「ザ・ブリッジ」は、スウェーデン/デンマーク共同製作のTVドラマ・シリーズのアメリカ版リメイクだ。オリジナル・タイトルは「Bron/Broen」で、前者がスウェーデン語、後者がデンマーク語でそれぞれやはり「ブリッジ」を意味する。スウェーデン語、デンマーク語には定冠詞はないのか?
橋、ブリッジというタイトルが示すように、物語は橋の上から始まる。二つの国を結ぶ橋の上の国境を跨ぐように他殺死体が発見される。オリジナルではそれはデンマーク-スウェーデンを繋ぐ橋の上だ。
最初この設定を聞いた時は、えっ、デンマークとスウェーデンの間に橋がかかってたのかと喫驚した。バルト海でしょ、あそこ。かなり距離があるんじゃないの。 瀬戸内に橋かけるのとは規模が違うんじゃないの、強いて言うならば日本と韓国の間に橋かけるようなもんじゃないかと思ったのだ。デンマークとスウェーデン間をクルマで行き来できるとはまったく知らなかった。
そのオーレスン橋は、1995年に着工、2000年に竣工する。5年の歳月をかけて完成した橋は全長8,000mになんなんとするというが、一方、実はその長さでデンマークとスウェーデンが繋がってしまうということの方に驚いた。因みに瀬戸大橋の全長は12,000mを超えるそうだから、デンマーク-スウェーデン間は瀬戸内海より狭いことになる。そうだったのか。とはいえ、それ以前は船と飛行機に頼るしか交通手段がなかったわけだから、橋ができたことの意味は大きい。番組のアイディアも、橋ができたからこそ生まれた。
ところで北欧ドラマというと、近年はデンマーク産の「ザ・キリング (Forbrydelsen)」が真っ先に思い浮かぶ。スウェーデンならやはりスティーグ・ラーソンの「ミレニアム: ドラゴン・タトゥーの女 (The Girl with the Dragon Tattoo)」だろう。両者に共通しているのは孤独で寒そうな風景、そしてアメリカでリメイクが製作されたことだ。ついでに言うと、「キリング」の製作陣が「ブリッジ」も製作している。
世界でヒットした作品をハリウッドがリメイクするのは今に始まったことではない。アメリカではあまり知られていない作品をハリウッドがリメイクするのは構わ ないし、リメイクのおかげでそれまで知らなかった良作を知る機会ができるのはむしろ歓迎だ。しかしだからといって、細部に至るまでまったく同じ設定にする必要はさらさらない。
「ザ・キリング」の場合だと、それまでまったくアメリカでは知られていなかったからリメイク版「ザ・キリング (The Killing)」も興味深く見られたが (最初の方は)、 「ミレニアム」のようにオリジナルの映画を既にアメリカでも公開済みの場合、著名な監督が演出して著名な俳優が出ても、基本的な舞台設定は同じで場所も同じ、ただ登場人物が英語をしゃべるだけというのは、いくらなんでもリメイクとして芸がなさ過ぎる。シェイクスピアですら映像化する場合には人はもっと手を入れる。それを昨年見たばかりの映画を同じ舞台設定でリメイクされても、あまり食指は動かない。
「ブリッジ」は、そのリメイクをオリジナル同様の寒そうな場所ではなく、アメリカ-メキシコ国境という、まったく異なる設定に置き換えたところがミソだ。これまたまったく知らなかった番組だから、たとえ設定がアメリカ-カナダ間の寒めの地方の話だったとしても構わなかったと思うが、しかし、アメリカ-メキシコ間の話に置き換えたことで、さらに話に重みと奥行きが出た。むしろオリジナルよりこちら方が面白くなりそうだと思わせる。
周知のように、メキシコ人のアメリカへの密入国は、近年、というかここ数十年、大きな社会問題になっている。地続きで国境を接しているくせに、生活のレヴェ ルがアメリカとメキシコではそれこそ雲泥の差があるのだ。仕事がない、あるいは同じように働いても収入がまったく違うとなれば、人は多少の危険を冒しても富のある方に移動しようとする。そこに国境という大きなハードルがあり、時には命を落とすことがあっても。「ジ・アンドキュメンティド (The Undocumented)」は、そういう違法入国者を追ったドキュメンタリーだった。
リメイク版「ブリッジ」で国境にかかる橋は、テキサスのエル・パソとメキシコのフアレスという町を繋いでいる。アメリカ-メキシコ間では川が国境でそこに橋が架かっているという場所が多々あり、この辺りではリオ・グランデ川が国境を形成し、その上に架かる橋の上に国境線が引かれている。ただし検問所自体は橋の上ではなくどっちか側の陸地の上である場合がほとんどだ。
