放送局: PBS

プレミア放送日: 9/28/2003 (Sun)-10/4 (Sat) 21:00-23:00

製作総指揮: マーティン・スコセッシ

監督:

「フィール・ライク・ゴーイング・ホーム (Feel Like Going Home)」マーティン・スコセッシ

「ザ・ソウル・オブ・マン (The Soul of Man)」ヴィム・ヴェンダース

「ザ・ロード・トゥ・メンフィス (The Road to Memphis)」リチャード・ピアース

「ウォーミング・バイ・ザ・デヴィルズ・ファイア (Warming by the Devil's Fire)」チャールズ・バーネット

「ゴッドファーザーズ・アンド・サンズ (Godfathers and Sons)」マーク・レヴィン

「レッド、ホワイト&ブルーズ (Red, White & Blues)」マイク・フィッギス

「ピアノ・ブルーズ (Piano Blues)」クリント・イーストウッド


内容: ブルーズの歴史と魅力を語るドキュメンタリー・ミニシリーズ。


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今年はブルーズ生誕100年に当たるそうだ。もちろんそれはブルーズという音楽の一ジャンルに名称が生まれてから100年という意味で、ブルーズ自体はそれ以前からずっとあった。たまたまW. C. ハンディという音楽家がミシシッピの片田舎で、南部に古くから伝わる独特の哀調ある歌をギター片手に歌っている男を目撃、ブルーズという名称を与えてから、今年で100年というわけだ。


「ザ・ブルーズ」は、そのブルーズ生誕100年を記念するドキュメンタリー・シリーズである。製作総指揮はマーティン・スコセッシで、実は数年前からこのドキュメンタリーを企画していたのだが、話がどんどん膨らみ、1本2時間で7回、計14時間のドキュメンタリー・ミニシリーズとなった。


音楽好きな映画作家が参加しているのだが、それぞれに皆ブルーズに思い入れがあり、考えていることがある。そのため「ブルーズ」は、音楽の一ジャンルとしてのブルーズの歴史を紐解いたり、その歴史を知る上での役に立つ教材としてよりも、各自の思い入れがふんだんに詰め込まれた、ノスタルジックで感傷的な手書きのノートみたいな手触りの番組になっている。正直言って、ごく一般的なブルーズに関する知識を求めてこの番組を見たりなんかしたら、結構面食らうだろう。


第1話のスコセッシが監督した「フィール・ライク・ゴーイング・ホーム」は、ブルーズ初期の巨人、サン・ハウスやジョン・リー・フッカー、ロバート・ジョンソン等を中心にとらえた、まだ常套的な、一般的な意味でのドキュメンタリーと呼べる作品として仕上がっている。しかし、第2話のヴィム・ヴェンダースの「ザ・ソウル・オブ・ア・マン」ともなると、既にドキュメンタリーというよりも、ヴェンダースがブルーズを題材に好きなように作った実験番組の様相を呈してくる。


私はこの回、少し時間に遅れて番組を見始めたのだが、TVをつけたら、いきなり画面に宇宙ロケットを打ち上げるシーンが写り、さらに「2001年宇宙の旅」みたいな宇宙のシーンが続けて現れたので、てっきりチャンネルを間違えたと思った。しかし、何度もリモートで正しいはずのチャンネル番号を押しても、画面が変わらない。そのうちに場面が転換し、今度は盲目のブルーズ・シンガー、ブラインド・ウィリー・ジョンソンが現れたところで、げっ、これはヴェンダースが意図的にした演出だったのかとやっと気づいた。しかし、結局、ヴェンダースは、いったい何を言いたかったのか。


しかもこの回は、ドキュメンタリーというよりも、完全にヴェンダースのブルーズに対する思い入れを吐露する心象風景の描写という感じが濃厚な作品となってしまっている。画面に登場するブラインド・ウィリー・ジョンソンは、彼を撮影した古いフッテージを探し出してきたのではなく、俳優を起用して、まったく新しく撮影したものだ。しかも、それをわざわざフィルムの粒子を荒くして、気持ち速めにスピードを変えていたりするので、本当に古いフィルムをどこかから見つけてきたのかと一瞬戸惑う。それにしてはこの時代のフィルムにしては保存状態は悪くないし、音もあまり劣化しているようには聞こえない。


などと思いながら見ていたら、なんとその映像の中にヴェンダース本人が現れたのでぶったまげてしまった。なんだ、これはやはり新たに撮影していたのか。最近のフィルム処理技術は以前に較べて格段に進歩しているので、わざわざ古めかしくするというのも、結構それらしくできてしまう。それにしても、ドキュメンタリーだというのに、わざわざこんな風に演出した物語にしてしまう必要があるのか。私はすっかり「ブエナ・ヴィスタ・ソーシャル・クラブ」の乗りを期待していたので、完全に虚を突かれてしまった。


