The Banshees of Inisherin


イニシェリン島の精霊  (2022年11月)

最初に言っておくと、私はこの作品、現代が舞台だと思っていた。登場人物が着ているものや建物、調度などは古くさいが、アイルランド、に限らず田舎というのはどこでも時間が止まったような印象を与えるものだ。まだまだ人が馬車を利用していてもおかしくないし、道が舗装されていなくてもクルマが走っていなくても、そんなもんだろうとしか思わなかった。 

 

一つだけ気になったのは、いくらなんでも今時エレクトリック機器をまったく使わないバンドがあるのかと思ったくらいだが、それだって、アコースティックにこだわっているといえばそれまでで、まったくないわけではない。そういうわけで、登場人物が対岸のアイルランドの内戦のことを口にしても、勝手に寓話として解釈していた。 

 

ところが実際には、100年も前の話だった。私はあまり事前に情報を得過ぎないで見る方を好むが、時代設定くらいは事前に把握していてもよかったと反省する。とはいえこの話、現代を舞台とする寓話として見る方が含蓄があるような気もしないではない。 

 

主人公のバードリックとコルムは長年の飲み友だちで、ほとんど毎日近くのバーに入り浸ってしょうもない話に興じている。要するに、時間を浪費している。ある時、コルムがそのことに気づく。ヴァイオリニストのコルムは、音楽家として名を後世に残すべく、これまでのバードリックとの無駄な時間を精算して、これからの日々を音楽家として捧げようと決心する。コルムは一方的にバードリックに対して絶交を宣言、今後あんたとは口を利かないと言い捨てる。 

 

わけがわからないのがバードリックで、ある時、いつものようにコルムを飲みに誘いに行ったら、おまえとは縁を切るといきなり言われても、はいそうですかと納得できるものではない。コルムから邪険にされながらも、こんなの納得できないとバードックは執拗にコルムの前に現れる。 

 

これに対してコルムは本当に切れる。お前とは付き合わない、ほっといてくれと言っているのに、なんでオレを一人にしといてくれないんだと激昂する。コルムはバードリックに対し、今後お前がオレに話しかけるようなことがあったら、その度に指を切ってお前に叩きつけてやると宣言する。そして、それでも執拗に絡みついてくるバードックに対し、コルムは本当に指を切ってバードックの家のドアに叩きつけていく。 

 

なんというか、唖然とする展開で、しかし、アイリッシュって、本当にこういうこと、やりそうだと思わせる。世の人々のアイリッシュに対しる先入観のせいかそれとも演出のマーティン・マクドナーのうまさのせいか、あるいは演じるブレンダン・グリーソンとコリン・ファレルの技量のせいか。 

 

それでも気になったのは、ヴァイオリニストのコルムが、指を切断すると宣言したとはいえ、実行する段になって、よりにもよって弦を押さえる左手の指を切断してしまったことだ。これがまだボウを持つ右手ならわかる。たとえ指が一本なくなっても、ボウが持てなくなるわけではないだろう。 

 

しかしこれが弦を押さえる方の左指だと、確実に演奏に支障が出る。音楽家としては、しかも今後音楽に人生を捧げることを決意した人間にしては、安易であるまじき行為なのではなかろうか。あるいは、それくらいバードリックに対して怒っていることを示したかったのかもしれないが、それでも、音楽家としてはこれはないんではなかろうか。 

 

その後コルムはバーに音楽家を集めて自分の曲を演奏させ、自分も時々演奏するのだが、縛った包帯から血が滴り落ちる。そりゃそうだろう、まだ傷口も完全に塞がってないだろうに、派手に運指したら傷口が開く。第一、指がないのを超絶技巧で他の指でカヴァーして弾いているのだろうか。 

 

という風に、後半はコルムのない指がバックグラウンドの重要な主題として展開していくのだが、それがどういう風にクライマックスに絡んでいくかが見どころであり、この展開にはあっと言わされる。こういう寓話的展開が逆に時代を感じさせないため、私がこれを現代劇だとカン違いした理由にもなっている。 

 

それにしても結局この話、今風に言えばストーカーとそれに切れた相手の話だ。現代の視点から解釈すれば、非はストーキングする方にこそあっても、心変わりした方にはないだろう。自傷だとはいえストーキングされる方は怪我までしている。 

 

とはいえ最後には、そう断言してしまっていいのかわからなくなる。最終的に何が善で何が悪か、何が是で何が非かが、混沌曖昧と化していく。現代劇あるいは100年前の話というよりも、神話に近い肌触りになっていく。そういえば昔の神様ってやたらと人間くさいというか、洋の東西を問わず結構ストーキング紛いのことをするやつが多かった。

 



 









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1923年、アイルランド、イニシェリン島。対岸の内戦と関係なく長閑な田舎の島で、パードリック (コリン・ファレル) とコルム (ブレンダン・グリーソン) は、長年判で捺したように近所のバーで酒を酌み交わしてきた仲だった。しかしある日、コルムは一方的にバードリックに対して絶交を宣言する。ヴァイオリニストであるコルムは、これまで二人が一緒に飲んできた時間は浪費であり、これからはバードックと袂を分かって音楽に専念するつもりだと言う。しかし納得の行かないバードックは、それでも執拗にコルムにまとわりつく。激昂したコルムは、今後バードックがちょっかい出すたびに自分の指を切断すると宣言する‥‥ 


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