実はエル・パソはともかくメキシコのフアレスという町は、最近までまったく知らなかった。初めて耳にしたのは昨年の、マイケル・マンがHBOで製作したTVシリーズ「ウィットネス (Witness)」でだ。世界の危険な地域を訪れるドキュメンタリー・シリーズの「ウィットネス」の第1回がフアレスであり、その時フアレスが世界でも1、2を争う危険な町であることを知った。
なんでもフアレスはアメリカに入るドラッグの最終経由地としてギャングの抗争が激しく、殺人事件の発生率が桁違いに高いらしい。そういう場所の常として売春婦も多く、アメリカで娼婦を買うより滅法安くでことを行えるので、アメリカからちょっと足を伸ばして買春する者も多い。その客を目当てにメキシコ中から娼 婦が集まり、娼婦のいるところヒモとポン引きとギャングとドラッグが必ず絡む。ということでフアレスの治安は悪化の一途を辿っている。
そういうところでメキシコ人排斥主義の保守系白人女性判事が殺害される。しかも身体は切断され、その下半身として置かれていたのは、行方不明になっていた十代のメキシコ人娼婦のものだった。
この舞台設定は、たぶん似ているようで国民性の異なるデンマーク-スウェーデン間の事件を扱うオリジナルの「ブリッジ」と同等か、それ以上に興味深い。我々から見ると、デンマーク人もスウェーデン人も見分けがつかないが、 外国人から見ると日本人も中国人も韓国人も見分けがつかないように、実はれっきとした国民性の違いというものがあるのだろう。実際オリジナルでは、どちらかというと鷹揚なデンマーク人、生真面目なスウェーデン人というキャラ分けが施されているようだ。そういう風な設定だからこそ話が生きてくる面もあるに違いない。
一方、アメリカ人とメキシコ人では、これはもう明らかに歴然と、見かけの上でも性格でもかなり違いがある。しかもアメリカ側を代表するクロス刑事は女性で、何事もマニュアル通りに進める四角四面のルール重視型、さらには人とのコミュニケーションをとるのが下手なアスペルガー症候群というおまけまでついている。被害者の家に事情聴取に行って、怒りを買って追い返されてしまうのだ。
一方のメキシコ人のルイス刑事はまるで対照的なヴェテランで、捜査を開始するに当たってまずやることは関係者の事情聴取ではなく、町のギャングのボスにお伺いを立てることだったりする。とはいえ捜査にはそつがなく、ヴェテランならではの味がある。最初は当然の如くクロスとルイスは敵対し、というかクロスが勝手に縄張り意識を丸出しにしている。しかし徐々にクロスも、ルイスが有能な刑事であることを認めざるを得なくなる。そして事件はそれだけでは終わらず、犯人から第2、第3の犯行を匂わす声明が入る。果たして事件は連続殺人事件に発展していくのか‥‥というのがプレミア・エピソードだ。
クロスを演じるのがダイアン・クルーガー、ルイスを演じるのがデミアン・ビチルで、クルーガーはこれまではどちらかというと美形のお飾り的な印象が強かったのだが、ここでは微妙にコミュニケーションがとれない気の強い女という役を非常にうまく演じている。こんなに上手だったのか。一方のビチルは昨年、「明日を継ぐために (A Better Life)」でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされ、注目された。昨年、オリヴァー・ストーンの「野蛮なやつら (Savages)」にも出ていた。
しかし個人的に最もあっと思ったのは、そのルイスの妻アルマを演じるカタリーナ・サンディノ・モレノで、あの「そして、ひと粒のひかり(Maria Full of Grace)」の繊細なマリアが、いきなり肉がついて貫録つけちゃって、ティーンエイジャーの息子までいる。とはいえ今のほうが色っぽいとは言えるかも。最初は夜、ほとんど顔も見せずにベッドで横になってルイスに語りかけるだけだったから、まったく気づかなかった。
ところで「ブリッジ」というタイトルだが、私の場合、どうしても同名のタイトルを持つドキュメンタリー「ザ・ブリッジ (The Bridge)」を連想しないわけにはいかない。あれは国境に架かる橋ではなくサンフランシスコのゴールデン・ゲイト・ブリッジのことだが、最近「ローン・レンジャー (The Lone Ranger)」を見たばかりということもあり、ほとんど反射的にこちらのブリッジも思い出し、芋づる式に「ゾディアック (Zodiac)」も思い出す。ブリッジって、最近では犯罪や死といったネガティヴなものの方に関係が深い。