The Bank Job

ザ・バンク・ジョブ  (2008年3月)

1971年ロンドン。モロッコから帰英したマーティン (サフロン・バロウズ) は税関で引っかかり、英国に持ち込もうとしていたドラッグを押収される。彼女は罪を軽くするために、ベイカー街の銀行の貸し金庫に入っているものを無事盗み出すことを取り引きとして要求される。マーティンは金に困っている馴染みのテリー (ジェイソン・ステイサム) を仲間に引き入れ、地下にトンネルを掘って銀行の貸し金庫の中に押し入る計画を立てる‥‥


___________________________________________________________


実は「ザ・バンク・ジョブ」は実話の映像化だそうだ。むろんかなりの部分脚色は加えられているだろうが、基本となる銀行強奪事件は70年代初頭に現実に起こったものだ。銀行の貸し金庫にトンネルを掘って忍び込んだというあまりにも大胆な手口に人々が驚き、事件の本格的捜査の成り行きを固唾を飲んで見守っていた時点で、しかしいきなり事件そのものの報道がぴたりと英国のマスコミから消え、事件は迷宮入りしたらしい。


まるで示し合わせたように事件の報道が一斉に英国のマスコミから消えたため、当然のことながら上からの圧力がかかったと考える者も多かった。しかしだからといってそれを確かめる術はなく、事件捜査の進展を人が知ることなくその後報道されることがなかったため、世間の耳目を一瞬騒がせるには充分だったが、忘れ去られるのも早かった。事件の詳細がほとんど知られなかったから、人々が話題にしようにもどうしようもなかったのだろう。「バンク・ジョブ」は、その限られた初期情報に様々な付帯情報や想像で膨らませて味付けした一級の娯楽作品だ。


銀行の貸し金庫はその特性上、金銭的なものだけではなく、たとえ家族といえども知られたくないもの、絶対に公にしたくないものが多数含まれていたことが予想される。そのためほとんどの金庫の借り主は表立って盗まれたものをクレームしようとはせず、紛失したものの多くはただ闇の中に葬られ、忘れ去られた。盗まれたものが何かすらわからないのでは、警察も捜査のしようがない。


とはいえ、被害者の多くは報道や捜査を嫌がったであろうというのは容易に想像できるが、 それだけでは別に人の命がかかっているわけでもない事件を報道管制する理由にはならない。プライヴァシーに関するものを公にはしたくはないだろうが、しかし金銭的なものはやはりとり返したいと被害者だって思ったに決まっている。では、なぜそこで捜査がストップされ、報道管制が敷かれたのか。


そこにもっと大きなスキャンダルが絡んでいたから、というのがこの作品の出発点になっている。絶対に国民に知られたくない秘密があり、国としてはなんとしてもそれが暴かれることを阻止したかった。だからこそ事件が闇から闇へと葬り去られたのであり、銀行のアラーム・システムの保守のために数日間電源が切られるという、部外者ではまず知り得なかった非常に重要な事実を犯人は知っていた。つまり、内部からの手引きがなければまず犯行は不可能だった。


結局実行犯一味は一部権力に踊らされるのだが、むろんそのままでは話は終わらない。どちかというと社会の底辺に近い層にいる者たちの寄せ集めではあるが、しかし、一寸の虫にも五分の魂がある。そしてベイカー街の銀行の貸し金庫にトンネルを掘って侵入するという一見無謀、深慮してもやはり無謀にしか見えない世紀の掟破りの銀行破りの幕が開く。果たしてさいころは吉と出るか凶が出るか。


そもそもの計画自体、実は政府関係者から麻薬密輸で検挙されたマーティンにもちかけられ、マーティンがそれを元ボーイ・フレンドのテリーに相談するという案配になっている。金に困っていたテリーは人を集め実行に移す。テリーに扮するのがジェイソン・ステイサムで、超大型作品に主演するというわけではないが、目にする頻度は非常に高い。こないだもジェット・リーと何かで共演してなかったっけと思って調べてみたら、コンスタントに年2、3作の割り合いで出演作が続いている。


マーティンに扮するのが サフロン・バロウズで、「再会の街 (Reign Over Me」でドン・チードルに絡む偏執狂的な色情狂を演じていたのが印象に残っている。うちの女房はミシェル・ファイファーそっくりと言っていたが、確かに目の下あたりからの輪郭はかなり似ているが、それよりもスレンダーなボディ・ラインの輪郭から来る全体の印象が特に似ていると思う。それ以外の役者も、いかにも皆70年代ロンドンという独特の風貌を持つ曲者を揃えて見飽きない。


ステイサムが絡んでの銀行破りという点で、「バンク・ジョブ」が人に連想させるのは「ミニミニ大作戦 (The Italian Job)」だろう。一癖も二癖もある連中が集まって難攻不落のはずの金庫やらどこかから獲物を奪取するという話は、やはり無条件に楽しい。もっとも「ミニミニ大作戦」は元々金庫破りのプロたちの話だが、「バンク・ジョブ」は畢竟素人の集まりだ。そのため、なにをやってもどこかで些細なミスやぼろが出る。自分たちがやっていることを気づかれないようにと銀行の前のビルに見張りを置くということを考えついたのはよかったが、その連絡を市販の無線でやっているため一般のハム無線を趣味にしている男に会話を傍受されてしまい、銀行強盗が進行中と気づかれて警察に通報されてしまう。


さらに見張り役はウォーキー・トーキーを落として壊してしまうが、そのため連絡がつかず、どこの銀行で犯行が進行中かまでは探知できなかった警察の囮捜査に逆に引っかからずに済むというあたりの展開はなかなかスリリングで満喫させてくれる。それ以外も実行はどこから見てもやはり暴挙と言わざるを得ず、トンネル掘ったら上のチキン・ショップは揺れまくるし、いきなりトンネル崩れて下に大穴開いてしまうなど、もっと下検分や調査を完全にできないのかと、見ているこちらの方がはらはらする。むろんだから面白いのは言うまでもない。


演出はロジャー・ドナルドソンで、近年は「13デイズ (Thirteen Days)」「ザ・リクルート (The Recruit)」と、きびきびしたスリラーを撮っている。ところでステイサムはあまり経営がうまく行ってないガレージを経営しているのだが、先頃のウッディ・アレンのスリラー「カサンドラズ・ドリーム (Cassandra's Dream)」でも、犯罪に手を染めるコリン・ファレルはやはりロンドンのガレージで働いていた。どうやらロンドンのガレージは完全犯罪への第一歩らしい。







< previous                                      HOME

 
inserted by FC2 system