The Cell

ザ・セル  (2000年8月)

ハリウッドにミュージック・ヴィデオ出身の映画監督は多い。マドンナの「ヴォーグ」で一世を風靡した後、「エイリアン3」でデビューしたデイヴィッド・フィンチャーを筆頭に、最近は「マルコビッチの穴」のスパイク・ジョーンズ、「ゴーイング・オール・ザ・ウェイ」のマーク・ペリントン、「フライデー」のF. ゲイリー・グレイ、「ベリー」のハイプ・ウィリアムスと、次々とミュージック・ヴィデオの監督がビッグ・スクリーンへのデビューを果たしている(グレイとウィリアムスは主として黒人のラップ・ヴィデオ専門だから、日本にはあまり知られていないかもしれない)。


しかし、映像にこだわるあまり、中味がないと叩かれやすいのもこれらの監督の特徴。フィンチャーの「エイリアン3」などその代表である。実際、強烈に印象に残っているリドリー・スコットの「エイリアン」、ジェイムズ・キャメロンの「エイリアン2」に較べ、フィンチャーの「エイリアン3」はあれだけ映像に凝りながら、シガーニー・ウィーヴァーの坊主頭以外ほとんど記憶に残っていない。フィンチャーがハリウッドの最前線に躍り出るのは、その後、ブラッド・ピットという相棒を得て「セブン」を監督するまで待たなければならなかった。


このミュージック・ヴィデオ出身監督の列に連なる最新の監督が、「ザ・セル」のターセム。REMの「Losing My Religion」の監督といえば、ああ、と合点が行く者も多いだろう。他のミュージック・ヴィデオ出身の監督同様、ヴィジュアルへのこだわりはターセムも例外ではない。むしろ、他の監督にも増してそのこだわりは強烈である。私は最初、この映画の予告編を劇場で見た時、SFだろうとは思ったが、さて、いったいどんな内容なのか、まるで見当がつかなかった。視覚的には刺激的で魅力的ではあるが、あれだけ内容の見当がつかなかった予告編も滅多になかった。SFではなく、あの映像は主人公のジェニファー・ロペスが殺人犯の頭の中に同調して入り込み、殺人犯の頭の中で体験していること、という実はサスペンス・スリラーであることがわかったのは、ちゃんと物語の一部を紹介した予告編の第2弾を見てからであった。


実はこの時、なあんだ、と思ってしまったのも否めない。何が何だかよくわからないが、鮮烈なイメージの最初の予告編の方が印象が強烈で、ちょっとタネが見えてくると、なんだ、流行りのサイコ犯罪者ものか、と少しがっかりしてしまった。要するに「セブン」の系譜に連なるものだな、相手が気違いだと派手なイメージで遊んでも理屈がつけられるし、作る方も楽しいんだろう、でも、結局それで作品ぶち壊しにしてたら本末転倒だぞ、と思っていた。


ところがどっこい、これが実に拾い物だった。冒頭、エジプトのような茫漠たる砂漠の尾根に沿って、ロペスが歩を進める。実に印象的な綺麗な映像で、ミュージック・ヴィデオ出身の映像作家の面目躍如たるものがある。これが実は精神に障害を来たした少年の頭の中の世界の映像で、患者の精神の中に入り込んで徐々に現実の世界へと導き出す新種の治療法であることがわかるオープニングで、まず惹きつけられる。この治療法のエキスパートがロペス演じる主人公のキャサリンである。その後、キャサリンは昏睡状態に陥った精神障害を持つ犯罪者の頭の中に入り込むことを要請される。その男カール(ヴィンセント・ドノフリオ)は一人の女性を誘拐して監禁しており、カールが目覚めるのを待っていてはその女性が助かる可能性をみすみすどぶに捨てるようなものだった。FBIのピーター・ノヴァク(ヴィンス・ヴォーン)は、キャサリンにカールの精神世界に入り込み、誘拐された女性の監禁場所を聞き出すことを頼む。そして引き受けたキャサリンがカールの歪んだ精神世界で見たものは‥‥


もちろん、この映画の成功はひとえに主人公のキャサリンを演じるロペスと、狂人カールを演じるヴィンセント・ドノフリオの演技、それにカールの精神世界を映像化したイメージ・シークエンスのできにかかっている。こう言っては何だが、私は元々ロペスを演技派だとか、役者として特にこれといった取り柄があるとは思っていない。彼女の出世作となった「セリーナ」を見ていないからあまり大きなことは言えないが、ジョージ・クルーニーと共演したスティーヴン・ソダーバーグの「アウト・オブ・サイト」だって、彼女じゃなければならない理由があるようには見えなかった。スパニッシュ系で滅多にいない主役が張れる女優であるというのは認めるが(タランティーノ組のサルマ・ハイエック辺りよりはずっとましだ)、だからといって「アウト・オブ・サイト」でもすごく感銘を受けたわけではなかった。ロペスの本分は、やはり演技よりも歌とダンスにあると思う。ついでに言うと、これまででロペスが最も印象的だったのは、今年のグラミーでのあのほとんど裸同然のスカーフ・ドレスで、つまり私の中ではロペスは大した女優として認識されていなかった。


