The Death of Stalin


スターリンの葬送狂騒曲 (ザ・デス・オブ・スターリン)  (2018年4月)

それにしても、という思いを禁じ得ない。「ザ・デス・オブ・スターリン」公開直前、英国でロシアのダブル・スパイの父娘が毒殺されそうになるという事件があった。現代でもスパイというのは死語ではなく、ちゃんと存在して暗躍しているという事実は折りに触れ再確認させられはするのだが、それでも、一介の市井の一員に過ぎない身としては、やはりスパイというのは映画や小説の中での出来事であって、スパイという単語を身近なものとしては感得しづらい。 

 

しかし特にロシア (むろん北朝鮮もだが) では、過去も、そして現在も、スパイは現実のものだ。逆に言うと、ロシアがあるおかげで我々は今でも007やジェイソン・ボーンの活躍を見ることができるとも言える。ロシアがなかったら、スパイものはリアリティのない夢物語に過ぎない。ある意味ロシアには感謝するべきなのか。 

 

いずれにしてもこの作品、なんで今この時期に、という思いは禁じ得ず、調べてみたところ、フランス産のグラフィック・ノヴェル「La mort de Staline」が原作と知って、さらに混迷は深まった。今という時期もそうなら、原作はフランスだ。アメリカや英国ですらない。東ヨーロッパというのならまだわかるが、しかし、フランス産のしかもグラフィック・ノヴェル、それを英国人監督が (アーマンド・イアヌッチは正確にはスコットランド人だ) が主としてアメリカと英国の俳優を起用して映画化する。 

 

私が知る限り、出演者の中でロシア人 (というか彼女も正確にはウクラニア人だ) はピアニスト役のオルガ・キュリレンコだけだ。彼女の書いたメモがスターリンが発作を起こすきっかけとなっているので、重要な役とは言えるが、しかしそれでも中心人物とは言い難い。スターリンを筆頭に、西側俳優が全員ロシア訛りの英語を話してソ連の一時代を画した日々を、ギャグにする。もしスターリンが生きていたら関係者全員スパイの手によって毒殺されていたに違いない。 

 

実際の話、スターリンの死は今でも謎の部分が多いらしい。心臓発作で死んだことになっているが、発作を起こした翌日、起きてこないスターリンに護衛は不信の念を抱きながらも、ベッドルームに入って確認することをしなかった。万が一寝過ごしているだけでそれを起こしてスターリンの不興を買った場合、自分が殺されかねないからだ。 

 

スターリンが倒れているのが発見されてからも、医者はすぐには呼べなかった。主立った医者は既にスターリンの手によって粛清済みだったからだ。ここまで徹底して恐怖制を敷いてなければ、発作を起こしても誰かがすぐに発見してしかるべき処置がとれて医者が診てくれただろうにと思われるが、自らが撒いた種だ。また、心臓発作ではなく、スターリンは毒殺されたという説もいまだに根強い。毒殺されるのを怖れていたスターリンは、専属の毒味役もいたらしいが。 

 

いずれにしても、そういう怖るべき人物が死ぬ。恐怖制のおかげで国家権力はただ一人スターリンが握っていた。今うまく立ち回ったら、全権力を一人占めできる。面従腹背の側近たちは、今が千載一遇のチャンスと見て狡猾に立ち回る。さらにスターリンのできの悪い息子まで加わって権力争いが勃発する。果たして権力を握るのはいったい誰か。 

 

現代に生きる我々は、その後フルシチョフが権力を握ることを知っているが、そのフルシチョフだってやがて失墜する。映画ではフルシチョフを演じているのがスティーヴ・ブシェミであることが、既になにやらブラックだ。今でこそHBOの「ボードウォーク・エンパイア (Boardwalk Empire)」によって残忍でシリアスなイメージもあるブシェミだが、やはり本領はずれて冴えない男にある。そのブシェミが、同様に現在amazonの「トランスペアレント (Transparent)」で、トランジェンダーの中年女として登場するジェフリー・タンバー演じるマレンコフを更迭しようと画策する。正直言って、ブラック過ぎて笑えるというより気味が悪かったというのが、見終わっての率直な感想だ。 










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1953年。ソ連を牛耳っていたスターリンがある夜、発作で倒れる。翌日、スターリン倒れるの報を受けて駆けつけた側近のゲオルギー・マレンコフ (ジェフリー・タンバー)、ニキータ・フルシチョフ (スティーヴ・ブシェミ)、ヴャチェスラフ・モロトフ (マイケル・ペイリン)、ラヴレンチー・ベリヤ (サイモン・ラッセル・ビール) らは、対応に追われる。この機に一気に権力をつかむのも夢ではなく、皆腹に一物持ったまま、スターリンに忠誠を誓っている振りをして、裏で各々独自の行動に走るのだが‥‥ 


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