてもいなくても関係ないミカエル、およびそのミカエルとまったくケミストリーを感じさせないリスベットとの関係を描いても意味がない、という辺りの意見が公約数的なところかと思う。実際そうだから私も異を唱える気はないが、それでも、アクションは見るものがあるどころか、積極的にできがいいと擁護する。それにしてもやはり寒い国のミステリ・アクションだ。昨年の「スノーマン (The Snowman)」も同様に欠点はあっても、やはり楽しませてくれた。スカンジナヴィアの、それも冬を舞台とするミステリは、やはり捨て難い。 

 











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ストックホルム、スウェーデン。世界の核兵器をハッキングできるプログラムを開発したボールダーは、しかし事の重大さが自分が思っていた以上であることに気づき、リスベット (クレア・フォイ) に連絡をとり、アメリカのNSAのコンピュータをハックして、プログラムを取り返してもらいたいと依頼する。しかしリスベットをなき者にしようとする何者かがリスベットを襲い、さらにボールダーとその息子にもその手が伸びる。危機一髪で難を脱したリスベットは、再びミカエル (スヴェリル・グドナソン) に連絡して協力を求める‥‥ 


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