The Assassin


黒衣の刺客  (2021年8月)

考えると、ホウ・シャオシェンの「黒衣の刺客」は2015年作品だ。その前の「レッド・バルーン (Flight of the Red Balloon)」が2007年だから、間に8年ものブランクがある。現在2021年で、その後既に6年経っている。IMDBで調べてみると、新作として「Shulan River」という作品がアナウンスされているが、撮影が始まったという話は聞かないので、どんなに早くても公開は来年、たぶん2023年というのが最もあり得そうな話だ。 

 

次の作品までやはり8年の間隔が開く。「レッド・バルーン」まではだいたい2、3年毎に新作を撮っていたが、もうそのペースでは撮らないようだ。どちらかというと、プロデュースする方に力を入れている感じがする。 

 

さて、どちらかと言うとカメラはフィックスに近く、アクションというよりも人情の機微をとらえるのが上手いという印象のあるホウが、「黒衣の刺客」で初めて剣戟アクションを撮った。同様に台湾出身で、細やかな情緒を撮らせると上手いアン・リーが、「グリーン・デスティニー (Crouching Tiger, Hidden Dragon)」のワイヤー・アクション演出で世界を驚かせたことを思い出す。 

 

しかし「黒衣の刺客」がそこまでアクションで魅せる作品にはならなかったのは、公開時に特に話題になったわけではないことからも明らかだろう。アメリカでは限定公開で、正直、私は公開に気づかなかった。今回、huluで次見る作品を探していて、たまたま推薦作品に挙がっていた「黒衣の刺客」を見て、ホウの新作だったということを知って驚いたくらいだ。huluやNetflixの推薦カテゴリーは、見過ごしていた作品を気づかせてくれて、実はわりと使える。 

 

「黒衣の刺客」はモノクロ・スタンダード・サイズで始まる。ふうん、今回はそういう乗りかと思わせといて、主人公の女性暗殺者、ニエ・インニャンにかつての許嫁ティエン・ジィアンを暗殺する指令を下されるところから、画面に色が入る。そして今度はそのまま行くかと思わせといて、途中、ティエンの正妻のユエンシが琴のような楽器を弾くシーンでは、70mmのような横長サイズになる。しかもこのサイズはこれっきりで、再びカラーではあるがスタンダードに戻る。 

 

それで最後まで行くのだが、このフレーム・サイズ・チェンジの意味はよくわからない。モノクロからカラーに移行するのは、まだ、重大な使命の前と後という意味づけで理解できるが、たった一瞬のスクリーン・チェンジは、惑うユエンジ以上の意味合いがあったのかどうか。 

 

また、結構シンプルなストーリーっぽいのに、当時の唐の政情や、一人二役、慣れない衣装や髪型、メイキャップ、間をたっぷりとったかと思うといきなり場面が飛んだり、あまり会話で説明しないホウの演出等のせいで、なかなか誰が誰だか人間関係を把握できず、展開がよくわからなかったりする。 

 

やたらと絹? のレース、またはカーテン越しのショットも多い。要するに、わざわざ対象にぼかしが入る。登場人物の表情を見せるのではなく、見る者が登場人物の心象を想像しなければならない。等々、ホウの演出は、わざわざ単純なストーリーをどこまで複雑にわかりにくく撮れるか実験していると言わんばかりだ。 

 

一つ面白いと思ったのが、妻夫木聡演じる遣唐使崩れの鏡磨きの青年で、遣唐使が特に武術に優れていたとは思わないが、八面六臂の活躍を見せる。最初出てきた時は、いきなり新キャラとは把握できず彼はいったい誰だったかと思い、いずれにしても、この時代の唐に、刃物研ぎの行商人ならまだしも、鏡磨きの行商人というのがいたのかと思った。実際に村で鏡を磨いてやって、曇りのなくなった鏡を子供たちに見せて喜ばせている。鏡磨きはそこまで技術職だったのか。 

 

手練れ、というか、自分の撮りたいものを思うように撮れるヴェテラン、重鎮になった印象のあるホウであるが、かつての金と時間がなくてもがいている時代のホウの方がヴィヴィッドで魅力的に感じるのは、見る方の我儘、贅沢というものだとは思う。今の方が思索が深まっていることはわかるが、しかし、見るだけで幸せな気持ちにさせてくれた「恋恋風塵 (Dust in the Wind)」のような作品をもう一度見たいと思うのは、やっぱり無理な相談なんだろう。 

 












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中国、唐の時代。女性暗殺者として育てられたニエ・インニャン (スー・チー) は、技術的には凄腕に成長するが、情に厚く、容易に人を殺せない。育ての親のジャーシンによって、かつての許嫁であるティエン・ジィアン (チャン・チェン) を暗殺するよう指令を出す。しかし、やはりインニャンはジィアンを殺すことができない。一方、政略的な発言でジィアンの怒りを買って左遷させられる者をインニャンの父が護送している最中、何者かに襲われる。争いを聞きつけた行商中の鏡磨きの青年とインニャンが敵を撃退するが、インニャンは謎の女性刺客によって怪我を負う‥‥ 


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