逆に言うと、別にスパニッシュ女優が主人公である必要のない「ザ・セル」で、主役を演じきったロペスを見直した。偏見だということは私も認めるが、スパニッシュ訛りの英語は知的にはまったく聞こえない。これはアメリカの大都市で暮らしたことのある者ならある程度は納得してもらえることと思う。まあ、私の喋るようなアジア系の訛りのある英語もネイティヴには印象よくは響かないとは思うが、それは置いといて、ネイティヴにも知的に響いているはずのない(と思う)スパニッシュ訛りの英語を話すロペスを精神医学のエキスパートという知的な主役に持って来て、なおかつ物語を破綻させていないというのは大したものだと思う。ここではむしろロペスの喋る英語が、暖かみのある言葉として機能していた。なるほどねえ。こういう使い方もあるわけか。


しかしこの手の映画では、主人公よりも悪役の方が、できた作品の印象を大きく左右するのは自明。その点で、カールを演じたヴィンセント・ドノフリオの怪演は特筆に値する。スタンリー・キューブリックの「フルメタル・ジャケット」で自殺願望のあるデブの兵士を演じて注目されたドノフリオは、その時体重を70ポンド(30kg強)も増やしたそうだ。そのドノフリオ、実は現在、主演の「スティール・ディス・ムーヴィ! (Steal This Movie!)」と「クレア・ドラン (Claire Dolan)」と合わせ、3本の作品が同時公開中である。「クレア・ドラン」の方は98年作品が所々の事由により現在やっと公開されているわけだが、それでも今結構注目されている役者であることに変わりはない。別れたとはいえ、私が気に入っている女優の一人であるグレタ・スカツキと結婚していたこともあり、気になる役者の一人である。


ロペスとドノフリオに較べれば今一つ重要さでは劣るノヴァク刑事役のヴィンス・ヴォーンも別に悪くない。ただ、私にはヴォーンの顔は刑事というよりも悪役に見える。ドノフリオもよかったが、ヴォーンがカールを演っても悪くなかったんではないだろうか。あと、ヴォーンとペアを組むFBIのラムジー刑事に扮するジェイク・ウェーバーが、ティム・ロスそっくりで、彼が画面に出てくる度に、あんた、ティム・ロスだろう、違う?いや、そっくりだ。本当にロスじゃない?と、ぶつぶつ思っていた。顔が似てると、立ち居振る舞いもなんとなく似てるように感じる。


とにかくヴィジュアル優先の「ザ・セル」は、やはりそれほど批評家にアピールしているわけではない。映像は誉められているが、よくて「ブレードランナー」的カルト・クラシックになるだろう的な、お茶を濁したような評価が多い。A評価もあればF評価もあるなど、割れている。だいたい、実は同じ日に「ゴジラ2000」も公開されているわけだが、マスコミの扱いが「ゴジラ」よりも小さかったり、評価まで「ゴジラ」より悪かったりする。そりゃあ私も日本が世界に誇るヒーロー「ゴジラ」の活躍に喝采を送るのは吝かではないが、でも、ここはやはり「ザ・セル」を先に立てるべきではないだろうか。イメージの喚起力というものを評価しないならば、テレンス・マリックもタルコフスキーもただの二流の映像作家になってしまう。デビュー作でこれだけのものを撮ったターセムを評価してもバチは当たらないだろう。忘れてはならないのが、撮影のポール・ローファー、プロダクション・デザインのトム・フォデン、アート・ディレクターのマイケル・マンソン、衣装の石岡瑛子とエイプリル・ナピア。この人たちの尽力がなければこの映画は成功しなかったに違いない。ゴージャスです。


今回のこのターセムのおかげで、今秋公開のやはりミュージック・ヴィデオ出身のマックG (シュガー・レイ「Every Morning」、ベアネイキッド・レイディーズ「One Week」) が演出する「チャーリーズ・エンジェルス」が、俄かに楽しみになってきた。あれも予告編で見る限りアクションはよくできてそうだなあとは思っていたんだが、もしかしたら「マトリックス」や「M:I-2」的な視覚的興奮を与えてくれるかも知れない。期待しちゃうね。


ところで先週見た「インビジブル」、私は2週目の興行成績はがた落ちするだろうと読んでいたが、まさにその通りになり、1,304万ドルと半分以下に落ちてしまった。「スペース・カウボーイズ」は1,302万ドルと、ほとんど並んでいる。やっぱり。有力な対抗馬がいなかったのでなんとか1位を保ったが、今週末はもう無理だな。もしかしたら最終的な興行成績も1億ドルに届かないかも知れない。こういった大作は1億ドルに届くか届かないかが成功の一つの目安となっているから、このままでは失敗作の烙印を捺されてしまうかも。面白くないことはなかったんだけどね。


でも先週末公開した、キアヌ・リーヴス主演のアメフト映画「リプレイスメンツ」と、キム・ベイシンガー主演のホラー「ブレス・ザ・チャイルド」に較べればましか。「リプレイスメンツ」1,100万ドルで3位、「ブレス・ザ・チャイルド」940万ドルで7位と、共に最も稼ぐ公開初週ですら1位になれなかった。アメフトのユニフォーム姿のリーヴスなんてまるで見る気がしないから「リプレイスメンツ」の成績が悪くても全然気にならないが、「ブレス・ザ・チャイルド」はなんとなく面白そうに見えたんたが。「ホワット・ライス・ビニース」という大型ホラーが先に公開されてしまったのが痛い。毎週毎週ホラーを見に行く観客もあまりいないだろうからな。






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