その点では、次の回のB. B. キングをフィーチャーした「ロード・トゥ・メンフィス」が、最も音楽ドキュメンタリーという感じで、安心して見れた。なんてったって、私が最もよく知っているブルーズ・プレイヤーはキングであるわけだし、音楽自体もよく知っている。というか、ブルーズ・プレイヤーというと、一応知っていると言えるのはキングやマディ・ウォーターズぐらいしかいないのだが。


次の「ウォーミング・バイ・ザ・デヴィルズ・ファイア」ともなると、また実験色が強くなる。黒人少年が50年代のミシシッピをおじに連れられて回りながらブルーズ体験をするというもので、これもブルーズを題材とするドキュメンタリーというよりも、私的な経験を綴った個人的日記という印象が強い。「ゴッドファーザーズ・アンド・サンズ」は、伝統的ブルーズとヒップ・ホップが邂逅するシーンをとらえ、「レッド、ホワイト&ブルーズ」では60年代の英国ブルーズ・シーンを回顧する。60年代には、英国からのブルーズの逆輸入によって、アメリカのブルーズ・シーンも新たな展開を迎えたとの由。マイク・フィッギスもブルーズ好きだったとは知らなかった。


しかし、私が最も楽しみにしており、また、実際、最も楽しんだのは、最終話のクリント・イーストウッドの手による「ピアノ・ブルーズ」である。別になんの衒いもないごく普通の作りで、イーストウッドが好きなブルーズ・ピアニストを訪ね、お喋りしたりピアノを弾いてもらって楽しむという趣向だ。ジャズ/ブルーズ・ピアニストとしても知られるイーストウッドを中心に、和気藹々とした雰囲気でブルーズ界の大御所たちがピアノを弾いてくれる。


どちらかと言うと、この回に限っては、ドキュメンタリーを見ているというよりも、なんかブラヴォーの「インサイド・ジ・アクターズ・ステュディオ」みたいな、人気俳優/歌手にちょっとお話を伺ってみました、とでもいうような気楽さが全篇を覆っており、これはこれでまた、ドキュメンタリーというのとは違うかなという感じだ。だいたい、普通、演出家がにこにこと画面に登場して対象人物をよいしょしたりなんかしながら、じゃ、次、もう一曲、みたいな感じではドキュメンタリーは作らないだろう。というか、イーストウッド自身に、ドキュメンタリーを作っているという自覚がなかったのかもしれない。


実は私は四十の手習いというやつで、こないだ電子ピアノを買って、今、いそいそと動かない指を動かしてピアノの練習なんかしたりしている。それで、番組の構成や進行自体はともかく、ブルーズ・ピアニストの演奏をたっぷり聴かせてくれるこの回が、最も楽しく、役に立った。いや、ああいう風にピアノを弾けるわけないから、見て楽しいだけで、役になんかはちっとも立ってはいないのだが、それでも、いつの日か自分もあんな感じで! なんて向上心を沸き立たせる一助にはなった。


「ブルーズ」はこのように、はっきり言うと、まるで一貫性のないドキュメンタリー・シリーズである。多分、スコセッシがそれでいいと思って好きなようにやらせたに違いない。演出家として、プロデューサーの横槍により自分が好きなように演出できない苦痛を嫌というほど知っているスコセッシは、自分がプロデューサーに回った今回は、とにかく好きなように作ってよいと、各回の演出家をけしかけた節すらある。さもなければ、ごく一般的な題材を扱ったドキュメンタリーが、ここまで私的色彩が色濃く出ることなぞあまりないだろう。だいたい「ブエナ・ヴィスタ・ソーシャル・クラブ」と「ソウル・オブ・マン」を作った人物が同じ人物だとは、俄かには到底信じ難い。


PBSは以前、ジャズの歴史を俯瞰した「ジャズ (Jazz)」も製作したことがある。その時は、アメリカにおけるドキュメンタリー作家として名高いケン・バーンズが、初心者にもわかりやすいように、歴史順に、ジャズの発展と変遷をわかりやすく紹介していた。それと較べると今回の「ブルーズ」は、広く浅く題材を紹介するというよりも、癖のある、中級者以上向けのドキュメンタリーになってしまっている。玉石混交というか、毀誉褒貶相半ばすると思える「ブルーズ」であるが、しかし、これでいいんだと確信しているスコセッシの、してやったりとほくそえんでいる姿が目に見えるようだ。








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The Blues

ザ・ブルース   ★★1/2

 
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